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第2章
鼻毛
しおりを挟む「え?あの量を使い切った?」
長官の言葉を反芻する。
他の同僚たちも、あんぐり口を開けて、奥歯どころか喉の奥の小骨まで見えそうだ。
「ああ、初夜でな。宿屋の都合で15泊しか出来なかったから、その間に一箱全部使い切ってしまった」
「………一箱、三十本ありますよね」
「あったか?まあ、そのくらいだな」
「……あれ、一晩で数滴が標準使用量って教えませんでしたっけ?」
「ん?なんのことだ?標準…使用量…とは?」
「わあーーーーー!!!……………ムンスさん、生きてます?」
「俺の愛するムンスのことを心配してくれてるのか、お前達は……ぐすっ、良い奴だな。だが……まさか、ムンスに惚れては無いよな?ムンスは妖精のように儚く美しいから、惚れてしまうのも無理は無いが、もし惚れたら百回殺すから覚えておけ?それと、ムンスには毎日、全力で回復魔法を3回はかけてるから元気そのものだ。むしろ、ご両親からは若返ったとさえ言われている」
話が長いし、途中で殺気を部屋中に充満された。
一回ほろりと泣いてからの、鬼の形相。
情緒大丈夫か。
そして、この魔力バカの全力回復魔法って、逆に死なないのか。
「…………はぁ、さようですか。お二方が良いなら、それで良いと思います」
もう踏み込むのは止める。
これ以上、ムンスさんのことを細かく聞くと、この人は嫉妬して手に負えなくなる。
更には、天然の自覚が無いから、余計に厄介だ。
「いや、だから困ってる。香油が、このままだと在庫もすぐに底をつきる……どこで買えば良いか教えてもらえないか」
「はぁ、使い過ぎなんですけどね、そもそも……まあいいや。魔法でどうにかするんだろうし…あれは、街の西にある魔法具屋で売ってますよ。他にも、新婚さんにはうってつけの物もあるから、どうぞ行ってみたら…」
言い終える前に、もう目の前にいたはずの長官が居なかった。
シン、と静まり返る我ら部下達。
「……これから、長官会議あるよな?」
「……ありますね……間もなく始まります」
「長官、3週間も結婚休暇取って、その上、会議も休むって」
「……………全く問題無いな」
「ええ、全く問題無いですね」
あの天然長官は、国王が決して今の座から動かさないよう支持しているのだから、何をやったって結局、辞めさせられることはないらしい。
国王の考えは分からないが、我らも天然長官を観察するのは楽しいし、あの魔力の塊に他国へ行かれたら、軍事的にもヤバいのは確かでもある。
「我らは何も知らなかったことにしよう」
「そうしましょう、そうしましょう。あ、お茶でも淹れますよ」
皆でお茶を飲みながら、最近の長官事情を情報交換する。
「長官ってば、結婚してから毎日、ツヤッツヤですよねー。この前は、自分の頬で虫を滑らせてました」
「虫って……ほんと、他の人とは絶対結婚なんて出来なかったんだから、ムンスさんに感謝しないとだよな」
「けど、ムンスさんも、よく耐えられてるよな。あんだけ香油使ってたら、普通は倒れてるだろうし、頭がぶっ飛ぶだろうに」
「きっと毎回、長官が鬼のような回復魔法で全回復させてるんですよ。もはや不老不死になるんじゃないですか?ムンスさん」
「「たしかにー!」」
「僕が何ですかぁ?」
ひょっこりと、大きな紙袋を手にしたムンスさんが登場した。
「あれ?サルシンはいないんですか?パンを届けに来たんですけど」
我らも、びっくりした。
なぜって……ムンスさんは、確かに若くなってる。
というか、全体的に光ってる。
全身から金色の光が溢れてる。
これ、まさか今朝かけた回復魔法の効果が今もまだ続いてるってこと?
どんだけ魔力注いだら、昼過ぎまで光ってんだよ?
