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風
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「ぐうっ!!!」
息が上手く出来ない。
目も開けられない。地上は近付いているんだろうけど、僕にはどうしようも無かった。
これまでの人生が走馬灯のように頭を巡る。幼い頃、母と走ったでこぼこ道。
貧しくてオンボロ小屋だったけど、毎日が楽しかった。
村は口の悪い奴らばっかりだけど、正直者の僕のことも受け入れてくれていた。
なんだ、思い返せば僕って、案外幸せだったのかな。もっと皆と仲良くすれば良かった。ヤギシチューも、あと3杯食べたかった。
それに、ツアルト。
最低最悪犯罪者だけど、僕はあの肉食獣みたいな彼を好きになってたらしい。彼の過去が許せないくらいには。でも、彼は巨人で、僕は普通の人間。所詮は会うはずの無かった二人なんだ、きっと。
涙が頬を濡らすことなく空へ吸い込まれる。別に悲しい訳じゃない。落ちるのが恐いだけだ。
なんだって、僕は身投げみたいなことをしたんだ。ツアルトの奴に責任持って地上まで降ろさせれば良かったじゃないか。
いや…無理だ。そんなこと出来なかった。あの友人達と身体を重ねていたと分かったツアルトの腕に抱き上げられるのは、今の僕には耐えられ無かった。
だからって、なんで飛び出したんだ、僕。
「ぐっううっ」
かろうじで目を開けようとするが、ほんの僅かしか開けない。どんどんと地上が近付いていた。もう間もなく僕は叩き付けられるんだろう。ぎゅっと拳を握り締め覚悟を決める。僕の家も間近に迫る。あの家の前の固い地面に僕は落ちるのか。
もう、ダメだ。なんだ、後悔ばかり浮かぶ。お母さん、ごめんなさい。生まれ変わったら、僕はまたお母さんの子供に産まれたい。そして、次こそは愛する人と出会って……ツアルトの顔が浮かぶ。
「ふぐっツア、ルト」
「何?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
声の方を見れば、ツアルトが一緒に落ちていた。
「は?」
地面に付く寸前に、彼は僕を抱きかかえて木にぶら下がった。ほんとにあと少しで地面だった。震える僕は、ゆっくりと地上に降ろされる。足の裏が固い地面に着いて安堵から、ヘナヘナと座り込んでしまう。
「大丈夫?びっくりしたよ、飛び出すから」
僕は泣いていた。ガクガクと震える膝を抱えて泣き続ける。
「……すまなかった。あんな話を聞かせるつもりなんて無かったんだ。アイツらも、悪気は無くて」
優しく頭を撫でられるが、その手を叩き落とした。
「ぐすっ、その、悪気の、無い人たちと、いればいいだろ、もう、僕には、さわる、な」
ツアルトが固まってるのが分かる。
「あんたに、とって、僕よりも、アイツらのが、大事なんだ、ひぐっ」
泣いているから、鼻水もダラダラだし、顔もぐちゃぐちゃだ。言ってることもメチャクチャかもしれない。でも、許せない。
「ぐすっ、アイツらと、縁を切ったら、また、会ってやる」
「そんな、ジャック……」
愕然としたツアルトを僕は無視して、どうにか立とうとした。けれど、うまく立てない。腰が抜けたんだ。
「ジャック、俺」
「おい!ジャックトマメ!どうしたんだ!!」
幼なじみのトリットリアが家の方から走って来る。血相を変えている。どうしたんだ。
「あ、トリットリア……ぐすっ」
「!!泣いてるのか?!おい、巨人!お前がジャックトマメを虐めたのか!!」
僕とツアルトの間にトリットリアが立ち塞がった。ツアルトがデカ過ぎて隠れないけど。虐めたって。子供か、僕は。
「君は……すまない、今は二人で話させてくれないか。大事な話をしたいんだ」
「僕は話したくない!トリットリア、僕を家まで連れてって!!立てないんだ!」
ガバッと僕を振り返ったトリットリアが僕を背中に担いだ。荷物のように担がれた僕。まあ、文句は無いけど。
「待ってくれ、ジャック。話を」
「ジャックトマメは話したくないってさ!追って来るなよ!!警備隊に突きだすからな!!」
トリットリアが耳まで真っ赤にしながらツアルトに怒鳴ると、一目散に走り出した。
そっちは僕の家じゃないけど?
