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第161話 実験棟

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「すみません、許可取れた範囲が凄い限定的なので」

「それはいいんですけど……ここって、なんですか?」

 手続きが複雑なのか、数時間後に少し離れた場所で門が開くまで待って、ようやく入った先で案内されたのは大きな倉庫のような場所だった。

 中に入ってみると、たくさんの棚が置かれている施設に連れていかれた。

 エリアAの端にある大きな建物は、少し入っただけでは一番奥まで見ることができないくらいに大きな造りをしていた。

「実験棟です。実験する動物を保管しておく場所ですね」

 魔法の灯りを最小限に灯しているのが気になっていたが、その説明を聞いて納得した。

多分、動物に余計な刺激を与えないようにするためなのだろう。

「実験動物ですか。あの、俺たち専門知識ないんで、そういうの見ても何も分かりませんよ」

 非道徳的な方法が取られていないことを証明しようとしているのだろうけれど、実験されている動物の様子を見て、それが的確なのかを判断できるような知識は俺達にはない。

 そうなると、見せてもらっても、仕方がないような気がするのだが。

「大丈夫ですよ」

「いや、本当にそういう知識ないんですって」

「分かりますよ。ほらっ」

 棚が並ぶエリアを抜けると、モルンはどこか温度を感じさせない口調になっていた。その声の理由も分からないまま、俺はモルンが指を向けた先に視線を向けた。

「ほらって言われても…………は?」

 そして、モルンが魔法で灯していた光を、少しだけ先に向けて投げた。

 そうすることで、棚を抜けた先にあった一本の道が灯された。

 奥まで続く一本道の両端には牢のような物があり、その牢には何かの専門用語が書かれたプレートがあった。

 いや、問題はそこではない。

「こ、これって」

 その牢の中にいるのは人間だった。

 全体的に子供の割合が多く、手錠で身動きを取ることが封じられている。

 覇気を失ったような目をしている者や、興奮状態にいる者、力なく地面に倒れている者。そして、その者たちに共通しているのが、ナンバリングされているような名札を付けた、薄汚れた白い服を着ていること。

「刑務所、ですか?」

 目の前にある牢屋と、収容されている人たちの扱いを見て、リリがそんな言葉を漏らした。

 当然、そう思うのが普通だ。逆に、そう思わない方が異常だろう。

「いいえ。実験棟です」

 モルンは瞳にあった光を少し落しながら、そんな言葉を口にした。そう口にしたモルンの瞳は、収容されている人間たちではない、どこかを見つめていた。

 その言葉はここにいる人たちが実験に使われていることを認めることで、非道徳的な方法で研究が行われていることを裏付けるものだった。

 それの誤解を解くために俺たちを連れてきたはず、だったよな?

「モルンさん、人が来ました」

「隠れましょうか」

 ノアンがぴくんと何かに気づいたようで、俺たちにそう告げてきた。

 その言葉を聞いてモルンはすぐに灯りを消して、俺たちを近くの物陰に引き入れた。

「え? 隠れる?」

 施設見学ということで、許可を取っていたのではないのか?

 そう思いながら、俺たちは物陰に連れていかれてしまった。

 俺たちが向ける視線の先では、二人の白衣姿の男が台車を手にしてやってきた。すぐに、俺たちの前を通り過ぎると、男たちはそのまま奥に進んでいった。

聞こえるのは台車の車輪が回る音。

 何が起きているのか、それは音でしか感じることができなかった。

「被検体23019g。DAY3の奴だ」

 感情の起伏のない男の声が響くと、それに合わせるように錠が開かれる音が聞こえてきた。

 きぃっと牢が開く音がした後、どすんと何か鈍い音が聞こえてきた。

「や、やめっ、んんっ! んんんんっ!!」

「ちっ、うるさい個体だな」

 嫌がって抵抗する少女の声は、口を無理やり塞がれたのか籠った声に変わった。それからジャラジャラという鎖がぶつかる音が聞こえた後、台車の音が近づいてきた。

「っ!」

 そして、再び俺たちの前に現れた台車の上には、口を何かで塞がれて、声を出すことができなくなった黒色の髪をした少女がいた。

 手錠を付けたままで、体は鎖によって台車に固定されている。

 その少女は何かに脅えるように顔を引きつらせていて、その瞳は涙で濡れていた。

 そして、その子は不意にこちらにちらりと視線を向けてきた。

「んんんんっ!! んっーー!!!」

 口を塞がれているのに、必死に叫んで暴れる少女の姿。

 その声が聞き取れなくても、少女が助けを求めているのだということはすぐに分かった。

 考えるよりも早く、俺の体は動いていた。

 しかし、俺が物陰から飛び出すよりも早く、俺の手首はがっと強く掴まれていた。

振り返った先には、真剣な瞳でこちらを見つめているモルンの姿があった。

 その手を振りほどいてしまおうと思ったのだが、モルンの瞳はどこか必死で、何かを訴えかけてくるような物があった。

そんなモルンに押される形で、俺は思わずその手を振りほどくのをやめてしまった。

 しばらく叫び続ける少女の声が遠のいていき、完全に聞こえなくなってからモルンは俺の手を離した。

「何で、止めたんですか?」

 俺はモルンに睨むような目を向けていた。モルン自体が何か悪いことしたわけではないのに、先程の白衣を着た男たちに対する感情の一部を、モルンにぶつけてしまっている気がした。

 そんな理不尽な態度を取られたというのに、モルンは俺の質問をしっかりと受け止めた。

「今あの子を助けても、何も変わらないからですよ」

 そんな言葉を口にしたモルンの瞳は、何かを知り過ぎていて、瞳の一部が闇に染まったような嫌な落ち着き方をしていた。

 街にいた人たちの瞳とどこか似ているような気がする。

 いや、今はそれどころじゃないだろう。

「……あんたら、憲兵じゃないだろ?」

 先程のモルンとノアン会話から、今俺たちがここにいることが無許可であることが分かった。

 さらに、実験で連れていかれる子供がいることを見せつけて、非道徳的な方法で研究がされていることを国外の人間にバラす行動。

 とても、国側の人間が取る行動ではない。

「すみません、少し嘘をついていました」

どこか安堵するように息を吐くと、モルンは静かに言葉を続けた。

「私、反モンドル勢力『モンドルの夜明け』所属、モルンと言います」

「同じく、ノアンです」

 初めに俺たちに自己紹介をしたときのように、ノアンもモルンに続く形で口を開いた。

「反モンドル勢力?」

 聞き慣れない単語を前に、俺はただモルンの言葉を聞き返していた。すると、モルンはそんな俺たちに小さな笑み浮かべて、言葉を続けた。

「分かりやすく言うと、国家転覆をもくろむテロ集団ですかね」

「「……え?」」

 モルンはあまりにも物騒な言葉を、日常会話でもするかのようなテンションで口にしていた。

 どうやら、俺たちは知らぬうちに、危険な勢力のメンバーと遭遇していたらしかった。
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