「はっ!!あ……すみません、長官は現在、急な仕事で席を外しておりまして」
まさか、貴方との夜の香油を箱買いする為に仕事を抜け出してるなんて言えない。
二人が上手くいかなくなったら、我らの立場も危うい気がする。
いろいろと。
「そっかぁ……行くって言っておいたのになぁ……残念ですけど、仕事だもの仕方ないですね。これ、皆さんで召し上がって下さい!焼き立てなので、フワフワで美味しいですよ」
にっこりと笑って、まだ温かい大きなパンの袋を手渡される。
ムンスさんは、確かにめちゃくちゃ綺麗で可愛い。
長官の言うことも一理ある。
その笑顔に釣られて、でれっと鼻の下を伸ばした奴の脛を、こっそり蹴る。
「殺されるぞ」
「ヒッ」
小声で囁やけば、皆、背筋を伸ばしてぴしりとする。
あくまでムンスさんは、長官の伴侶。
決して、うつつを抜かしてはならない相手。
「ありがとうございます、ムンスさん。必ず長官にも渡しておきますね」
「では、宜しくお願いします!また明日、来ますね!」
かわいいお尻をフリフリしながら、部屋を出て行くムンスさんの後ろ姿を見送って、皆が一斉に溜息をつく。
「マジかわいい」
「天使っていうか、妖精?」
「あー、いいなぁ……もしも抱いたらどんなかなぁ」
「何を抱いたらって?」
はい、来ました。
こういうタイミングですよ、この人たち。
「先程、ムンスさんがパンをお届けに、長官のところへいらっしゃいました」
「なにっ?!ムンスが?すぐに追いかけないと!」
「いやいや、家に帰ったら、またすぐ会えるじゃないですか。それより、会議サボりましたよね?」
少し視線が右上に行って、それから下へ。
ちら、とこちらを見て、また上を向く。
「あー……あれな。うん、悪い」
確信犯な?
まさかの、確信犯な?
「ゴホン、あまりそういうことをされますと……」
「それよりっ!ムンスを追いかけなくてはっ!では、あとはよろしく!!」
バサっとローブを翻して、我らには必要のない格好良さを見せびらかして走り去って行く。
後に残されたのは、仕事の山と、寂しい独身者、そして温かい山盛りパン。
「よし、呪いをかけよう」
「そうだな、呪いだな」
「どーしようもない呪いにしよう」
口々に言い合って、どうでもいい呪いを長官にかけることにした。
本当に効果があるかどうかなんて、どうでもいい。
ただ、ほんの少し、長官への憂さ晴らしがしたかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ムンスっ!!」
呼び掛けると、ムンスが振り返って笑った。
そこに蝶や花が咲き乱れたと思ったのに、そこはなぜか普通の道だった。
「あれ?今、花が咲いて蝶が舞わなかったか?」
「何言ってるの?ここには花なんて無いよ。それより、お仕事中なのに大丈夫?」
ムンスが、楽しそうにクスクスと笑う。
ほら、また周りがふわぁっとピンクに染まって、花が咲き誇る。
「はぁ……俺だけの妖精」
「ん?なぁに?」
「なんでもない。なんでも……それよりムンス」
ムンスの顎を掬い上げて、唇を見詰める。
その薄く色付いた、なんとも食欲をそそる唇。
「え、サルシン……?」
「ムンス………愛してる」
「ちょっ、ちょっと待って、サルシン」
「人目なんて気にしなくていい。俺は、今、ムンスを味わいたい」
「そうじゃなくて、サルシンっ…鼻っ!」
「鼻?」
「鼻毛……伸びてる」
鼻毛が………伸びてる………だと?
そんなはずはない。
バッと近くの店のガラス窓に映る自分の鼻を凝視する。
…………伸びてる。
確かに、明らかに右の鼻毛が伸びてる。
「まさか………そんなはずは………」
俺は、ムンスと出会ってからというもの、それまで気にもしなかった身だしなみを、それはもう、ものすごく気にするようになった。
出来るだけ格好良いと思われたいから、常に髭や髪型、匂い、目やに、耳垢、それに、それに…………
当然、鼻毛も毎日、一日3回は必ず確認し、細かく手入れしている。
いつしてるかって?
当然、仕事中だ。
ムンスの前では、恥ずかしくて出来ないし、そんなことをしてると思われたくない。
「珍しいね?サルシンは、いっつも完璧なのに。でも、そんなサルシンも」
「なんてことだ………そんな、そんな………見ないでくれっ!!!」
俺は、ムンスから逃れたくて、走り出した。
こんな格好悪い俺を見たら、ムンスに嫌われるかもしれない。
そんなの…………絶対に耐えられない!!!!