「ひとまずオレんちに避難するぞ!!巨人が追いかけて来たらお前んちじゃ吹き飛ばされる!!」
童話の巨人か。まあ、それくらいデカいけど。
「ジャック!!必ず迎えに行く!!」
「ふんっ!アイツら全員と縁切ったらな!!」
僕は背負われながら、振り返って大声を挙げた。
ツアルトは何も返事をしなかった。結局、そういうことなんだと思う。
僕のことを好きと言っても、付き合いの長い友人の方が大事なんだ。特に身体の関係もあったんだから、余計だろう。胸がジリジリと焼ける音がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「んで?どーすんだよ、お前」
トリットリアのお母さんが、美味しいヤギシチューを出してくれて、今はそれをバクバク食べながらトリットリアの部屋で事情を話していた。やっぱり美味いよ、これが一番。トリットリアの家は僕のボロ家と違って立派なレンガ造りの大きな家だ。うらやまし………くない。
「どーするったって。友達とそういうことしてる奴となんて無理だろ。あり得ないから、そいつらと縁切ったら、また会ってやるって言った」
「なんだそりゃ。また会うのかよ、その強姦巨人に?警備隊に突き出すべきだろ!いや、オレが連れて来てやるよ!警備隊!」
トリットリアは、ものすごい不機嫌だ。さっきから、ヤギシチューの肉をスプーンでグネグネ押しっぱなしで、舌打ちも連発。
なんなら、貧乏揺すりもガンガンだ。
「んー……別にそこまでは……僕は友達と完全に縁を切ってくれたら、また会っても良いかなって」
「はぁ?!バカじゃねーの?!次はその友達もグルになって、輪姦されるぞ!!」
え、恐い。何がって、そんなこと思い付くトリットリアが恐い。純粋な子だと思ってたのに!
「聞こえてる」
「え?なにが?」
はぁーっと深い溜息をついて、トリットリアがシチュー皿をテーブルに置く。
ゆっくり立ち上がり、僕の近くまで来ると、椅子に座る僕の足元にしゃがみこんだ。
「……あのなぁ、お前が知らな過ぎるんだよ。そんなことになっても警戒心もゼロだし、自分で自分の身も守れないだろ?あの巨人が約束破っても、お前じゃ抵抗なんて無理。好き勝手されるだけだ」
目元を紅く染めながら、僕を見上げるトリットリアに、本当に心配してくれてるって分かる。そりゃ分かるよ。幼なじみだもん。コイツ、ほんとは良い奴なんだ。
「……ん」
「何照れてんの?」
トリットリアの顔が真っ赤になったと思ったら、プイと反対を向いた。
「ばっ、はぁ?照れてねぇし!って、そうじゃなくて……くそっ」
「どーしたの?ねぇ、シチュー食べないなら僕にちょーだいよ」
すっかり冷めた彼のシチューを指差して声を掛けると、トリットリアはすぐに僕に渡してくれた。これ、何杯でも食べたい。
「ありがと!あ、間接キスか。ま、良いよね、友達だもん」
トリットリアが使ってたスプーンもそのまま使って、またシチューをパクパク食べる。うん、この口の中に広がる甘み、旨み、芳醇さ……癖になる!!
「間接…き、キス…」
まだ顔が赤いトリットリアが、顔を両手で覆いながらブツブツ呟いている。
なんで、いつまでも床にしゃがんでるんだろう。
「大丈夫?トリットリア。具合い悪い?」
急にすくっとトリットリアは立ち上がった。顔は反対向いたままだけど、耳が赤い。
「……決めた。ジャックトマメ、しばらくオレんちにいろ。あのボロ家じゃ危ない。きっとすぐまた巨人に襲われる」
「え?でも……」
「オレんちは広いし、村で唯一のレンガ造りだ!一番安全だろ?!それに、母さんのヤギシチューも食べられる!」
「お世話になります」
僕は即決して深々と頭を下げた。
ヤギシチュー!万歳!!
