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第二話『焼き芋』
八卦見娘と幼馴染・十二
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三好屋の座敷に松五郎と一太を通して、おみつは松五郎にここ数日のことを話した。大番屋から出てきたばかりの松五郎には酷な話ではとおみつは思ったのだが、なにより本人が訊きたがったのだ。
「そうか、そんなことが。大福、迷惑をかけたなぁ」
一通り話を聞いた後に、松五郎はそう言って決まりが悪そうに頭をかいた。おみつに自分の恋慕のことが事細かに知られてしまったのが、どうにも恥ずかしいのだろう。おたまが持ってきた茶を、照れ隠しなのか乱暴な所作で一気に飲んだ後に松五郎はふっと息を吐いた。
「それで、おせんさんはまだ見つかってねぇんだな。その……大福の力で見つけることはできねぇのか?」
松五郎に問われ、おみつは胸の内を大きな手でぎゅっと鷲掴みにされたような、胸苦しい居たたまれなさに襲われた。人々はおみつの『力』に期待をする。そのたびにおみつは『そんなに都合のよい力ではないのだ』と懇々と説明をするしかない。
――おみつの『八卦見』は万能ではない。
それはどうしようもないことなのに、時々ひどく申し訳ない気持ちになる。
どう答えようかとおみつが眉間に皺を寄せていると、松五郎は浅黒い顔にしまったという表情を浮かべて、『ああ』とか『うう』とか気まずげな声を漏らした。
「すまねぇ、大福。おめぇの力は、そんな都合がいいもんじゃねぇんだよな」
「その、場合が場合だから。やるだけやってみていいけれど。上手くいかないことは覚悟して欲しいの」
人の生き死にに関係することなのだ。報酬無しで八卦見を請け負うことも、この場合はやぶさかではない。おみつの言葉を聞いて松五郎は急ぎ足で、甘味を求めて座敷を飛び出した。その慌ただしく去って行く背中を見送るおみつの胸には、暗澹とした気持ちが立ち込めた。
「期待に応えられるのかしら。期待を裏切ってしまったら、松さんはがっかりするわ」
「なぁに、なるようにしかならないさ」
重く深いため息をつくおみつに、一太は口元に柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
「でも……」
「すべてなんとかできるんなら、それは人じゃなくて神様だ。おみっちゃんは神様じゃなくて人なんだから、なんとかできなくて当たり前さ。それを気に病むことなんてないんだよ」
「なんとかできなくて、当たり前……」
一太の軽やかな口調に引っ張られるように、おみつの心は少しだけ軽くなる。けれど冬晴れの空のように爽やかに晴れきることにはならず、もやもやとした灰色の雲がおみつの胸には残ってしまった。
(一太さんはそう言ってくれるけれど。なんとかできないことは、少ない方がやっぱり嬉しいわねぇ)
結局、松五郎が買ってきた串団子では卦は下りてこず。おみつと松五郎はまるで兄妹のように、そっくりな様子で肩を落とした。
――しかし、それから三日後。
米蔵が得意げな顔で三好屋にやって来たのだ。その後ろには一太と松五郎の姿もある。どうやら米蔵が声をかけて、二人をここに連れて来たらしい。
店先でりんと接客をしていたおみつは大人数での来訪に『まぁ』と小さく声を上げた。
「まぁまぁ、大勢でのご来訪ですねぇ。あれま、親分さんまで」
りんも珍しい取り合わせの一同を見て驚いた声を上げる。そしてしなやかな動作でひとつ礼をしてから、えくぼを作りにこりと微笑んだ。
「いらっしゃいまし。今日はどんなご用事で?」
「いやぁ、大勢で申し訳ないねぇ。ちょっとお嬢さんと話がしたいんだが」
米蔵はりんの色香に当てられたのか、だらしない顔でへらりと笑った。
「色男がこんなに大勢でおみつに会いに来てくださるなんて、娘も隅に置けませんねぇ。おたま、おたま。皆様にお茶をお淹れして。おはな、お茶菓子を買ってきてくれる? おみつ、今日は八卦見のお客は無いでしょう? 皆様をお通して、ゆっくりお話しなさいな」
明るく来客をもてなす準備をはじめたりんだったが、その目は『なにを話したのか後でちゃんと聞きますからね』と厳しくおみつに語りかけている。先日危険なことをしたのだから、心配するのは母親としては当然だろう。おみつは苦笑しながらそれにうなずき返して、来客たちを座敷へと通した。
大の男が三人詰めかけるとふだんはそう狭く感じない座敷が、なんだかとても窮屈だ。
米蔵はおたまが持ってきた茶を受け取ると、軽く礼を言ってからくっとそれを飲み干した。一太は上品にその横でちびりとお茶を啜り、松五郎は落ち着かなげに茶は飲まずに片手で器を弄んでいる。
「いやぁ、こりゃあ玉露ってやつですか? いい香りはしやすが、ちぃと温いような気が……」
「玉露は温いお湯で淹れるんですよ、親分さん。や、これはいいお茶だねぇ」
米蔵と一太が茶の感想を言いながらにこにこと会話を交わすのを、松五郎は剣呑な目で睨みつけた。
「それで。おせんさんが見つかったんだろう?」
ぴりりとした雰囲気を纏わせながら松五郎が発した言葉に、おみつは目を丸くした。
「まぁ、おせんさんが! それは、その」
生きてなのか、死んでなのか。おみつはその言葉をぐっと喉の奥に飲み込んだ。そんなおみつに米蔵は唇の端を上げてにやりと笑ってみせた。
