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御曹司は懊悩する(栗生視点)

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「笑顔が見たい、と思うこの気持ちはなんなんだろう」

 退社後に、蓮司に誘われてカフェバーで夕食を食べていた時。つい、そんな言葉が口から転がり出てしまった。
『しまった』と思った時にはもう遅い。怪訝とかそんなレベルを通り越した、恐ろしいものを見る表情の蓮司がこちらを凝視していた。

「どうしよう……。透君がJ-POPの歌詞みたいなこと言い出した。めちゃくちゃ怖い」

 蓮司はつぶやきながら、口に入れようとしていたポークステーキをぽろりと零す。どれだけ動揺しているんだ。

「……J-POPはあまり聴かないけど、そういう歌詞が多いんだね」

 J-POPだけではなく、僕は音楽自体をあまり聴かない。父母に誘われて、クラシックやジャズを聴きに行ったりする程度である。
 そもそものところ、自分は趣味や恋愛などへの興味が強い人間ではないのだ。
 幸か不幸か仕事には一定以上の関心を持てるらしく、僕の『興味』はすべて仕事に向かうことになり、社会人になってからはその傾向がさらに加速した気がする。
 ……パッケージが立派なだけで、つまらない人間。
 それが、僕が自分自身に下している評価だ。

 ――大野さんはどんな音楽を聴くんだろうか。

 彼女が好むものなら、不思議と聴いてみたいような気もする。並んで座って曲を堪能した後に、感想を言い合うのも楽しそうだ。

「恋愛を歌ったものは定番だからね。で、透ちゃんは誰の笑顔が見たいわけ?」
「さぁ、誰だろうね」

 にやけ顔で訊ねる蓮司にそっけなく返すと、彼は子供のように拗ねた顔をする。しかしその表情はすぐに笑顔になった。

「透ちゃんが自発的になにかに興味を示すのって、なんだか嬉しいね。俺や乃愛が遊びに誘っても付き合ってはくれるけど、その後誘った遊びのどれかに興味を持った……なんてことはなかったし」

『乃愛』というのは蓮司の妹……つまり僕にとっては従妹だ。現在大学生の彼女は、蓮司とともに僕によく懐いてくれていた。
 彼らは二人して、僕をいろいろな場所に連れ出そうとする。
 スノーボード、シュノーケリング、水上スキー、登山、ボルダリング、フットサル、野外ライブ……基本的に彼らの趣味はアクティブだ。

「いつも、楽しんでいるよ?」

 これは本音だ。どこかに行くのも、なにかをするのも、やぶさかではないし楽しめもする。……その後の興味が続かないだけで。

「……それも、わかってるんだけどねぇ」

 蓮司は苦笑しながら、ビールを煽って満足げな息を吐いた。

 ――興味、か。

 ふと、大野さんの黒の瞳を思い出す。
 温度のなくて静かな……揺らぎのないあの瞳。彼女はきっと――僕と違って『自分』をしっかりと持っているのだろう。
 気を抜くと、すぐに思考が大野さんへと向かってしまう。
 今までなかったことに惑いながら、僕はワインを喉に流し込んだ。

 この気持は……一体なんなのだろうな。
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