「はいはい、シチューね」
トリットリアの独り言は無視しておいた。
息が上手く出来ない。
目も開けられない。地上は近付いているんだろうけど、僕にはどうしようも無かった。
これまでの人生が走馬灯のように頭を巡る。幼い頃、母と走ったでこぼこ道。
貧しくてオンボロ小屋だったけど、毎日が楽しかった。
村は口の悪い奴らばっかりだけど、正直者の僕のことも受け入れてくれていた。
なんだ、思い返せば僕って、案外幸せだったのかな。もっと皆と仲良くすれば良かった。ヤギシチューも、あと3杯食べたかった。
それに、ツアルト。
最低最悪犯罪者だけど、僕はあの肉食獣みたいな彼を好きになってたらしい。彼の過去が許せないくらいには。でも、彼は巨人で、僕は普通の人間。所詮は会うはずの無かった二人なんだ、きっと。
涙が頬を濡らすことなく空へ吸い込まれる。別に悲しい訳じゃない。落ちるのが恐いだけだ。
なんだって、僕は身投げみたいなことをしたんだ。ツアルトの奴に責任持って地上まで降ろさせれば良かったじゃないか。
いや…無理だ。そんなこと出来なかった。あの友人達と身体を重ねていたと分かったツアルトの腕に抱き上げられるのは、今の僕には耐えられ無かった。
だからって、なんで飛び出したんだ、僕。
「ぐっううっ」
かろうじで目を開けようとするが、ほんの僅かしか開けない。どんどんと地上が近付いていた。もう間もなく僕は叩き付けられるんだろう。ぎゅっと拳を握り締め覚悟を決める。僕の家も間近に迫る。あの家の前の固い地面に僕は落ちるのか。
もう、ダメだ。なんだ、後悔ばかり浮かぶ。お母さん、ごめんなさい。生まれ変わったら、僕はまたお母さんの子供に産まれたい。そして、次こそは愛する人と出会って……ツアルトの顔が浮かぶ。
「ふぐっツア、ルト」
「何?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
声の方を見れば、ツアルトが一緒に落ちていた。
「は?」
地面に付く寸前に、彼は僕を抱きかかえて木にぶら下がった。ほんとにあと少しで地面だった。震える僕は、ゆっくりと地上に降ろされる。足の裏が固い地面に着いて安堵から、ヘナヘナと座り込んでしまう。
「大丈夫?びっくりしたよ、飛び出すから」
僕は泣いていた。ガクガクと震える膝を抱えて泣き続ける。
「……すまなかった。あんな話を聞かせるつもりなんて無かったんだ。アイツらも、悪気は無くて」
優しく頭を撫でられるが、その手を叩き落とした。
「ぐすっ、その、悪気の、無い人たちと、いればいいだろ、もう、僕には、さわる、な」
ツアルトが固まってるのが分かる。
「あんたに、とって、僕よりも、アイツらのが、大事なんだ、ひぐっ」
泣いているから、鼻水もダラダラだし、顔もぐちゃぐちゃだ。言ってることもメチャクチャかもしれない。でも、許せない。
「ぐすっ、アイツらと、縁を切ったら、また、会ってやる」
「そんな、ジャック……」
愕然としたツアルトを僕は無視して、どうにか立とうとした。けれど、うまく立てない。腰が抜けたんだ。
「ジャック、俺」
「おい!ジャックトマメ!どうしたんだ!!」
幼なじみのトリットリアが家の方から走って来る。血相を変えている。どうしたんだ。
「あ、トリットリア……ぐすっ」
「!!泣いてるのか?!おい、巨人!お前がジャックトマメを虐めたのか!!」
僕とツアルトの間にトリットリアが立ち塞がった。ツアルトがデカ過ぎて隠れないけど。虐めたって。子供か、僕は。
「君は……すまない、今は二人で話させてくれないか。大事な話をしたいんだ」
「僕は話したくない!トリットリア、僕を家まで連れてって!!立てないんだ!」
ガバッと僕を振り返ったトリットリアが僕を背中に担いだ。荷物のように担がれた僕。まあ、文句は無いけど。
「待ってくれ、ジャック。話を」
「ジャックトマメは話したくないってさ!追って来るなよ!!警備隊に突きだすからな!!」
トリットリアが耳まで真っ赤にしながらツアルトに怒鳴ると、一目散に走り出した。
そっちは僕の家じゃないけど?
