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令嬢は覚悟を決める(ビアンカ視点)
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婚約者であるフィリップ王子と、あの女が楽しそうに会話し微笑み合っている。
わたくし、ビアンカ・シュラットはその光景を少し遠くから歯噛みしつつ見つめていた。
フィリップ王子はひどい。婚約してからの六年間、一度たりとも……わたくしにはあんな顔を見せなかったくせに。
そう思うと心の中に憎悪が渦巻き黒い感情に満たされていく。
――どうして。わたくしは、愛されないの。
<それは貴女が、苛烈で醜い悪役令嬢だからでしょう?>
わたくしの疑問に心の中で誰かが返事をする。
この女は誰なのだろう。なぜかよく知っているような気がするわ。
――わたくしだって、愛されたいの。
<……それは無理よ。世界はヒロインのシュミナ・パピヨンのために回っているの。だってこの世界は>
『胡蝶の恋』の、世界なのだから。
脳裏で一枚の絵と、目の前のフィリップ王子とシュミナ・パピヨンが微笑み合う光景が重なり合う。
ああ、この光景は。
――これは前世で別の女の人生を歩んでいた時に……ゲームで見たスチルじゃない。
さっきの声は……前世の『わたし』の声だったのね。
前世の記憶の奔流が巻き起こり、眩暈を起こす。わたくしは側にあった木の幹に思わず縋りついていた。
『胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~』は中世に似た世界観の恋愛シミュレーションゲームだ。
貴族の子女が通う『ルミナティ魔法学園』にヒロイン……シュミナ・パピヨンが入学し、四人の攻略対象と親交を深めていく……というありきたりなストーリーなのだけれど、前世で愛したゲームだった。
貧乏貴族のヒロインは高位貴族達に馬鹿にされいじめられつつも折れない心と明るい笑顔で日々を過ごし、そんな健気な主人公に攻略キャラ達は心を癒され惹かれていくのだけれど。
そんなヒロインと攻略キャラの関係に嫉妬し、どのルートでもヒロインをいじめにいじめ抜き、ついには命まで取ろうとする女がいるのだ。
美しい銀糸の髪、湖面のような色のきつく上がった瞳、美しいかんばせに反する苛烈で我儘な醜いその性格。
悪役令嬢『ビアンカ・シュラット侯爵家令嬢』。
……そう、今世のわたくしである。
わたくしは愛するゲームの悪役令嬢に……どうやら転生していたらしい。
前世の『わたし』と今の『わたくし』が混じり合い、溶けて一つになっていく。
そして……気がつくと心を支配していた黒い感情はどこかへと消え失せていた。
眩暈が薄れ視線を前に上げると、フィリップ王子とシュミナの姿はもうそこにはなかった。
前世の『わたし』は悪役令嬢はフィリップ王子の見た目だけを愛していて、それは決して恋ではないのだと思っていた。
だけど……。
「なにこれ。胸が、痛い」
先ほど見た光景をお思い浮かべると、心が軋むような音を立てて苦しみを訴えかけた。
前世ではあんなに大好きだったフィリップ王子とシュミナのスチル。
それが今のわたくしには苦しみしか与えない。
涙が溢れ頬を伝う。苦しい、苦しい。あの人に振り向いて欲しい。
――あの人のことが、好きだ。
「ああ……なんだ。悪役令嬢も、ちゃんとフィリップ王子のことが好きだったんじゃない」
もっと早く前世の記憶が戻っていれば。フィリップ王子に相応しい女になる努力もできたのだろうか。
だけど彼の前で我儘放題を尽くしたわたくしは、とっくの昔に愛想を尽かされてしまっている。
そしてフィリップ王子は……運命の乙女に出会ってしまった。
あとは『悪役令嬢』はシナリオ通りに退場するだけ、なのかな。
うう、シナリオ通りは嫌だなぁ。彼の想い人を刺そうとして国外追放されるなんて。せめて最後くらい彼にいい印象を残して退場をしたい。
