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序章

1.悪役令嬢は思い出す

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 ある晴れた日、私は盛大に転んだ――

 それは令嬢らしからぬ情けない姿で派手にすっころんだ。

 その瞬間、この世界では無い地球と呼ばれる惑星で暮らしていた記憶が怒涛とどばーっと流れ込み、私は思い出す。

 って、転生!?

 それは、小説やアニメ、漫画の世界では確立された異世界転生ってヤツだ!

 私は歓喜した――が、それも束の間喜びだった。

 自身の名前がエステリア・ハーブストだと知ったからだ。

 朧げな記憶の中にある前世の記憶でも強烈に覚えている、人気乙女ゲーム『月と共に煌めいて~キラキラ魔法学園、ラブ注入200%~』略称『とにキラ』に登場する悪役令嬢と同じ名前だったからだ、容姿は現在5歳なのでなんとなく……と、いう感じだが暗い銀色の髪、燃え上がるような紅の瞳。

 超絶美少女に転生出来て喜んだのに、よりにもよってエステリアに転生したというのが分かって落胆した。


 エステリアは不幸な少女だった。

 ミストリアという国の三大公爵家であるハーブスト家は最も高位の貴族として君臨していた。エステリアは生まれる前から王太子の婚約者候補として決められていた。周囲からとにかく甘やかされて育ったエステリアは我儘し放題の悪役令嬢のテンプレートキャラどうぞよろしくである。当然、婚約者候補から婚約者となったクリフト殿下には嫌われ、伯爵令嬢であるヒロインに奪われる。

 彼女の何が不幸だったか、という部分なのだけど――

 ここはゲームに詳しい人間の考察なども含むところではあるけれど、彼女にとって、最大の不幸は周囲の人間といえる。国内貴族の派閥争いという政治的な側面もあって彼女の取り巻きの一部には彼女をワザと貶める為に動いている者達がいたこと、強気な性格と我儘なことが有名だったせいでヒロインにとって有利であり、エステリアにとって不利な状況が次々と作られていく。

 そして、周囲から孤立していく中で公爵家からも見捨てられるような展開となり、彼女は強硬な手段を用いるしか無い状況になり、断罪される。しかも、他のルートでもヒロインに絡んでは他の悪役令嬢と共に断罪されてしまう。

 パターンは様々あるけれど、一番多いのはヒロイン排除の為に刺客を雇ったり毒殺を謀った事が発覚して毒杯を賜って処刑される。他にも国外追放なんてのもある。唯一、処刑じゃないパターンでも修道院送りだ。これは考察をしていた人達の意見ではあるけれど、エステリアの性格は我儘で傲慢……なのだけど、とても短絡的な思考回路で煽てに非常に弱く、謀に長けた人物からは操りやすい人間だったのでは無いか――と、そんな感じだ。

 ともかくだけど、私が断罪されない為に注意が必要なのは単純なところ、王太子殿下との関係――これは良好な関係を作るか、婚約者候補から外して貰うか、婚約者となった場合でも、さっさと婚約解消出来る状況を作るか。だと思う……でも、問題はヒロインちゃんが現れた時にどうなるか予想出来ない。

 後は、気を付けないといけない人物への接触。特にヒロインが王太子妃となることで得をする者達の中に黒幕がいるのは確定的で、さら私をスケーブゴートにすることが可能だった人間。

 全く、まだ5歳だってのに、こんな面倒臭いことを考えないといけないなんて……全くもって不幸だわ。
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