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五感が冴えるとき2

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「何をしているんだ、琥太郎。俺の従業員にセクハラはやめてくれないか。」

望美の鑑定室の扉の前に呆れた顔をしながらも冷静な雄司が立っていた。

カトリーヌ先生が望美の首元から顔を上げた。

「あらぁ、王子じゃな~い!」

カトリーヌ先生は、キラキラと顔を輝かせて雄司の方を向いた。

「・・・琥太郎??」

望美はその名前でカトリーヌ先生の本名が琥太郎ということに気づいて驚いた。

「や~ん!だって今日ののん先生ったら何だか色気たっぷりで隙だらけなんだもん、こんなのん先生初めて見たからつい食べたくなっちゃったの」

カトリーヌ先生が長くて少しゴツ目の手足をクネクネさせながら雄司に近づき言った。

望美はカトリーヌ先生のことを女性として認識するように心掛けていたが、この人なら何でも食べかねない、とつい心の中で思ってしまった。

「ねえ、私って占い師じゃない?だから分かるのよ~」

雄司の顔に更に近づき、もう少しで雄司の唇とカトリーヌ先生の唇が当たりそうになりながらこう言った。

「王子とのん先生、2人とも何かあったでしょ」

確信を持ったような目をしたカトリーヌ先生が雄司をまっすぐ見つめる。

「何もねえよ。」

雄司がカトリーヌ先生の顔を手でどかしながら、相変わらず冷静に答える。

「えぇ!ホントに?ねえ、のん先生!ホントに何もないの~?」

雄司の手で頬を押されて唇を尖らせながらカトリーヌ先生が望美に聞いた。

「っ何もないです!」

少し声が上ずってしまったけど何とか答えられた。

実際のところ何かはあったけど、正直なところ何かがあったなんて認めたくない。

いや、何かあったとカウントしたくない強がりな気持ちが出てしまった。

雄司に頬をキスされただけで、意識してしまう女だと思われてしまうことを気にしてしまった。

でも・・・・なぜ雄司を意識していると気づかれてしまうことを心配しているのだろう。

自分の恋愛経験に自信がないから、こんな気持ちになるのだろうか。


ふと、望美は自分の気持ちがモヤモヤしている事に気付いてしまった。


「カトリーヌ先生だって何かあったんじゃないのか。普段なら女の色気なんて気にもならなければ無反応だろう。」

近くにあったカトリーヌ先生の顔を退けさせながら、意味深そうに雄司は言った。

「あら、私は普段通りよ。」

カトリーヌ先生がとぼけたような顔をしながら答えた。

もはや誰が本当のことを言っているのか分からない。

「俺も仕事柄か勘が良くてだな、最近のカトリーヌ先生を見ていて気づいたよ。」

「・・・何よー。」

カトリーヌ先生がふてくされたような顔をしながら答えた。



「・・・好きな人でもできたか?」

真剣な顔で雄司が突拍子もないことを言うもんだから、望美は少しだけ笑ってしまった。

笑ったのは望美だけじゃなかった。

「ふふっ」

顔を隠すように吹き出してしまったのは、カトリーヌ先生だった。

「いつも冷静沈着な王子から『好きな人』だなんて言葉出てくるなんて意外だわ。」

カトリーヌ先生は更に続けた。

「私はいつでもどんな時でも、全てのものに愛しているわ。」

それは一体どういう意味なのだろう、と望美は考えてしまった。

「カトリーヌ先生も望美と同様で異性の陰というか、恋人の陰を感じないとエミリー先生が言っていたぞ。」

確かに、カトリーヌ先生の恋人の話しは聞いたことが無かった。

エミリー先生は、ああ見えて結構な愛妻家であることは、ここの館では常識だった。

(ああ見えてって言い方は失礼だよなあ・・・)