……そうよ。シュミナへのいじめを止めて、自分から婚約破棄を申し出よう。
円満に退場して『元婚約者のビアンカ・シュラットはそんなに悪いヤツじゃなかったかも』とフィリップ王子に思ってもらうのだ。
……だけど婚約破棄をする前に。もう少しだけ、彼の側にいてもいいだろうか。
一か月後に舞踏会がある。
婚約者であるわたくしは、もちろんフィリップ王子のパートナーだ。
その舞踏会で彼との最後の思い出を作って……その後に婚約破棄を申し出よう。
舞踏会まで……ううん、その先も。わがまま令嬢は卒業してちゃんとした人間として生きよう。
婚約破棄をしても彼と会う機会はあるだろうから。会うたびに少しでもわたくしを、見直して欲しい。
六年間もフィリップ王子を想っていたのだ。お別れしたらきっと……辛いんだろうなぁ。
溢れる涙を手で拭って、空を見上げる。
今日は幸先よく晴天だ。いい門出じゃないの。
そして一か月後。舞踏会の当日がやってきた。
この日までわたくしは品行方正に過ごしてきたと思う。
悪い友人とはお別れして、シュミナへのいじめも止めた。
勉学にも励み、人に対しての当りも和らげ、わがままも癇癪も起こさず一般的なご令嬢のような立ち居振る舞いを心がけた。
……急に大人しくなったわたくしを、周囲は不気味なものを見る目で遠巻きに見ているばかりだったけど。べ、別に寂しくなんてないもん。
フィリップ王子もなんだか不審がる目でこちらを見てたっけなぁ。これは正直かなり堪えた。
今日のドレスはわたくしの目と同じ色の青。
本当はフィリップ王子の目の色の金のドレスを纏いたかったのだけれど。お別れを決めたのだからそんな未練がましいことはしないのだ。
馬車が邸の前に止まる音がした。フィリップ王子が迎えにきてくれたのだろう。
「今日で、最後」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
今夜の舞踏会が終わり明日になったら、彼に婚約破棄をお願いするのだ。
わたくし、ビアンカ・シュラットはその光景を少し遠くから歯噛みしつつ見つめていた。
フィリップ王子はひどい。婚約してからの六年間、一度たりとも……わたくしにはあんな顔を見せなかったくせに。
そう思うと心の中に憎悪が渦巻き黒い感情に満たされていく。
――どうして。わたくしは、愛されないの。
<それは貴女が、苛烈で醜い悪役令嬢だからでしょう?>
わたくしの疑問に心の中で誰かが返事をする。
この女は誰なのだろう。なぜかよく知っているような気がするわ。
――わたくしだって、愛されたいの。
<……それは無理よ。世界はヒロインのシュミナ・パピヨンのために回っているの。だってこの世界は>
『胡蝶の恋』の、世界なのだから。
脳裏で一枚の絵と、目の前のフィリップ王子とシュミナ・パピヨンが微笑み合う光景が重なり合う。
ああ、この光景は。
――これは前世で別の女の人生を歩んでいた時に……ゲームで見たスチルじゃない。
さっきの声は……前世の『わたし』の声だったのね。
前世の記憶の奔流が巻き起こり、眩暈を起こす。わたくしは側にあった木の幹に思わず縋りついていた。
『胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~』は中世に似た世界観の恋愛シミュレーションゲームだ。
貴族の子女が通う『ルミナティ魔法学園』にヒロイン……シュミナ・パピヨンが入学し、四人の攻略対象と親交を深めていく……というありきたりなストーリーなのだけれど、前世で愛したゲームだった。
貧乏貴族のヒロインは高位貴族達に馬鹿にされいじめられつつも折れない心と明るい笑顔で日々を過ごし、そんな健気な主人公に攻略キャラ達は心を癒され惹かれていくのだけれど。
