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龍神様とあやかし事件
23、レン
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「……レン!」
「まったく! お前は本当に次から次へと異変に首を突っ込みおって! 俺の話を聞いておけばよかったのだ。ほれみろ! そんなにボロボロになって……!」
「う、うん……」
レンが跪いて私の体を起こしてくれる。
顔は相変わらず怒っていたけれど、私の気持ちを落ち着かせるのには十分だった。
ふわりと柔らかな香りに涙腺が緩む。
レンの側がこんなにも温かで私の心を柔らかく解きほぐしてくれるのだと胸が熱くなる。
「本当に……、手のかかる嫁だ」
「あ、ありがと」
レンが親指で私の眦をぬぐってくれる。私はその時初めて、自分が泣いていることに気が付いた。
「さて……、お前をここまでボロボロにした報いを受けさせねばならぬな」
「レン……、あの狼、鶴岡八幡の狛犬だったよ!」
「だろうな」
「は……? 気づいていたの?」
私はよろよろと起き上がる。
レンは厳しい視線を狛犬に投げかけたままだ。
「やはり、祭神がいる敷地内での揉め事など比売神が知らぬのはおかしいと思うてな。しかしだ、もし犯人が狛犬だったら話は変わる。どうせ、周辺での面倒なあやかしを狩っていたとでも言うていたのだろう? 比売神は外様には厳しいが、身内には甘い。その甘言を信じてしまったのであろうな」
そう言いながらゆっくりと狛犬に近づいていく。
狛犬は体を打ち付けてはいたが頑丈らしく、すぐに立ち上がりレンに対して唸り声をあげた。
空気が低く震える。
しかしレンはどこ吹く風といった様子だ。
「五頭竜……!」
「いかにも。江ノ島の一柱にして、今はこやつの旦那だ。よくもまあ、俺の嫁に手を出してくれたのう。ふふ……、どう調理してやろうかの。犬の肉は硬いと聞くが、俺にかかれば三枚に下ろすのも造作もないことよ」
「……わしはその娘を食うのだ。そこをどけ……」
「そんなこと俺がさせるとでも? 狛犬無勢がその口がきけぬよう今すぐにでも切り裂いてくれようか……。しかしまあ、なんでそう憧れる? どう見えてるがわからんがそうそういいものでもないぞ? 面倒ごとに放り込まれるわ。目をつけられるわ。神になったら余計にな。その土地に縛られる。こうして俺のように嫁でも迎えぬ限りな」
狛犬が低いうなり声をあげる。
レンの話が逆に煽っているようで私はヒヤヒヤする。
「ちょ……ちょっと! レン! 怒らせちゃってどうするのよ!」
「どうもしないわ。それに怒ってるのであれば俺の方がよっぽどだ。お前に手を出されたのだぞ。今すぐはっ倒してその骨を砕いてやりたいわ。だが、しかしお前がいやがるであろうから未だ手を出さないでおるのだぞ。それを何故、お前は怒るのだ」
「いや……、だって。理由とかも聞いてはいないし。どうしてそこまで力が欲しいのか分からないでしょう?」
「ふむ……、確かにな。しかし。奴が話をするかのう?」
レンが冷ややかな視線を向ける。
唸り声をあげ、今にも飛びかかりそうな狛犬にレンはため息をついた。
「さてと……。まあよかろう。ムカムカはしてきたが俺の嫁の寛容さに感謝せいよ。……死なずとも生かすともくらいの程度に痛めつけてやろうぞ」
レンは指をポキポキと鳴らすと、狛犬に飛びかかっていく。
一陣の風のようだった。
寒空の下、ひゅうんと空気がしなった声をあげる。
その瞬間、狛犬の体が舞い上がり叩きつけられる。
ぶつかった舞殿の柱が軋み、屋根瓦が傾いた。
「ちょ……ちょっとレン! 死なない程度にってさっき言ってたじゃない!」
「かまわぬ。案外丈夫だろうからこれくらいどうってことないであろうよ。本来であればこの程度では済まさないのだが。……まあ俺も丸くなったものよのう」
「は……はあ」
土埃の間から白い巨体がぐらりと揺れる。
力量の差は明白だった。
狛犬も決して弱い部類じゃないはずなのに、神様の前ではまるで歯が立たない。
しかし、そこまで追い詰められても未だ狛犬は立ち上がろうとする。
「やめよ……、貴様そのままでは死ぬぞ。所詮狛犬は神には勝てぬ。身の程を知るがいい」
「ぐ……」
狛犬の体がぐらりと揺れる。
ばたりと倒れこみ、必死でもがき立ち上がろうとするも膝から再び崩れ落ちた。
