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第94話 屋台と噂と
しおりを挟む「屋台が出せない?」
「はい。申し訳ないのですが」
アジザカナづくしの料理を食べた翌日。海魚が有名な港町ミルドで屋台を出すことを決めた私たちは、ミルドの商人ギルドに向かった。
エルランドよりも活気があるような商人ギルドでお姉さんがいるカウンターに向かった私たちだが、その反応は私たちが想像しなかった展開になってしまった。
……まさか、屋台が出せない展開になるとは。
確か、商人ギルドに入っていれば屋台は出せるという認識だった。
以前、エルランドで屋台を始めたときはそこまで苦労しなかっただけに、断られるという点は考えていなかった。
ちらりとエルドさんの方に視線を向けみると、エルドさんも驚いているのか少しだけポカンとしてしまっているみたいだった。
「えっと、理由を聞いてもいいですか?」
私がエルドさんの代わりにカウンターに身を乗り出してそう聞いてみると、お姉さんは申し訳なさそうな表情と共に口を開いた。
「来月にこの地で屋台フェスティバルをやるんです。この街の一番美味しい屋台を決めようっていうイベントでして、それに向けて準備をしている屋台が多くて貸せる空きがないんですよ」
カウンターにいるお姉さんの話によると、屋台フェスティバルが行われる地では、開催の二か月前には貸し屋台の空きがなくなるらしい。
……まさか、そんな時期と被ってしまうだなんて誤算だ。
「あれ? 商会名『アンの料理屋』……もしかして、あの魅惑のソースで有名なお店ですか?」
「『アンの料理屋』? な、なんですかそれは」
エルドさんの商人ギルドカードを見て少し様子を変えたお姉さんの反応を受けて、私は少しだけ慌てるようにエルドの顔を見た。
私の視線を受けたエルドさんは何でもないような表情で私の視線を受けて、言葉を続けた。
「ああ。商人ギルドに登録するときに名前が必要だったから、とりあえずそんな名前にしておいたんだよ」
「き、聞いてませんよ、そんな名前にしたなんて」
「ん? いや、聞いたら何でもいいって言ってただろ? さすがに、アンありきの店の名前に俺の名前は使えないし、シンプルでいいじゃないか」
「……まぁ、別にいいことはいいですけど」
別に変な名前でもないし問題はないんだけど、自分の名前が商人ギルドの登録名として使われているとなると、少しだけ恥ずかしい気持ちになる。
別に意味はいないけれど、何となく恥ずかしいのだ。
「え、えっと、なんで私たちが魅惑のソースを作るって知ってるんですか? エルランドからここって近くはないですよね?」
私はその恥ずかしさを隠すように冷静を装いながら、話の方向を変えようとそんなことを聞いてみた。
「近くはないですけど、噂はもちろん知っていますよ。エルランドから帰って来た商人が熱弁していましたからね」
その噂話から味を想像して緩めたお姉さんの表情から察するに、結構な美味しいお店として噂されているようだった。
……いや、お姉さんの緩み切った顔からすると、もしかしたら結構な美味しいお店どころではないかもしれない。
どうやら、私たちの屋台の噂はエルランドを出て、少し離れた街まで轟いているようだった。
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