そんなヒロインと攻略キャラの関係に嫉妬し、どのルートでもヒロインをいじめにいじめ抜き、ついには命まで取ろうとする女がいるのだ。
美しい銀糸の髪、湖面のような色のきつく上がった瞳、美しいかんばせに反する苛烈で我儘な醜いその性格。
悪役令嬢『ビアンカ・シュラット侯爵家令嬢』。
……そう、今世のわたくしである。
わたくしは愛するゲームの悪役令嬢に……どうやら転生していたらしい。
前世の『わたし』と今の『わたくし』が混じり合い、溶けて一つになっていく。
そして……気がつくと心を支配していた黒い感情はどこかへと消え失せていた。
眩暈が薄れ視線を前に上げると、フィリップ王子とシュミナの姿はもうそこにはなかった。
前世の『わたし』は悪役令嬢はフィリップ王子の見た目だけを愛していて、それは決して恋ではないのだと思っていた。
だけど……。
「なにこれ。胸が、痛い」
先ほど見た光景をお思い浮かべると、心が軋むような音を立てて苦しみを訴えかけた。
前世ではあんなに大好きだったフィリップ王子とシュミナのスチル。
それが今のわたくしには苦しみしか与えない。
涙が溢れ頬を伝う。苦しい、苦しい。あの人に振り向いて欲しい。
――あの人のことが、好きだ。
「ああ……なんだ。悪役令嬢も、ちゃんとフィリップ王子のことが好きだったんじゃない」
もっと早く前世の記憶が戻っていれば。フィリップ王子に相応しい女になる努力もできたのだろうか。
だけど彼の前で我儘放題を尽くしたわたくしは、とっくの昔に愛想を尽かされてしまっている。
そしてフィリップ王子は……運命の乙女に出会ってしまった。
あとは『悪役令嬢』はシナリオ通りに退場するだけ、なのかな。
うう、シナリオ通りは嫌だなぁ。彼の想い人を刺そうとして国外追放されるなんて。せめて最後くらい彼にいい印象を残して退場をしたい。
……そうよ。シュミナへのいじめを止めて、自分から婚約破棄を申し出よう。
円満に退場して『元婚約者のビアンカ・シュラットはそんなに悪いヤツじゃなかったかも』とフィリップ王子に思ってもらうのだ。
……だけど婚約破棄をする前に。もう少しだけ、彼の側にいてもいいだろうか。
一か月後に舞踏会がある。
婚約者であるわたくしは、もちろんフィリップ王子のパートナーだ。
その舞踏会で彼との最後の思い出を作って……その後に婚約破棄を申し出よう。
舞踏会まで……ううん、その先も。わがまま令嬢は卒業してちゃんとした人間として生きよう。
婚約破棄をしても彼と会う機会はあるだろうから。会うたびに少しでもわたくしを、見直して欲しい。
六年間もフィリップ王子を想っていたのだ。お別れしたらきっと……辛いんだろうなぁ。
溢れる涙を手で拭って、空を見上げる。
今日は幸先よく晴天だ。いい門出じゃないの。
そして一か月後。舞踏会の当日がやってきた。
この日までわたくしは品行方正に過ごしてきたと思う。
悪い友人とはお別れして、シュミナへのいじめも止めた。
勉学にも励み、人に対しての当りも和らげ、わがままも癇癪も起こさず一般的なご令嬢のような立ち居振る舞いを心がけた。
……急に大人しくなったわたくしを、周囲は不気味なものを見る目で遠巻きに見ているばかりだったけど。べ、別に寂しくなんてないもん。
フィリップ王子もなんだか不審がる目でこちらを見てたっけなぁ。これは正直かなり堪えた。
今日のドレスはわたくしの目と同じ色の青。
本当はフィリップ王子の目の色の金のドレスを纏いたかったのだけれど。お別れを決めたのだからそんな未練がましいことはしないのだ。
馬車が邸の前に止まる音がした。フィリップ王子が迎えにきてくれたのだろう。
「今日で、最後」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
今夜の舞踏会が終わり明日になったら、彼に婚約破棄をお願いするのだ。
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