「生きて見つかりやした。案の定、通い狼の一匹のところに匿ってもらってたようで。しかも同じ町内だったんでさぁ。灯台下暗しってやつですね」
そして米蔵は、得意顔になりおせんに関することを語りはじめた。
「そうか、そんなことが。大福、迷惑をかけたなぁ」
一通り話を聞いた後に、松五郎はそう言って決まりが悪そうに頭をかいた。おみつに自分の恋慕のことが事細かに知られてしまったのが、どうにも恥ずかしいのだろう。おたまが持ってきた茶を、照れ隠しなのか乱暴な所作で一気に飲んだ後に松五郎はふっと息を吐いた。
「それで、おせんさんはまだ見つかってねぇんだな。その……大福の力で見つけることはできねぇのか?」
松五郎に問われ、おみつは胸の内を大きな手でぎゅっと鷲掴みにされたような、胸苦しい居たたまれなさに襲われた。人々はおみつの『力』に期待をする。そのたびにおみつは『そんなに都合のよい力ではないのだ』と懇々と説明をするしかない。
――おみつの『八卦見』は万能ではない。
それはどうしようもないことなのに、時々ひどく申し訳ない気持ちになる。
どう答えようかとおみつが眉間に皺を寄せていると、松五郎は浅黒い顔にしまったという表情を浮かべて、『ああ』とか『うう』とか気まずげな声を漏らした。
「すまねぇ、大福。おめぇの力は、そんな都合がいいもんじゃねぇんだよな」
「その、場合が場合だから。やるだけやってみていいけれど。上手くいかないことは覚悟して欲しいの」
人の生き死にに関係することなのだ。報酬無しで八卦見を請け負うことも、この場合はやぶさかではない。おみつの言葉を聞いて松五郎は急ぎ足で、甘味を求めて座敷を飛び出した。その慌ただしく去って行く背中を見送るおみつの胸には、暗澹とした気持ちが立ち込めた。
「期待に応えられるのかしら。期待を裏切ってしまったら、松さんはがっかりするわ」
「なぁに、なるようにしかならないさ」
重く深いため息をつくおみつに、一太は口元に柔らかな笑みを浮かべてそう言った。
「でも……」
「すべてなんとかできるんなら、それは人じゃなくて神様だ。おみっちゃんは神様じゃなくて人なんだから、なんとかできなくて当たり前さ。それを気に病むことなんてないんだよ」
「なんとかできなくて、当たり前……」
一太の軽やかな口調に引っ張られるように、おみつの心は少しだけ軽くなる。けれど冬晴れの空のように爽やかに晴れきることにはならず、もやもやとした灰色の雲がおみつの胸には残ってしまった。
(一太さんはそう言ってくれるけれど。なんとかできないことは、少ない方がやっぱり嬉しいわねぇ)
結局、松五郎が買ってきた串団子では卦は下りてこず。おみつと松五郎はまるで兄妹のように、そっくりな様子で肩を落とした。
――しかし、それから三日後。
米蔵が得意げな顔で三好屋にやって来たのだ。その後ろには一太と松五郎の姿もある。どうやら米蔵が声をかけて、二人をここに連れて来たらしい。
店先でりんと接客をしていたおみつは大人数での来訪に『まぁ』と小さく声を上げた。
「まぁまぁ、大勢でのご来訪ですねぇ。あれま、親分さんまで」
りんも珍しい取り合わせの一同を見て驚いた声を上げる。そしてしなやかな動作でひとつ礼をしてから、えくぼを作りにこりと微笑んだ。
「いらっしゃいまし。今日はどんなご用事で?」
「いやぁ、大勢で申し訳ないねぇ。ちょっとお嬢さんと話がしたいんだが」
米蔵はりんの色香に当てられたのか、だらしない顔でへらりと笑った。
「色男がこんなに大勢でおみつに会いに来てくださるなんて、娘も隅に置けませんねぇ。おたま、おたま。皆様にお茶をお淹れして。おはな、お茶菓子を買ってきてくれる? おみつ、今日は八卦見のお客は無いでしょう? 皆様をお通して、ゆっくりお話しなさいな」
明るく来客をもてなす準備をはじめたりんだったが、その目は『なにを話したのか後でちゃんと聞きますからね』と厳しくおみつに語りかけている。先日危険なことをしたのだから、心配するのは母親としては当然だろう。おみつは苦笑しながらそれにうなずき返して、来客たちを座敷へと通した。
大の男が三人詰めかけるとふだんはそう狭く感じない座敷が、なんだかとても窮屈だ。
米蔵はおたまが持ってきた茶を受け取ると、軽く礼を言ってからくっとそれを飲み干した。一太は上品にその横でちびりとお茶を啜り、松五郎は落ち着かなげに茶は飲まずに片手で器を弄んでいる。
「いやぁ、こりゃあ玉露ってやつですか? いい香りはしやすが、ちぃと温いような気が……」
「玉露は温いお湯で淹れるんですよ、親分さん。や、これはいいお茶だねぇ」
米蔵と一太が茶の感想を言いながらにこにこと会話を交わすのを、松五郎は剣呑な目で睨みつけた。
「それで。おせんさんが見つかったんだろう?」
ぴりりとした雰囲気を纏わせながら松五郎が発した言葉に、おみつは目を丸くした。
「まぁ、おせんさんが! それは、その」
生きてなのか、死んでなのか。おみつはその言葉をぐっと喉の奥に飲み込んだ。そんなおみつに米蔵は唇の端を上げてにやりと笑ってみせた。
「生きて見つかりやした。案の定、通い狼の一匹のところに匿ってもらってたようで。しかも同じ町内だったんでさぁ。灯台下暗しってやつですね」
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