「ひとまずオレんちに避難するぞ!!巨人が追いかけて来たらお前んちじゃ吹き飛ばされる!!」
童話の巨人か。まあ、それくらいデカいけど。
「ジャック!!必ず迎えに行く!!」
「ふんっ!アイツら全員と縁切ったらな!!」
僕は背負われながら、振り返って大声を挙げた。
ツアルトは何も返事をしなかった。結局、そういうことなんだと思う。
僕のことを好きと言っても、付き合いの長い友人の方が大事なんだ。特に身体の関係もあったんだから、余計だろう。胸がジリジリと焼ける音がした。
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「んで?どーすんだよ、お前」
トリットリアのお母さんが、美味しいヤギシチューを出してくれて、今はそれをバクバク食べながらトリットリアの部屋で事情を話していた。やっぱり美味いよ、これが一番。トリットリアの家は僕のボロ家と違って立派なレンガ造りの大きな家だ。うらやまし………くない。
「どーするったって。友達とそういうことしてる奴となんて無理だろ。あり得ないから、そいつらと縁切ったら、また会ってやるって言った」
「なんだそりゃ。また会うのかよ、その強姦巨人に?警備隊に突き出すべきだろ!いや、オレが連れて来てやるよ!警備隊!」
トリットリアは、ものすごい不機嫌だ。さっきから、ヤギシチューの肉をスプーンでグネグネ押しっぱなしで、舌打ちも連発。
なんなら、貧乏揺すりもガンガンだ。
「んー……別にそこまでは……僕は友達と完全に縁を切ってくれたら、また会っても良いかなって」
「はぁ?!バカじゃねーの?!次はその友達もグルになって、輪姦されるぞ!!」
え、恐い。何がって、そんなこと思い付くトリットリアが恐い。純粋な子だと思ってたのに!
「聞こえてる」
「え?なにが?」
はぁーっと深い溜息をついて、トリットリアがシチュー皿をテーブルに置く。
ゆっくり立ち上がり、僕の近くまで来ると、椅子に座る僕の足元にしゃがみこんだ。
「……あのなぁ、お前が知らな過ぎるんだよ。そんなことになっても警戒心もゼロだし、自分で自分の身も守れないだろ?あの巨人が約束破っても、お前じゃ抵抗なんて無理。好き勝手されるだけだ」
目元を紅く染めながら、僕を見上げるトリットリアに、本当に心配してくれてるって分かる。そりゃ分かるよ。幼なじみだもん。コイツ、ほんとは良い奴なんだ。
「……ん」
「何照れてんの?」
トリットリアの顔が真っ赤になったと思ったら、プイと反対を向いた。
「ばっ、はぁ?照れてねぇし!って、そうじゃなくて……くそっ」
「どーしたの?ねぇ、シチュー食べないなら僕にちょーだいよ」
すっかり冷めた彼のシチューを指差して声を掛けると、トリットリアはすぐに僕に渡してくれた。これ、何杯でも食べたい。
「ありがと!あ、間接キスか。ま、良いよね、友達だもん」
トリットリアが使ってたスプーンもそのまま使って、またシチューをパクパク食べる。うん、この口の中に広がる甘み、旨み、芳醇さ……癖になる!!
「間接…き、キス…」
まだ顔が赤いトリットリアが、顔を両手で覆いながらブツブツ呟いている。
なんで、いつまでも床にしゃがんでるんだろう。
「大丈夫?トリットリア。具合い悪い?」
急にすくっとトリットリアは立ち上がった。顔は反対向いたままだけど、耳が赤い。
「……決めた。ジャックトマメ、しばらくオレんちにいろ。あのボロ家じゃ危ない。きっとすぐまた巨人に襲われる」
「え?でも……」
「オレんちは広いし、村で唯一のレンガ造りだ!一番安全だろ?!それに、母さんのヤギシチューも食べられる!」
「お世話になります」
僕は即決して深々と頭を下げた。
ヤギシチュー!万歳!!
「はいはい、シチューね」
トリットリアの独り言は無視しておいた。
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