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第5話 華やかな街で

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 天様の車に乗ってしばらく走っていくと、やがて華やかな街に出た。私でも知っている大都会ではあるが、昔お父様が亡くなる前に連れてきてくれたことがあるだけだった。

 お母さまとお姉さまは特に意味もなくこの街まで行ったりしているらしくて、この街の甘味処に行った話をよく自慢げに話してくる。

 車を停めてその街の中を歩いていると、街の雰囲気が私の住んでいる街とは随分と違うことが分かった。

 まず来ている着物の質が違う。男女問わず素人の私が見ても分かるくらい、上品な生地を使った着物を着ている。

 そういえば、この街に行くときのお母さまとお姉さまはしっかりとお洒落をしていて、着物も持っている中で一番高い物を着ていた気がする。

 確かに、ここでは普段お母さまやお姉さまが着ている着物でも少し浮いてしまうかもしれない。

 そして、そんなことを思う中で、どうしても気にしなければならないことがあった。そう、それは今私が着ている着物についてである。

 使用人が着ている着物以上に安価で粗悪な着物は、当然この街に合うはずがなく、周囲を歩く人からの視線を集めていた。

 私はさすがに自分が場違いすぎることが恥ずかしくなって、小さくなって着物をきゅっと握って天様の背中に隠れるようにして移動していた。

「日和様、着きましたよ」

「え、ここって……」

 優しい声色に引かれるようにして下を向いた顔を上げると、そこには大きな店構えをした老舗の着物屋があった。

 いくら縁がなくとも、その着物屋の名前を知らない女の子はいない。

その看板に書かれてある『高塔屋』の文字を目の前にして、私は少しの間言葉を失っていた。

『高塔屋』と言えば、着物業界で常にトップの業績を誇り、他の店からの追随を一切許さない有名店だ。

 上質な生地と卓越された職人が織りなす着物は、他の店の着物と一線を引く逸品で、一度は袖を通して見たいと夢見る女の子は多い。

「さぁ、行きましょうか」

「わ、私のような者が入ってもよいのでしょうか?」

 優しい笑みと共に向けられた手を取ろうとして、私はその手を取る直前でピタリと固まってしまった。

 店の外でもこれだけ浮いているのに、店内に私のような人間が入ってもいいのか。その答えは考えるまでもなく、自分の中で分かっていた。

「天様。こんな有名店で買っていただかなくて大丈夫です。それに、今の着物も……その、着心地は悪くないんです」

 私はごわごわの生地を優しく指の先で撫でて、無理やり作った笑みを向けた。

 あの家から助けてもらったというのに、その上こんなお店で着物まで買ってもらっては申し訳ない。

 私はそんな気持ちを胸の中に隠して、バレない様に適当の嘘をついた。

 天様は私の言葉に少しだけ悲しげな笑みだけ浮かべると、私の着物の袖口を優しく撫でながら口を開いた。

「ここの店主とは顔見知りなんですよ。ですから、私的には他の店ではなくて、この店の方が助かるのですが」

「店主さんとお知り合いなんですか?」

「ええ。それに、このお店なら日和様が着ている物よりも、きっと着心地が良い物もあるかと」

 天様はそんな言葉を口にすると、そのまま私の手を優しく握って店に入ることの許可を願うような目で見つめてきた。

 どうやら、私の考えていることは全てバレているみたいで、私は温かい天様の手に握られてこれ以上抵抗をすることができなくなってしまった。

「天様が、よろしいのなら」

「ええ。ぜひお願いします」

 私が天様の手を握り返すのを確認してから、天様は私の手を引いてそのまま高塔屋の暖簾をくぐっていった。

 例え場違いであっても、天様がいるなら大丈夫かもしれないという思いから、その手を少しだけ強く握ってしまっていたことに気づかないフリをして。
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