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第2話 炎の子

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 目が覚めた。
 俺はそれと同時に、肺がつかえる感じがして咳き込む。涙もこぼれた。
 煙だ。
 俺の目の前で、灰色の大きな煙が起きていた。俺はそれを吸い込んでいたのだ。
「大丈夫か?」
 そっと、背中から抱き起こされ、その相手が琥珀だったことに気づく。よかった。無事、戻ってきたのか。
「琥珀? どうしたんですか……?」
「ああ、<楽園>に還す儀式だよ。俺たちの魂は黒煙となって出ていくけれど、肉体も炎によって消滅させる必要があるんだ」
 その琥珀の説明に、俺は目の前の煙に目をやった。その煙の中で炎がゆらめき、その中心に薪に囲まれたイラスの姿が見えた。
 イラスが失われてしまう。
 そう思うと悲しくなって、俺は思わず琥珀にしがみついた。
「琥珀! イラスは、ねえ、戻ってこないの?」
 咳き込みながらぼろぼろと涙を流す俺の背中を、琥珀が撫でてくれる。
「大丈夫。こうしたら、いつか俺たちが<楽園>に行ったときに会えるから」
「本当に?」
「うん、俺たちはそう信じているんだ。灰簾、少し離れよう。煙を吸い込むと咳が出る」
 そう言って、琥珀は俺を抱きかかえたまま少しイラスの煙から離れたけれど、俺の涙は止まらなかった。
「大丈夫……」
 やさしく、琥珀の手が何度も俺の背中を撫でる。
「灰簾、大丈夫だよ」
 心細そうなその言葉を聞いて、俺はふと我に返った。大丈夫じゃないのは、琥珀だ。
 琥珀は自分の一族が殺されるのが嫌いだ。特にそれが自分より若い少年の場合は。
 俺はさっきの夢を思い出した。イラスが琥珀の話を聞いて、生贄になろうと決意したこと。
 琥珀もそうさせたのは自分だと言っていた。彼もそのことがわかっている。でも、俺はその話は絶対にしないようにしようと思った。
 昨日見た。琥珀は戦うと強いけれど、結構心は弱いんだ。俺が守ってあげないといけない。
 俺は手を回して、琥珀を抱きしめた。
 その日、イラスが完全に灰になって<楽園>に還るまで、俺たちはそうして、抱き合ってじっとしていた。
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