愛洲の愛

滝沼昇

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7.法師の紅丸

➃ 母・お蘭

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 御子柴の見え透いた見舞いの後、お蘭の方が千代丸の部屋に現れた。

 この哀れな母親は、憔悴し切った顔で千代丸の枕元に座り、痩せた手で息子の頬を撫でたのであった。

「壱蔵」
「は」
 千代丸の足下に下がっていた壱蔵は、平伏したままにお蘭の呼びかけに応えた。
「これまで、よう千代丸を支えてくれた。心より礼を申す」
 お蘭の掌に包まれた千代丸の頬は青白く、撫でられても一向に動く気配はなかった。
「よう眠っておられる」
「はい。先程咳き込まれましたので、少し眠気を誘う薬をお飲みいただきました」
「そうか。そちの母方は、薬に長けた望月衆であったのう」
「恐れ入ります」
 か細い寝息ながら、それでも息がある事で、お蘭は十分に安堵していた。

「壱蔵、この子はのう、病弱故に殿にはご寵愛いただけず、幼い頃は随分と寂しい思いをしておったものじゃ」
「存じております」
「わらわも、無理に馬に乗せたり、木刀を握らせたりと、殿の御歓心を得る為とは申せ、随分と惨い事をしてしもうた」
 それが出来ぬ体を、誰よりも千代丸自身が呪った事であろう。壱蔵には、その千代丸の悔しさがよく解る。
「恐れながら、若君は御英邁にあらせられ、柳沢様にもその御見識を認められた程にございます」
 すると、お蘭は驚いたように目を見開き、やがてその目を柔和に細めて千代丸を見つめた。
 母の眼差しを見せるときの彼女に、噂に聞こえる様な禍々しさも妖艶さも、ましてや謀に走る陰険さも無かった。
「わらわの血を受けながら、そのように賢くおなりであったとは。殿の御血の方を色濃く継がれておられたのであろう」

「その殿に、毒を盛られましたな」

 鋭い指摘に、一瞬お蘭の呼吸が止まった。


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