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第一章

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「あのっさるっサルッシンさんにっ」

僕は緊張しすぎて、舌を噛みまくった。
痛くて涙目だ。
衛兵さんは、会釈すると僕をそのまま案内してくれる。
僕は後を付いて歩きながら声を掛ける。

「えっと、どこへ?」

衛兵さんに聞くと、少し寂しそうに笑っている。

「いらっしゃったら、すぐに長官様の自室へお連れするよう、承っております」

こちらです、と立派な扉の前に立たされた。
この前のことが、急に思い出されて恥ずかしくて帰りたくなる。
でも、会いたいし、でも…

衛兵さんがノックをすると、中から低くて腰に響く素敵なサルシンさんの声が聞こえて、僕の胸は高鳴った。

「えっアルジ?!」

バーン!と扉が大きく開かれて、扉の目の前に立ってしまっていた僕は思い切り扉にぶつかり、後ろへと吹き飛ばされた。
薄れゆく意識の中には、驚愕するサルシンさんの顔。
あぁ、最後にサルシンさんに一目でも会えたなら、僕はこのまま死んだっていいや。

あ、父さん母さん、今まで僕を育ててくれてありがとう。
僕が先に死んだら、きっと二人とも悲しむだろうな。
でもね、僕は幸せだったよ。

二人の子供になれて、僕は本当に幸せだったんだ…



「ーー、聞こえますか、大丈夫ですか」

僕の全身が金色の光に包まれている。
僕に声をかけてくれてるのは、優しそうな、白衣のお医者さん?
この光は?と辿ると…サルシンさんが、鬼の形相で僕に魔法を掛けていた。

「おい、長官!もう意識戻ってるから!やり過ぎ!」

秘書さんが、サルシンさんの肩を掴んで強く揺すると、サルシンさんは僕を見て、金色の魔法をようやく止めた。

身体が軽い。
あ、僕の手首の痣まで消えてる。
先月くらいに、うっかり鉄板で火傷したところがきれいさっぱり治った。

「あ!さ、さ、サルシンさん!僕を治してくれたんですね?ありがとうございます!」

僕が頭を下げてお礼を言うと、サルシンさんは、真っ赤になって、床に突っ伏した。

「生きてる!動いてる!聞こえるか?!奇跡だ!本物だーーーっ!!!」

地球の反対側へ向かって報告してる…?
これも魔法なのかもしれない。

「あの…サルシンさんのおかげです。ちゃんと顔を見て、お礼が言いたいんですけど…」

僕もドキドキして恥ずかしいけど、ちゃんとサルシンさんの顔を見たいし、お礼も言わなくちゃ。
いつの間にか、僕たちの周りには誰もいなくて。
秘書さんもお医者さんもいなくなってた。

次の瞬間、僕達は、サルシンさんの部屋の中に置かれたソファで隣同士に座ってた。

え?瞬間移動?

赤い顔で俯いていたサルシンさんが、ようやくゆっくり僕の方を見る。

「あ、う、その…」

「はっはひっ…」

うっ舌噛んだ。地味に痛くて涙目になる。
でも、ちゃんと見なきゃ、とじっとサルシンさんを見上げると、サルシンさんもウッと息を止めている。

「ぼっ僕っサルシンさんに、また、パンをとどけにっ来たんですっ」

なんとか言い切った。

「お、おおおぅ、そ、そうか、俺も…その、そうじゃないかと思ってた、ははっ」

サルシンさんは、僕の持ってきた焼き立てパンを貪るように食べてくれた。
パン屑が口周りに付いても気にしない、ワイルドさが格好良い!!
おしゃれなテーブルの上がパン屑だらけになって、黒いローブが白っぽくなっても気にも止めてないらしい。
こ、こんなにパンを食べる姿がかっこいい人って、生まれて初めて見た。
胸がどくん、どくん、と高鳴りっぱなしで、僕は心臓の病かもしれない。
けど、このまま死ぬなら本望だ。

僕が、うっとりと見つめていると、サルシンさんとバチっと目が合って、サルシンさんは、思いっきりむせた。

「ごっ、ごはっ!ふっぐっ!」

僕は慌てたけど、すぐにスっと扉が開いて、どこからか飲み物が飛んで来てサルシンさんの前に置かれた。
これも魔法?!すごい!
サルシンさんは素早く飲み物を掴むと、ごきゅごきゅとすごい勢いで飲み切って、息を吹き返した。

「ーっはぁっーっ、死ぬかと、思った…失脚請負人…こんな技があるとは…侮れん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アルジに会えて嬉しい。
いや、そうじゃない、これは戦いだ。
でも、けど、ドキドキしすぎて話せない。
俺は、ひたすら目の前の焼き立てパンの山を食べ続けた。
アルジを見ると心臓が止まりそうになるから、アルジを見れない。
でも、見たい。
チラッと盗み見る。
アルジの唇と鎖骨が目に入る。