そのまま、湯気のような煙がぶわりと立ち上る。
「な……なにっ!」
「まったく! お前は本当に次から次へと異変に首を突っ込みおって! 俺の話を聞いておけばよかったのだ。ほれみろ! そんなにボロボロになって……!」
「う、うん……」
レンが跪いて私の体を起こしてくれる。
顔は相変わらず怒っていたけれど、私の気持ちを落ち着かせるのには十分だった。
ふわりと柔らかな香りに涙腺が緩む。
レンの側がこんなにも温かで私の心を柔らかく解きほぐしてくれるのだと胸が熱くなる。
「本当に……、手のかかる嫁だ」
「あ、ありがと」
レンが親指で私の眦をぬぐってくれる。私はその時初めて、自分が泣いていることに気が付いた。
「さて……、お前をここまでボロボロにした報いを受けさせねばならぬな」
「レン……、あの狼、鶴岡八幡の狛犬だったよ!」
「だろうな」
「は……? 気づいていたの?」
私はよろよろと起き上がる。
レンは厳しい視線を狛犬に投げかけたままだ。
「やはり、祭神がいる敷地内での揉め事など比売神が知らぬのはおかしいと思うてな。しかしだ、もし犯人が狛犬だったら話は変わる。どうせ、周辺での面倒なあやかしを狩っていたとでも言うていたのだろう? 比売神は外様には厳しいが、身内には甘い。その甘言を信じてしまったのであろうな」
そう言いながらゆっくりと狛犬に近づいていく。
狛犬は体を打ち付けてはいたが頑丈らしく、すぐに立ち上がりレンに対して唸り声をあげた。
空気が低く震える。
しかしレンはどこ吹く風といった様子だ。
「五頭竜……!」
「いかにも。江ノ島の一柱にして、今はこやつの旦那だ。よくもまあ、俺の嫁に手を出してくれたのう。ふふ……、どう調理してやろうかの。犬の肉は硬いと聞くが、俺にかかれば三枚に下ろすのも造作もないことよ」
「……わしはその娘を食うのだ。そこをどけ……」
「そんなこと俺がさせるとでも? 狛犬無勢がその口がきけぬよう今すぐにでも切り裂いてくれようか……。しかしまあ、なんでそう憧れる? どう見えてるがわからんがそうそういいものでもないぞ? 面倒ごとに放り込まれるわ。目をつけられるわ。神になったら余計にな。その土地に縛られる。こうして俺のように嫁でも迎えぬ限りな」
狛犬が低いうなり声をあげる。
レンの話が逆に煽っているようで私はヒヤヒヤする。
「ちょ……ちょっと! レン! 怒らせちゃってどうするのよ!」
「どうもしないわ。それに怒ってるのであれば俺の方がよっぽどだ。お前に手を出されたのだぞ。今すぐはっ倒してその骨を砕いてやりたいわ。だが、しかしお前がいやがるであろうから未だ手を出さないでおるのだぞ。それを何故、お前は怒るのだ」
「いや……、だって。理由とかも聞いてはいないし。どうしてそこまで力が欲しいのか分からないでしょう?」
「ふむ……、確かにな。しかし。奴が話をするかのう?」
レンが冷ややかな視線を向ける。
唸り声をあげ、今にも飛びかかりそうな狛犬にレンはため息をついた。
「さてと……。まあよかろう。ムカムカはしてきたが俺の嫁の寛容さに感謝せいよ。……死なずとも生かすともくらいの程度に痛めつけてやろうぞ」
レンは指をポキポキと鳴らすと、狛犬に飛びかかっていく。
一陣の風のようだった。
寒空の下、ひゅうんと空気がしなった声をあげる。
その瞬間、狛犬の体が舞い上がり叩きつけられる。
ぶつかった舞殿の柱が軋み、屋根瓦が傾いた。
「ちょ……ちょっとレン! 死なない程度にってさっき言ってたじゃない!」
「かまわぬ。案外丈夫だろうからこれくらいどうってことないであろうよ。本来であればこの程度では済まさないのだが。……まあ俺も丸くなったものよのう」
「は……はあ」
土埃の間から白い巨体がぐらりと揺れる。
力量の差は明白だった。
狛犬も決して弱い部類じゃないはずなのに、神様の前ではまるで歯が立たない。
しかし、そこまで追い詰められても未だ狛犬は立ち上がろうとする。
「やめよ……、貴様そのままでは死ぬぞ。所詮狛犬は神には勝てぬ。身の程を知るがいい」
「ぐ……」
狛犬の体がぐらりと揺れる。
ばたりと倒れこみ、必死でもがき立ち上がろうとするも膝から再び崩れ落ちた。
そのまま、湯気のような煙がぶわりと立ち上る。
「な……なにっ!」
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