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令嬢は希望に縋る(ビアンカ視点)
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「……婚約破棄してくださいませ、フィリップ様。貴方の本当に好きな方と幸せになってください」
フィリップ王子の私室に招かれたわたくしは、彼にそう告げた。
こちらからの婚約破棄は不敬にもほどがある。だけど今までのわたくしの嫌われっぷりやシュミナのことがあるから、婚約破棄は喜んで行われるだろう。
これでフィリップ王子の隣に立つ権利を失ってしまうのだ。それがとても悲しくて告げる声は震えていたかもしれない。
わたくしは泣きそうになるのを堪えて彼の次の言葉を待った。『わかった』ときっとすぐに返ってくるだろう……そう思っていたのに。
「婚約破棄……? なぜ」
フィリップ王子が口にしたのはそんな言葉だった。
……『なぜ』、その言葉を貴方がおっしゃるの?
貴方は以前言ったじゃない。『シュミナへの想いが真実の愛だ』と。
愛されない婚約者のわたくしは貴方の前から消える、それだけの話だ。
「シュミナ嬢を愛していらっしゃるのですよね。以前フィリップ様は……『シュミナへの想いが真実の愛だ』とわたくしにおっしゃいました」
口にすると胸がつんと痛くなった。堪えようとしていた涙が小さな嗚咽と共に零れてしまい、更に漏れようとする嗚咽を唇を噛みしめ我慢する。
彼が近づいてくる気配がして頬を温かいものが拭った。……フィリップ王子の美しい指に涙が拭われているのだ。そう気づいて驚きで思わず目を瞠ってしまう。
彼はわたくしの頬を撫でながら金色の瞳を細めまるで愛おしい人を見るような目をした。
そしてその美しい唇が薄っすらと開き……信じられない言葉を紡いだ。
「婚約破棄はしない。今さら遅いと思うが……俺はビアンカを愛している」
「嘘です!!」
心からの言葉が迸った。
その言葉だけは信じられない。わたくしは知っているから……六年間貴方に見向きもされず愛されなかったその事実を。
しかもわたくしは悪役令嬢なのだ。メインヒーローに愛されるなんて世界の理的にもあり得ない。
「貴方がわたくしを愛してるなんて……絶対に、そんなことはあり得ないんです! そんなシナリオありませんもの! 婚約破棄を、してください……!」
懇願するわたくしの隣にフィリップ王子はなぜか腰を下ろした。
ふわりとラベンダーのような淡い香水の香りが漂い、彼との距離が近いことを意識させられる。
そして肩を抱き引き寄せられ優しく抱きしめられてわたくしは困惑した。
これは……現実なのだろうか。訳がわからなくなり涙を零しながら震えることしかできない。
彼の腕の中は温かくて、心地よくて。――それがとても恐ろしかった。
こんな心地よさを知ったら後に『やっぱり愛していない』と言われたら……わたくしは壊れてしまうかもしれない。
縋りついて泣くとフィリップ王子は優しく肩を撫でてくれて、これは白昼夢なのだろうかと泣きすぎて痛む頭でぼんやりと考えた。
「ビアンカ。婚約破棄なんて言わないでくれ」
優しく囁かれ、旋毛にキスをされる。
途端に彼を信じたい気持ちと彼を信じられない気持ちがせめぎ合って、感情が怒りと悲しみになってあふれ出した。
「……六年です。六年間も『悪役令嬢』は貴方のことしか見ていなかった。拙い、醜い想いでした。だけど貴方に恋をしていた。……わたくしは、それを『知って』しまった。だけど……貴方は」
過去の記憶が蘇る。
一生懸命見つめ、言葉をかけ彼の気を引こうとするわたくし。だけどその視線は合った瞬間にため息と共に逸らされる。
それに傷つき、口からは言いたくもない暴言が吐き出され……さらに疎ましがられてしまう。
ああ、なんて悪循環なのだろう。
「……六年間、一度も。まともに目すら合わせてくださらなかった」
わかっている。これは八つ当たりなのだ。
わたくしの行いが悪かったから彼は目も合わせてくれなかった。
だけど……彼が目を合わせ、微笑んでくれさえしたら。なにかが変わったかもしれないと……そうも思ってしまうのだ。
「……愛してる」
懇願するような声音でフィリップ王子が囁く。
今まで欲しかった言葉なのに信じられず受け入れられなくて、わたくしは思わず頭を振る。
「俺のことが、嫌いか?」
そんな、そんな訳がない。
「これから毎日君に愛を囁く。もう、誰にもよそ見もしない。……俺に挽回するチャンスをくれないか?」
「嫌です!! 貴方はきっと錯覚だったと言いますわ。そして……シュミナを選ぶんです」
こんなことあり得ない。だからわたくしは目一杯の拒絶を示す。
だけど彼は六年間与えてくれなかった言葉を、耳に囁き続けた。
『愛してる』と。
「君を一生大事にしたいんだ、ビアンカ」
フィリップ王子がそう囁きながら優しく頬を撫で、額に、頬に、唇に……宝物を扱うように口づける。
この言葉を……信じていいの? でもわたくしは貴方の『真実の愛』じゃない。
「……こんなの、シナリオには」
思わず呆然と呟いた唇は、また彼からの口づけで塞がれた。
貪るような口づけは本当に自分が求められているようで、泣きたいくらいに嬉しくなってしまう。
……この与えられた希望に、わたくしは縋っても……いいのですか?
