上 下
60 / 92
問5 面の表裏を同時に照らせ

答5-2

しおりを挟む


「断っちゃったんですね」
「まぁね」

 少し残念そうに眉尻を下げたミューミューに、みずちが肩から寄りかかる。

「勿体無いよね―、ミューちゃん。りょーちんが活躍してくれれば、ペアだって堂々と組めるのにねー」
「え? 今でも堂々と組んでますけど、何か問題があったんですか?」

 ミューミューは分かっていないらしい。俺と彼女の釣り合いが取れず、世間では俺への風当たりはやや強めだという事に。

「おいみずっち余計な事言うな。俺は別にいいんだよ。実力で何とかするから」
「へぇー。カッコいいこというじゃん、りょーちんのくせに」
「これくらいいつも言ってるだろ?」
「いつものは、カッコつけてるだけの台詞。今のは、カッコいい台詞」

 みずちが、すぅ、と目を細めてふざけて無い声でそれだけ言うと、またふにゃっとした顔に戻った。

「……そっか。サンキュ」
「で、何か問題があったんですか? 私のせいですか?」

 ミューミューもちょっと真剣な顔で突っ込んできたが、「いいじゃんいいじゃん、そんなの」とチョッキが間に入った。

「カッコつけたシトラスパイセンは、有名になる道を自ら断った。そんだけだろ? あーあ! 代わりに俺が出たかったなぁー!」

 チョッキは空気を読んでいないようで、絶妙に話題を変えるのが上手い。
 俺はありがたくそれに乗せてもらう。

「やめとけ。なんか途中から怪しいおっさんに代わって、危うく壺を売られそうになったから」
「詐欺じゃねぇか! いや、でも通話はモノノヒちゃんだったんだろ? 怪しいおっさんって誰だよりょーちん」
「通話は外部の回線繋げてたっぽいから、途中からモモノヒさんの上司を名乗る鬼ヶ島って人に代わったんだよ」
「鬼ヶ島……? うーん、聞いたことない名前だなぁ」
「チョッキが知らないなら、誰も分から無さそうだな」

 他の皆も首をかしげているが、やはり誰かを思い出した様子はない。
 俺の予想ではおそらく制作陣の人間だが、あくまで予想なので一々言うことでは無いし、どの程度の立場の人間かまでは分からなかった。末端の人間で、ゲームにもさほどログインしないなら一般人と同じだ。だとしたら分かる訳が無いので考えるだけ無駄だろう。

 というか、その謎の人物に「君は救世主だ」って言われたなんて恥ずかしくて報告したく無い。

「ところで、本題に戻ってもいいですか?」

 丸い卓を囲んでいる俺たちの輪にちゃっかり加わっていた孤狼丸が声を上げた。
 俺は極力そっちを見ないように気をつけていたが、だからと言っていつの間にか勝手に消えていてはくれなかった。

 ちょっとでも目を向けると、じーっとこっち見てるんだもん。怖いわ。

「もうその話は終わった」

 孤狼丸の顔も見ずに俺は告げる。

「おーい、それはダサいぞりょーちーん」

 みんなが居る場でチョッキが俺をりょーちんと呼び、割とマジで幻滅したような声で刺す。
 正面に座るみずちが孤狼丸にすすすと近づいて肩を抱いた。
 孤狼丸が「あ、火香様いい匂い……」と小さくつぶやいた気がするが無視だ、無視。

「コロちゃん真剣なんだよ? 断るなら断る。弟子にするなら弟子にする。適当に終わらせて有耶無耶にするのは駄目!」

 俺の苦肉の策が見破られている。
 ミューミューの方を見た。あれ? 能面顔だ。
 任せるってことか?

「あーもう! ……ったく。よし、分かった!」

 俺はパンと膝を叩き、みずちの右隣に座った孤狼丸を正面に見据えた。

「弟子にする! ゲームで弟子だのなんだの大げさな気もするけど、そこまで慕ってくれるなら悪い気はせん!」

 きょとんとした顔は一瞬。ぱぁ、と孤狼丸の顔が満面の笑顔に変わった。

「はい! よろしくお願いします!!」

 元気な返事でバッ、と立ち上がりお辞儀をした。アツい男だ。いや、女の子だっけ? アバターがこれじゃ分からん。
 俺はちら、とまたミューミューの顔を窺った。――やっぱ駄目か。怒ってる。

