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龍神様とあやかし事件

1、閑話休題

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猫又の一件が済んで一週間……。

 温泉が湧いたり、猫又に襲われたり……、そして龍神様の許嫁となったり……。
 普通の女子高生だったはずだったのに、たった一日で完全に様変わりしてしまったのだ……。

 まあでも、そんなこと言っても私の家は寂れた老舗旅館だし?

露天風呂が復活したくらいでどうってことないだろうと。

 そう思っていたのだ。
 ついちょっと、先日までは。

「みなみ! これは流転の間に頼む」
「わ! わかった! あ、ビールがないよ! 冷蔵庫から瓶ビール出して!」

 狭い厨房に私の声が響く。
 普段は穏やかなたつみ屋も食事時ともなればてんやわんやになる。

 元から六室くらいしかないたつみ屋だから、家族経営らしく少人数で回すしかない。
 母も祖父もあたふたしながら接客をしている。

 しかしそれでも手が足りず、こうして私も手伝っているというわけだ。
 本当、猫ならぬあやかしの手すら借りたいほどで、居候しているレンもこうして駆り出されている。

(これも……! 龍脈ってやつのせいなの??)

 きっかけはあの時だった。
 枯れた露天を見て、レンが龍脈を直したことによって改めて湯が吹き出した。
 どうやらこのたつみ屋は「龍穴」という気の流れの上にあるらしく、レンが直したことによって客足が戻って来たらしい。

 最初こそ疑っていた私だけれど、こうして実際に繁盛を目の当たりにしてしまっては信じざるを得ない。

(こ、こんな忙しくなるなんて思ってもみなかった……!)

 怒涛のようにお客さまの注文をこなし、客室に御膳を運んで、息切れしながら厨房に戻ってくる。
 これで一通り済んだはずだし、時間的にもそろそろ終わる頃ようやく息をつける。
 正直もうヘロヘロだ……。
 御膳があんなに重さがあるなんて思わなかった。正直腕も足もガクガクだ。

「お……終わった」

 息を切らしながら厨房の椅子になだれ込むかのように座ると、そっとお茶としらすせんべいが差し出される。

「ご苦労だったな」

 厨房のあれこれはもっぱら祖父の専門だったが、最近はレンが仕切っている。
 年齢を重ねるうちに持病の腰痛がひどくなっている祖父にとってはありがたい話らしい。

 レンも飲み込みが早く、焼き物以外はほとんどこの一週間で覚えてしまったほどだ。
 期待されているということはそれだけ色々と任されてるということで……。

 接客から厨房から、予約さばきやら、細々とした修理まで私が学校に行っている間に着々と仕事をこなし、母と祖父から毎日絶賛されている。

 レンが信用を集めているということは……、私の許嫁としての地位も固まっているということで……。

 私は夢が遠ざかっていくようで、少し胸が痛い。 
 実家が繁盛していくには問題ない。
 でも私がレンと結婚してたつみ屋を引き継いでしまえば、私の夢は叶わなくなる。

 海外留学。

 私は狭い日本から飛び出して世界をまたにかけて仕事をしたいのだ。

(でも……このままじゃ前途多難だよ……)

 お茶を飲んでふうとため息をつく。
 ちらりとレンの様子を見ると、厨房で明日の朝ごはんの準備をしていた。

 長い白銀の髪を一つ束ねにしているが、調理衣を身につけているため側から見たら新人の板前のようにしか見えない。
 しかしその真剣な表情は美しく、イケメン板前とでもいうべきなのかも知れない。
 私はかつて繁盛していたときに使っていたという、中居さんの服にエプロンといったまるで老舗旅館のテンプレみたいな格好をしている。
 こうして二人でいるとお客さんから旅館を切り盛りしている夫婦に見えるらしく、なんとも心中は複雑だ。 

(確かにちょっとくらいは繁盛してほしいって思ってたけどさあ……)

 せんべいをぽりぽりとかじりお茶をすすりながらレンの背中を見つめる。
 私にこそ横暴だが家族の前ではある程度、俺様龍神の影はなりを潜めている。

 今も、厨房の後片付けのために調理器具を洗い始めている。
 本当は私も手伝いたいが、正直体が動かない。
 学校から帰って来て、家の手伝いをして、それから勉強して寝る。
 最近のルーチンは大体そんな形で固まって来た。
 これをこなすだけで正直ヘロヘロだ。
 今すぐにお風呂に入ってさっぱりして布団に潜り込みたい。


 しかし、今日みたいに『特別なお客様』がいらっしゃった日はこの場限りではない。


「みなみ……、そろそろ行くぞ」
「あっ! うん」

 急いでせんべいの残りを飲み込んで、エプロンを外してレンの後に続く。
 そうして、たつみ屋の裏口へとそっと回る。
 裏口といっても門構えは表と遜色ない。

 ほとんどの客は面から入る。しかし、昔はちょっと高貴な方だったり、常連さんをお迎えする場所だったらしく、ちゃんと整えられている。

 タイミングが良かったらしく明かりをつけると、ガラス戸越しにぼんやりと立ち姿が写っている。

「ようこそ、いらっしゃいました」
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