――そうして心が弱いわたくしは彼と婚約破棄ができなかったのだ。
-----------------------------------------------------
次回は割と能天気なフィリップ王子のターンに戻ります。
フィリップ王子の私室に招かれたわたくしは、彼にそう告げた。
こちらからの婚約破棄は不敬にもほどがある。だけど今までのわたくしの嫌われっぷりやシュミナのことがあるから、婚約破棄は喜んで行われるだろう。
これでフィリップ王子の隣に立つ権利を失ってしまうのだ。それがとても悲しくて告げる声は震えていたかもしれない。
わたくしは泣きそうになるのを堪えて彼の次の言葉を待った。『わかった』ときっとすぐに返ってくるだろう……そう思っていたのに。
「婚約破棄……? なぜ」
フィリップ王子が口にしたのはそんな言葉だった。
……『なぜ』、その言葉を貴方がおっしゃるの?
貴方は以前言ったじゃない。『シュミナへの想いが真実の愛だ』と。
愛されない婚約者のわたくしは貴方の前から消える、それだけの話だ。
「シュミナ嬢を愛していらっしゃるのですよね。以前フィリップ様は……『シュミナへの想いが真実の愛だ』とわたくしにおっしゃいました」
口にすると胸がつんと痛くなった。堪えようとしていた涙が小さな嗚咽と共に零れてしまい、更に漏れようとする嗚咽を唇を噛みしめ我慢する。
彼が近づいてくる気配がして頬を温かいものが拭った。……フィリップ王子の美しい指に涙が拭われているのだ。そう気づいて驚きで思わず目を瞠ってしまう。
彼はわたくしの頬を撫でながら金色の瞳を細めまるで愛おしい人を見るような目をした。
そしてその美しい唇が薄っすらと開き……信じられない言葉を紡いだ。
「婚約破棄はしない。今さら遅いと思うが……俺はビアンカを愛している」
「嘘です!!」
心からの言葉が迸った。
その言葉だけは信じられない。わたくしは知っているから……六年間貴方に見向きもされず愛されなかったその事実を。
しかもわたくしは悪役令嬢なのだ。メインヒーローに愛されるなんて世界の理的にもあり得ない。
「貴方がわたくしを愛してるなんて……絶対に、そんなことはあり得ないんです! そんなシナリオありませんもの! 婚約破棄を、してください……!」
懇願するわたくしの隣にフィリップ王子はなぜか腰を下ろした。
ふわりとラベンダーのような淡い香水の香りが漂い、彼との距離が近いことを意識させられる。
そして肩を抱き引き寄せられ優しく抱きしめられてわたくしは困惑した。
これは……現実なのだろうか。訳がわからなくなり涙を零しながら震えることしかできない。
彼の腕の中は温かくて、心地よくて。――それがとても恐ろしかった。
こんな心地よさを知ったら後に『やっぱり愛していない』と言われたら……わたくしは壊れてしまうかもしれない。
縋りついて泣くとフィリップ王子は優しく肩を撫でてくれて、これは白昼夢なのだろうかと泣きすぎて痛む頭でぼんやりと考えた。
「ビアンカ。婚約破棄なんて言わないでくれ」
優しく囁かれ、旋毛にキスをされる。
途端に彼を信じたい気持ちと彼を信じられない気持ちがせめぎ合って、感情が怒りと悲しみになってあふれ出した。
「……六年です。六年間も『悪役令嬢』は貴方のことしか見ていなかった。拙い、醜い想いでした。だけど貴方に恋をしていた。……わたくしは、それを『知って』しまった。だけど……貴方は」
過去の記憶が蘇る。
一生懸命見つめ、言葉をかけ彼の気を引こうとするわたくし。だけどその視線は合った瞬間にため息と共に逸らされる。
それに傷つき、口からは言いたくもない暴言が吐き出され……さらに疎ましがられてしまう。
ああ、なんて悪循環なのだろう。
「……六年間、一度も。まともに目すら合わせてくださらなかった」
わかっている。これは八つ当たりなのだ。
わたくしの行いが悪かったから彼は目も合わせてくれなかった。
だけど……彼が目を合わせ、微笑んでくれさえしたら。なにかが変わったかもしれないと……そうも思ってしまうのだ。
「……愛してる」
懇願するような声音でフィリップ王子が囁く。
今まで欲しかった言葉なのに信じられず受け入れられなくて、わたくしは思わず頭を振る。
「俺のことが、嫌いか?」
そんな、そんな訳がない。
「これから毎日君に愛を囁く。もう、誰にもよそ見もしない。……俺に挽回するチャンスをくれないか?」
「嫌です!! 貴方はきっと錯覚だったと言いますわ。そして……シュミナを選ぶんです」
こんなことあり得ない。だからわたくしは目一杯の拒絶を示す。
だけど彼は六年間与えてくれなかった言葉を、耳に囁き続けた。
『愛してる』と。
「君を一生大事にしたいんだ、ビアンカ」
フィリップ王子がそう囁きながら優しく頬を撫で、額に、頬に、唇に……宝物を扱うように口づける。
この言葉を……信じていいの? でもわたくしは貴方の『真実の愛』じゃない。
「……こんなの、シナリオには」
思わず呆然と呟いた唇は、また彼からの口づけで塞がれた。
貪るような口づけは本当に自分が求められているようで、泣きたいくらいに嬉しくなってしまう。
……この与えられた希望に、わたくしは縋っても……いいのですか?
――そうして心が弱いわたくしは彼と婚約破棄ができなかったのだ。
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次回は割と能天気なフィリップ王子のターンに戻ります。
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