「シトラスさん?」
「待った! 孤狼丸も喜ぶのはまだ早い!」

 俺は二人に向かって両手を突き出した。

「条件がある! 俺が師匠になるのは一ヶ月後! それまでは、ただの調整チームとして一緒に練習するだけ! ……それでどう?」

 二人の顔を交互に見て、反応を見る。
 ミューミューは少し目を見開いた後、考え込むような静かな表情に戻った。
 孤狼丸はしっぽを左右にふるふる揺らし、ぶんぶんと頭を縦に振っている。

 ……そのしっぽ、動くんだ。

「僕はもちろん、全く問題ナシです! 調整チームなんて、ランカーっぽくてカッコいいなぁ」
「……まぁ、それなら。彼女の実力はどれくらいなんですか?」
「強い……と思う。1戦だけじゃはっきりとは言えないけど。仮想敵として色々やってもらう人も欲しかったし、丁度いいかなって」

 俺は感情だけで決めた訳ではない。打算的な実利も兼ねている。
 1ヶ月間、ずっとランク戦をし続ける事は無理だろう。カードを集める必要もあるだろうし、ただ試行回数が必要な研究をこなす場合なんかは人手がある方が助かる。

「2人にもお願いがある」

 俺はチョッキとみずちにも顔を向けた。

「俺とミューミューさんの調整に付き合って欲しい。みずっちは、見返り……って言い方は悪いけど、デッキの調整や戦術研究なんかは俺も時間を割くし、それに関してはミューミューにも加わって欲しい」
「もちろん良いよ? りょーちんから誘ってくれるとは思わなかったな。今言わなきゃ、私が提案するつもりだったし」
「そっか。考えてくれてたんだな」
「火香さんが加わってくれるなら百人力ですね。誇張ではなく」

 にっこりと笑ったみずちは、ガバッとミューミューに抱きついた。二人で楽しそうにキャーキャー騒いでいる。

「シトラスパイセン、俺は何すんの?」

 チョッキも身を乗り出した。今日は珍しく、こいつも本当に楽しそうだ。

「チョッキは俺達に一番足りないものを持ってる」
「は? 何の話だよ」
「防御力、慎重さ、そして――コネ」

 チョッキはその一言で、俺が何を言わんとしているか分かったようだ。

「なるほどね。よし、良いぜ。……俺への見返りは?」
「ミューミューさん、こいつと一回戦ってるとこ配信してあげられない?」

 みずちにくすぐられて息を切らしながら、ミューミューは顔を上げた。

「そ、それくらいならお安いご用です。チョッキさんとのバトルも、実は興味ありましたし」
「分かってるねぇパイセン。ミューミューちゃん、お手柔らかによろしく。いい感じに俺にもカッコつけさせてね?」
「さぁ? 手加減の相談なら出来ませんよ? 昨日の一敗、まだ引きずってますから」
「ごめんて」
「わー! 楽しくなってきましたね!!」

 孤狼丸が皆を見渡す。
 さっき土下座してた奴が、いつの間にかすっかり場に馴染んでるのもおかしな話だ。

「急揃えだけど、これで俺とミューミューさんが中心の調整チーム発足って事で」
「皆さん、よろしくお願いします」
「こちらこそー。コロちゃんもよろしくね?」
「はい! 僕が一番下っ端なので、こき使って下さい!」
「下とか上とかやめようぜ、1ヶ月間は俺らはチームだ」

 チョッキがまた上手くまとめようとしている。でも、ここは俺にカッコつけさせてくれ。

「そう、名付けてチーム『μミューの使徒』! 力を合わせて頑張ろう!」

 ……沈黙は割と長かった。

「りょーちん、いつも思うけど、色々と変な名前付けるのやめよ?」

 みずちのその一言は、マジなトーンだった。

 っかしーなー。ミューミューとシトラスだから、「μの使徒シト」で、イケてると思ったんだけどなぁ。
 駄目かなぁ?
 駄目かぁ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

Alliance Possibility On-line攻略情報

百々 五十六
ファンタジー
Alliance Possibility On-lineの設定や、出てきたモンスターやプレイヤーの強さ、NPCの背景設定など、様々な情報を載せていく作品。 辞書とか攻略サイトみたいなもの。 ※Alliance Possibility On-line本編を先に読むことをお勧めします。

処理中です...