「えっ、サルシンっ??!!どうしたの?」
ムンスの声を聞きながらも、俺は走り出した。
振り向くことなんて出来ない。
なぜなら、今の俺の鼻からは鼻毛が出てるから。
「すまないっ、しばらく……一人にしてくれ」
しばらく走って、道端で振り返る。
ムンスは追いかけて来なかった。
当然だ。
鼻毛が出てる奴なんて、追いかける価値も無い。
考えれば考える程、涙が出て来た。
ムンス、ムンス、ムンス………
胸の中で、何度も何度もムンスを呼ぶ。
けれど、返事は無い。
「別れたくない………」
グズグズと泣き始めると、誰も声を掛けてくる者などいない。
そもそも、俺に声を掛けてくれるのも、笑いかけてくれるのも、全てムンスだけなのだ。
でも、そのムンスに鼻毛を見られてしまった。
俺は、まさに絶望の淵にいた。
「居たっ!!長官!!」
「こんなところに~っ!」
「ねぇ?大丈夫だって言ったでしょう?ムンスさん」
ムンス………?
まさか、あのムンス?
「皆さん、一緒に探してくれてありがとうございます。僕だけじゃあ、見つけられませんでした!今度、また美味しいパンを届けますね?」
ムンスが、いた。
「ムッ、ムンスっ?!なぜ、ここに」
「サルシンを探しに来たに決まってるでしょ?」
ムンスは、少し怒っていた。
当たり前だ。
俺の鼻毛が、にょっきり出てるんだから。
「………すまない。だが、別れたくないんだ」
「うん?別れたくない?なんのこと?」
「つまり……はっ!まさか、既に次の相手が、この中に?」
ぐるり、とムンスの周りに居る奴らを睨めつける。
こいつら、やっぱりムンスを狙ってる。
「は?長官?何を言って」
「俺、俺、ムンスのことが、こんなに好きなのに~っ!ズビっ、ぐずっ」
泣きながら、ムンスに縋り付く。
もう鼻毛のことなんて考えてられない。
そんなことしてる間に、きっとムンスを奪われる。
「僕も、好きだよ」
「でも、でもっ、ムンス、俺、俺……」
「なぁに??」
「鼻毛が出てるからぁ~~っ!!!俺、離婚されるぅ~っ!!捨てられる~っ!」
号泣した。
久しぶりに、こんな人前で隠すことなく泣いた。
「………え?」
「「「え?」」」
えぐえぐと、しゃくり上げながら話をする。
と、ポカンとしていたムンスが、だんだんと笑い始め、いつの間にか笑顔になっていった。
「あははっ、サルシン、そんなことで僕は嫌いになんてならないよ?」
「ほんっ、ほんとっ?!俺の、ことっ」
「かわいい♡泣いてるサルシンも、最高にかわいい」
ぼったりと腫れた瞼に口吻をもらった。
「「「……あの、長官」」」
「ん?ああ、いたのか。お前達」
「………ごめんなさい」
「「ん?」」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
我ら部下達は、ほんの小さな呪いをかけた。
『長官の鼻毛が伸びますように』
そんな、どうでもいい呪いをかけていた。
まさか、こんな話にまでなるなんて。
それから、我々は延々と続く説教と、仕事の山を押し付けられるところを、天使の一声で助けられた。
「そんなに怒っちゃダメだよ?サルシン♡」
「分かった、もう怒らない。お前たち、許す」
「ムンスさ~ん!!ありがとうございます~!!」
「近寄るな、お前たち!!!」
こうして、我らが長官は幸せに暮らしましたとさ。
おしまい
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ありがとうございました!!✨✨✨
もくれん様
誠にありがたい感想、心より感謝申し上げます♡
更新も読んで頂き、ありがとうございます〜(*ノ・ω・)ノ♫
どうしても、イケメンにhanage出させたかったのです。チョロリ、とね(。•̀ᴗ-)✧
好きな人にhanage見られるって、割とダメージ大きいよな〜と思ったんです✩
そんなウブラブな二人のお話は大体終わりになりますが、なるほど、秘書のお話ですか!二人を更に盛り上げる系か、秘書自身の幸せを求めるか……うーん、幸せになってほしいのもありますね。日頃、ラブラブ光線を当てられ続けてますから。
幼子を引き取って、自分好みに育て上げる系もアリですね( ꈍᴗꈍ)ウフフ 歳の差…
そんなこんなで、個人的な趣味ばかりですが、お付き合いありがとうございます。
こうして感想頂けると、同じ趣味嗜好の方が存在しているという喜びで胸がいっぱいになります(•ө•)♡
今後とも、変態的なものばかり増殖させていく予定ですので、お時間ある時には覗いてやって下さい(*˘︶˘*).。*♡
もくれん様のご多幸を祈って✩
にじいろ♪