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第1章 どこでもないどこか

7話 決意と資格

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 「俺は……」

 居世の頭の中である言葉が繰り返されていた、それは生きるとはどういうことかと。
 多分その答えは人の数だけあり、それに正解や不正解なんてものはない、そう思っていた。多種多様な考え方があって、その一端に今の時代、日本では比較的簡単に様々な方法で触れることができる。
 だから口にはしないものの、誰だって一度は考えたことがあると思っていた。そして、ほとんどの人が、自分も含め、それが分からないまま日々過ごしているとも。

 居世は特別他人から羨ましがられるような輝かしい人生を歩んできたわけではなかった、とりわけ普通の人生だ。
 だが、平凡ながらも特に不自由なく過ごしてこれたことに彼は感謝し満足もしていた。大きな波風を立てることはなく、それなりに上手く周りに馴染んでやってこれた。心の奥ではどこか孤独を感じていたが、1人で過ごす時間もそこそこに楽しんでいた。やりたいことがはっきり見えないまま何となく周りに流されてここまできたが、それに関して不満も無い。
 己の過去、現在、そして未来について後ろ向きな思考は無く、根拠のない前向きさが居世にはあった。程よく人生を満喫する、もしかしたらそれが彼の〝生きる〟なのかもしれない。で、あれば彼はもう十分に生きたのではないだろうか。

 もし、このまま死んだらどうだろうか、ふと頭の中をそんな考えがよぎった。無論死にたいわけではなく、死に対する恐怖心は感じている。だが生きることに執着心があるかと言われると即答できない自分がいた。
 死の淵に立たされても諦めることなく必死に生き抜いていく姿を描いた娯楽作品を見た時、いつも思うことがあった。多分、逆の立場になったら、「まぁ、それなりに楽しくやってきたし死んでも仕方ないか」とか「運命だったんだろう」と呟くって。
 今、置かれている状況はそう呟く場面なのかもしれない。だが……。


「イヨ様、どちらを選びますか?」

 再度、大木が質問を投げかけてくる。居世は俯いていた顔を上げた。

「俺は……」

 あの光景が目に浮かんだ、病室にいるやつれた母親の姿が。
 父親を幼少期に亡くしてから女手一つ自分を育ててくれた母親。今まで生きてこれたのは母親のおかげだ、感謝してもしきれない。だが、その感謝の言葉を直接口にしたことはなく、これまでに大した親孝行もしてきていない。心の中ではそう感じているのにいつでもできるから、面と向かって言葉を述べたり行動するのは恥ずかしいから。そんなつまらない理由で避けてたこと。
 もしこのまま死んでしまったらそれらをする機会は一生得られないし、母親はこれから1人で生きていかなくてはいけない。

「俺は……下界に戻る道を行く」

 答えは決まっていた、自分にはやらなければいけないことが明確にあるではないか。生きる目的はまだ分からないが、生き返る目的はある。誰でもすぐにできる簡単なことであり、分かっていてもできていなかった、先延ばしにしていたことをするために。

「その道は双者にとって上界に行くよりも辛く困難な道になります。危険は伴いますし、もちろん上手くいく保証もありません。それでもあなた様はこちらを選びますか?」

「……うん。やらないといけないことがあるんだ、まだ生き返れる可能性があるならその道を行きたい」

「分かりました、本当によろしいのですね?」

「あぁ、とりあえずやるだけやってみるよ」

 自然と笑みが出る、心の奥底でもやもやしていた何かがすっと消えるような気がした。

「イヨ様の決意は分かりました。それでは私は全力でお力になります、あなた様が目的を果たせるように」

 とても心強い言葉だった。右も左も分からない自分にとってはこの上なく頼りになる存在だ、人間ではないがこの際関係ない。

「ありがとう、これからよろしくな。……そういえば」

 居世は大木の太い幹を見つめた。

「何て呼べば良い、名前は?」

 植物であるが意思疎通はしっかり取れている。これから一緒にやっていくのだ、呼び名が必要だろう。

「名前、ですか。私はここ中界で導者としての役割を担う存在でありますが、特に個々を指す名称は与えられていません。ですのでイヨ様のお好きなようにお呼び下さい」

 唯一無二のとても個性的な存在だと思うのだが、名前がないのか。少し驚いた。

「そっか、じゃあ……」

 居世は額に手を当てた。こういったセンスを自分は持ち合わせていないと自覚している。何が良いだろうか、ペットに名前をつけるとは勝手が違う、この大木ありのままの姿しか頭に浮かんでこない。

「タイボクだし、……タ、タイボとか」

 様子を伺いながら、思い浮かんだ名を口にしてみた。その直後、居世は改めて自身のセンスの無さを呪った。
 さすがにこれは単純すぎたか、声は女性なのに女性らしさの欠片もない。いや、でも残念なことに他には何も思いつかないのだ。

「タイボですか、……うん、ありがとうございます! イヨ様、私気に入りました。改めてこれからタイボと名乗らせていただきます」

 そんな居世の心配をよそに大木の反応は概ね良さそうで、与えられた名前を気に入ってる様子であった。
 ひとまず安心した、もしこれが気に食わなくてヘソでも曲げられたらどうしようかという不安があったが、良かった。当人から名前を付けてくれと直接言われて、名前を付けることは恐らく後にも先にもこれっきりだろう。


「じゃあ、タイボ。これから俺はどうすれば良い?」

 下界に戻るには地縛霊魂を7つ集めろと言われたが具体的にどうすれば良いかはさっぱりだった。

「はい、まずはイヨ様にその資格があるかどうか試させていただきます。もし資格がなければ、残念ですが即刻上界へ行っていただくことになります」

 いきなりの重たい内容に居世は困惑した。

ーー資格だって? 聞いてないぞ。

 要はテストみたいなものに合格しないと生き返る方法に挑戦すらできないということだろうか。

「これからさせていただくのは、イヨ様が想剥(そうはく)を扱うことができるかどうかの確認になります」

 初めて聞く単語が出てきた、想剥? 扱うということは道具が何かなのか、それとも乗り物なのか。
 タイボの言葉に合わせるように居世達がいる場所の何処かで何かが落ちたような鈍い音が聞こえた。音の先に目をやるとさっき現れたのだろうか、壁際に新しい扉ができている。

「双者が生者に戻るには下界に根付く地縛霊魂を集めなければいけません。地縛霊魂とは本来、上界に行くべき肉体を失った霊魂に訳あって〝肉体ではない別の重さが付いてしまった〟ものを指します。重さを得た結果、霊魂は下界に縛られてしまい地縛霊魂となるのです」 

 たしか白い動物もタイボも重さで存在できる世界が違うと言っていた。下界は生者、霊魂が肉体に宿っている者が存在できる世界だ。肉体が下界にいるための重さの役割を担っているのだろう。
 だが地縛霊魂に肉体はない。けど、別の重さがあるから下界に存在できているということか。

「地縛霊魂は世界の理から外れた存在。ですのでその重さを取り除き、本来の在るべき世界、上界に霊魂を導く必要があります。霊魂から〝重さを剥がす〟ための物、それが想剥です。さて、また詳しいことは後ほどお話します。イヨ様、まずはあちらの方へ」

 タイボの言うあちらとはあの新しく出現した扉の先を指しているのは明白だった。
 どうやら簡単に事は運ばなさそうだ。まだまだ分からないことは多いが今は言われたことをするしかない。
 居世は扉に向かって歩いていった、その資格が自分にあることを願いながら。

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