ブホッ

鼻血が出た。
しかも、噴出した。
すっと医者とケルビンが現れて、アワアワするアルジを他所に、テキパキと処置が施され、俺は元の席に座らされた。
俺の鼻には、しっかり鼻血止めの紙が詰められている。

かっ、かっこ悪いじゃないかーーーーっ!
こんな姿、アルジに見せられない。
恥ずかしさで死ねる。

「きょ、今日のところは…」

帰って欲しくないけど、帰って欲しい。
複雑な心境で言いかけると

「あのっサルシンさんっ!」

「ひゃあいっ」

急に呼ばれると、心臓が口から出るから!
今、多分1回外に出て戻ったわ。

「あのっ僕を、せ、せ、専属にしてもらえませんかっ」

せっせせせせせんぞくっ?
それって、あれか?
ええと、アルジが俺のものってこと…か?
ボンっと頭から湯気が出た。
遂に意識が遠のく。
このまま死ぬのか…?

あ、またケルビンが入ってきて、俺にヒールがかけられてる。
なかなか高度なヒールを使えるようになったじゃないか、上司として嬉しいぞ。

「ーーーっハアッハアッ」

おかげで現世に戻ってこれた。
アルジも、医者と秘書の登場には少し慣れたらしい。
静かに見つめられてる。
控えめに言っても可愛い。

「えっと、リアーノパンと専売契約をして頂けないでしょうかっ?!」

ん?と夢から醒めた。

「それは、つまり?」

パンの専売?
アルジとじゃなくて?

「リアーノパンから、定期的にパンを購入して頂ければ、こちらまでお届けに参ります!」

「と、いうと?え、パンの話?パンを買う?俺の失脚とかじゃなくって…?」

俺、ただのパン買う人ってこと…?失脚は?

「あの、僕も、サルシンさんに会えて嬉しいし、その…少しでも、会えたら頑張れるっていうか…」

赤くなって俯いて、モジモジと言い募るアルジ。
か、かわいいの集合体が鎮座しておる。
なんだ、この生き物は。
俺を攻め滅ぼそうという気か。
だが、それは素晴らしい誘惑で。

「…つまり、パンを毎日頼めば、俺は毎日アルジに会えるのか?」

アルジの頭からボンッと湯気が出た。

「ーーっはいっ!僕に会えます!あれ?ちがう?んーと、僕も、サルシンさんに毎日会えます!あ、あれ?えっと、アハハっ、分かんなくなっちゃった!」

俺の大輪の薔薇が花開く笑顔。
思わず、俺は両手で自分の顔を抑える。
これ以上、鼻血出したくない。
アルジに、かっこ悪いとこ見せたくない。
アルジに嫌われたくない。

「…目的は?」

勝手に口が喋っていた。

「俺を失脚させる為の情報収集か?」

俺のバカバカバカバカ!
なんでこんなこと言うんだよ!
チラリとアルジを見ると、泣きそうな顔になってる。
せっかく笑ってくれたのに!

「ーーーっそんなっ僕、そんなことっ」

アルジが顔を覆って泣き出した。
でも、こいつはアルジなんだ。
俺を狙って差し向けられた刺客…??ん?

あれ?
おや?
俺は、アルジの左手を掴んだ。

「ふぇっ?」

アルジは泣き顔まで、かわいい。
なんだ、その潤んだ瞳は。
宝石より綺麗って、なんなんだ。

それは置いてといて。
左手首の痣が無い。

「ここの痣は?どうした?」

アルジも気がついたようで

「…?あぁ!さっきのサルシンさんの治療のおかげで良くなったんです。先月、鉄板で火傷しちゃって、しばらく残るかと思ったんですけど…ありがとうございます!」

泣きながらも、ふふふ、と笑う。
なんだ、その胸を撃ち抜く泣き笑い。
攻撃力の高さは砲撃を超えている。

「え?アルジ…だよな?」

「はい!リアーノパンの主(あるじ)のムンスです!」

俺はがっくりと床に崩れ落ち、燃え尽きた。
真っ白になったと思う。
アルジが、アルジじゃなかった…
俺への刺客じゃなかった!

ムンスだーーーーーっ!!!

「やったぞーーーーっ!!!」

ムンスを抱き上げて、クルクルと回る。

「ひゃあーーーーっ!」

ムンスは、悲鳴までかわいい。
そのままがっしりと抱きとめて、深く深く口付ける。

「ーーーっ!んんっ」

ムンスは、大きく潤んだ瞳を見開いたが、ゆっくりと目を閉じて、俺を受け入れてくれた。
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