と、ふと望美は思ってしまった。

カトリーヌ先生はカトリーヌ先生で、望美が恋人無しキャラで定着している事を不憫に思った。

「エミリー先生たら、恋愛鑑定も上手いのよね」

カトリーヌ先生が呟いた。

「誤魔化さないでくれ。本当のところどうなんだ。さっき望美に近づいていただろう。」

雄司がカトリーヌ先生に詰め寄った。

少しだけ感情的で珍しい。

「王子の方こそどうなのよ。のん先生のこと気にしているでしょう?」

とうとうカトリーヌ先生も雄司に言い返すようになった。

「ちょっと。ちょっと待って、私?」

望美は雄司とカトリーヌ先生に名前を出されて、戸惑ってしまった。

「もし従業員同士の恋愛だとしたら、自由に恋愛してもいいはずよ。」

「自由にやってくれて問題はないが、職場でイチャつくのはやめてくれないか。」

相変わらず雄司は真剣な目をしていて、雄司の整った顔立ちが更に際立って見える。

確かに雄司の言っていることは経営者としては正論だ。

でもそんな真面目なことばかり言われても、働いている身としては面白くも何ともない。

なんてったって、こんなに面白い人たちと働いているのだから。

少しばかりふざけたり、冗談を言ったって許してくれる仲間たちがいるのだから。

望美は息をスーッと吸い込んだ。

「・・・私の気持ちはどうなるの?」

普段、恋人の陰が全く無い望美から、このような発言が出てくることが珍しい。

しかし、望美もいたって真面目な顔をしている。

そこから3人の間で少しの沈黙が流れた。

お互い何かを考えているようだが、何も言葉を発しなくなった。

それでも嫌な雰囲気は全くなく、3人とも大いに真剣だが少しばかり笑いを堪えているようである。

一体、何がそんなに面白いというのだろうか。



そんな時だった。

バンッ!!

望美の鑑定室の扉が勢いよく開いた。

3人とも扉の方にゆっくりと目を向ける。

そこにはローズの香りの香水を纏った、大柄の人物が立っていた。

エミリー先生だ。

「隣の鑑定室で何か気配を感じると思ったら、3人とも揃っていたのね。」

3人と同じように、エミリー先生も真剣な顔の裏に笑みを隠したような顔をしている。

ただ3人と異なるのは、年齢せいか全てを見通したような冷静さと、全てを見守るような暖かいオーラを纏っている。

「3人揃っているなら話しは早いわ。」

静かにエミリー先生は語る。

「・・・これから忙しくなるから、仕事の準備をしてちょうだい。」

それもそうだった。

この占いの館のオープン時間が午前10時だが、オープン直後は大体ヒマである。

しかし雄司とカトリーヌ先生と話しをしているうちに、もうお昼近くになっていた。

この街、中華街では本格的な中華料理を求めてやってくるお客さんも多く、この占いの館も例外ではなく、お昼頃から人の出入りが増えてくるのだった。

「ホント!もうこんな時間だわ。」

望美は驚きながらも、雄司とカトリーヌ先生と一緒にいることが楽しいから時間があっという間のように感じたのだろうと思った。

「あらあら、もう少しのん先生とお話ししたかったのに。のん先生、また夕方に来るね。」

カトリーヌ先生は残念そうな顔をしながら、自分の指に唇を当てて雄司と望美に投げキッスをして鑑定室を後にした。

そんなカトリーヌ先生の背中を雄司は訝しげな顔をしながら見送った。

「大袈裟な男だな。俺も午後の打ち合わせがあるんだ。心配だからまた様子を見に来るからな。」

そう言い放って雄司も鑑定室を後にした。

仕事の話しとなると行動が早い人たちだな、と望美は日頃から思っていた。

「エミリー先生、時間を教えてくれてありがとうございます。」

望美はエミリー先生が、どうしてこの鑑定室の中の気配を感じたのか、何の気配を感じたのか不思議に思ったが、それよりも仕事の準備が優先だったので先にお礼だけ言った。

普通の職場ならサボっているとイヤミなことを言われるだろうが、エミリー先生はそんなことは言わないことを知っているからだ。

エミリー先生のことだから本当に何かを感じたから、この鑑定室にやってきたのだろう。

「・・・今日も悩める子羊さんを助けるわ。のん先生、あなたのこれまでの経験が誰かを救うことに役立つわ。」

エミリー先生は優しくそう呟いて鑑定室を後にした。

望美はそれを聞いて、高めの位置にポニーテールを作り鑑定の準備を始めた。



「・・・青春の風が吹いているわね。そりゃ、桜も散るわけだわ・・・。」

廊下に出たエミリー先生は独り言を呟いた。

占い館の建物は吹き抜けになっており、廊下を出ると外の風に当たることができる。

この間まで少し冷たく感じた風も、この数週間でだいぶ暖かくなってきた。

心無しか街行く人々の顔も、この春を感じてか少しだけ明るく感じる。

この先の未来に希望を抱いているような顔だ。

希望を抱くことは楽しいことばかりではない。

時に無理だと諦めてしまうことで、悲しい気持ちを紛らわそうとする者もいるだろう。

そんな人々に『本当に望む道』を教えるのでは無く、本人に気づかせるだけで、次々と夢を叶えていくのだから人間とは本当に不思議な生き物だとエミリー先生は思っていた。

そして、この後エミリー先生の言った通りに占いの館は次々とお客さんがやってきて、中華街で人が少なくなる時間帯の20時頃まで、この日は忙しくなるのだった。
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