上 下
62 / 66
2人の聖女様

ろくじゅうに

しおりを挟む
 どさ、とエリザ様が倒れた。
 その躰にはもう黒いものは纏わりついてない。
 かわりにカレンの伸ばした腕の先で蠢いている。
 やばい。気持ち悪い。こんなもの自分の中に入れろって?
 気が狂ってる。
 それでも思いつくことは何もない。
 覚悟を決めろ、これくらい、果穂と離されるよりずっとマシだ。

「いいんですか……!?本当に、入れて……」
「……うん!覚悟が鈍る前にやってくれ!」
「……はい!」

 視線の端で、ルルの眉間に皺を寄せた顔と、涙で頬を濡らす百花が見えた。ララは見えないな、と思った瞬間、カレンが僕に黒いものを入れた。

「!」
「う……」

 煙のようなものが口の中から入ってくる。気持ち悪い。味はない、多分。
 カレンの腕の先では蠢いていたくせに、するすると入ってくるのはカレンの腕がいいのかそういうものなのか。

「ユート!」
「大丈夫ですか!?」

 逃げられないよう口を抑える。吐き出したいけど躰の反応としての吐き気はない。
 そして意外と冷静だ。
 パニックになる訳でも、意識が黒いものに乗っ取られることもない。
 がんばれ僕の躰と魔力、黒いものを消せ。
 ざまあみろ、お前の敗因は果穂と僕の存在を知らなかったことだ。

「悠斗さん!」
「ユート!」

 あ、この感じは久し振りかもしれない。
 どうやら魔力を使い切ってしまったみたいだ。





「……あれ」

 目が覚めると、僕は真っ白な箱の中にいた。
 デジャブ。
 あれこれ僕また死んだってこと?
 人間って簡単に死ぬな、いやこんな短期間で2回も死ぬ自分が弱いのか。

 周りを見る。果穂がいなくて安心するが、前回も最初はいなかった、油断するな。
 ……2回目ともなると余裕が出てくる。
 違うな、2回だからというより、ファンタジーな世界に触れてしまったから慣れてしまったんだ。

「おーい、目ェ覚めたぞー、見てるんだろー?」

 カメラみたいなものがあるのかわからないが、上に向かって手を振ってみる。
 1人でぼーっとしてるのは暇だから構って欲しい。

「……」

 反応がない。嘘だろ、こんなところに閉じ込められたまんまとか発狂しちゃうぞ。

 ──お久しぶりですね──

「うわ、時間差で来るから心臓止まるかと思った!止まってるけど」

 ──貴方は本当に……妹様の使命を邪魔して下さいますね──

 嫌味か。
 嫌味も言いたくなるだろうけど、普通に嫌味言っちゃうんだ?

「果穂の使命ってやっぱ聖女様?」

 ──そうです、あの方は沢山の命を救う使命で送られました──

「まだ5歳だぞ?無理だよ」

 ──大活躍のようでしたが?──

「なんか最初の時そんな嫌味言うキャラだったっけ?……でもさ、カレンを見て、僕は果穂を聖女様にしなくて良かったと思ったよ、果穂にはまだ早い」

 ──その為に苦しむ人が多いとしても?──

「う、痛いこと言うね、でも僕は僕達に出来ることはやってきた筈だ、今回のことだって国中に感染病が回る前に処理できた……結末を見てないから絶対とは言えないけど」

 ──あの方は大変強い力をお持ちです、その気になれば国どころか世界を救えるお方。その力を持つ方を貴方の我儘で縛っていいと?──

「駄目だ!少なくとも、果穂が自分の意思で決められるようになるまで、大人になるまであの子に聖女をさせる気はない!」

 ──離れるのが嫌なだけでしょう?──

「危険な目や悲しい目にあってほしくない、普通に育ってほしいだけだ!果穂が大人になって、その責任を自分で負えるようになるまでは僕は果穂を聖女にはしない!」

 ──世界の危機であっても?──

「聖女を隠してでもどうにか……何かはする!するけど!聖女だとばらしはしない」

 ──相変わらず頑固ですねえ──

「僕は果穂の兄ちゃんだから。果穂が大きくなるまでは嫌がられても離れない」

 とは言っても死んじゃったんだけど。
 お願いしたら戻してくれないだろうか。
 こんだけ嫌々言ってたら無理か。
 最初から僕と果穂を離そうとしてたし、これ幸いとばかりに離されちゃうか。

 ……ララとルルは果穂と百花を守ってくれるだろうか。
 カレンは大丈夫だっただろうか。
 孤児院の子達も大きく育ってくれるだろうか。
 最期を果穂に見られなくて良かったような、最後まで一緒に居れなくて寂しいような。
 ……最後にララの顔だけが見れなかったな。
 果穂はもう起きただろうか。泣いてないだろうか。
 安易に死んでしまってごめん。守れなくてごめん。大人になるまで一緒にいれなくてごめん。

 ──誰も死んだとは言ってないでしょう──

 は?

 ──貴方はまだあの世界で気を失ったままですよ──

「生きてるの!?えっじゃあなんでここに!?」

 ──約束をして欲しかったのです──

「役束」

 ──ええ──

「果穂を聖女様にしろって?」

 ──そう言っても断られるのは先の話でわかってますからね……──

 相変わらず勿体ぶる。
 でも言いたいことはわかってる。

 ──時が来たらあの方を……世界を救って下さいね──

「それはつまり、世界が危なくなる時が必ずくると」

 ──ええ──

「……年齢にもよるぞ!頑張る!頑張るけど!でも子供の内は聖女様になんかしないからな!」

 ──そう言うと思ってましたよ、でも貴方もわかってる筈です、あの方の存在の大きさを、力の強さを──

「……だからそれは果穂が大人になってから、任せる」

 ──あの方は世界を救う使命がある、貴方はそれまであの方を守ることを忘れないで下さいね──

 そんなことわかってる。
 そう悪態を吐く前に、またしても視界は白く染まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...