上 下
5 / 55
第一章

☆4

しおりを挟む
「あー、あー、あー!」
ティアは悲しくて苦しくて堪らなくて何度も言葉にならない声で叫んだ。今までの辛いことが津波のように押し寄せてティアを冷たく包んで沈めた。雷が鳴り怖くて震える夜、冷たく身も凍るような吹雪の日、熱を出して苦しんだ時、食べ物が運ばれずひもじい思いをした豪雨の日、どれもひとりぼっちだった。心細かった。だけど、ティアの耳に届く声達は誰かを思い、誰かに思われていた。楽しそうな笑い声、愛してると囁く声、聞いているだけで幸せになれた。自分には向けられない声、自分は誰にも声をかけることを許されない。卑しく恐ろしい化け物だから。寂しい、辛い、名前を呼んでほしい、笑顔を向けてほしい
ひとりぼっちは悲しい。
誰にも向けれなかった感情が爆発した。
涙がボロボロボロと溢れて止まることはない
ティアの声を聞いて、男の胸が痛んだ。
幼子のような泣き声。最近、生まれたばかりの妹と似ている幼い泣き声。
悲しい、苦しい、と全身全霊で嘆いている。
(卑しい化け物、ではない。この子は、俺を手当てしてくれた優しい女の子だ)
己の失言を悔いる。
あの言葉でこの少女の心を深く傷付けてしまったのだ。
男は何かを言おうと口を開くが、男が言葉を発する前にティアは怯えた顔をして身を翻すと窓から飛び降りた。
また、男に化け物、と言われるのが怖くて嫌だったからティアは逃げ出した。雨がザーザーと降っている。冷たいはずだが、今のティアには何も感じなかった。ティアが走る度に泥水が跳ねて白い毛並みを汚した。足を取られて転んで倒れる。直ぐに起き上がれない。手や身体に力が入らなかった。
「ティアちゃん、だいじょうぶ?」
「…へいきよ、ティアは、ずっと、ひとりぼっちだから」
心優しいティアの友達が声を掛けてくれた。
涙で掠れた声で答えて頬笑む。目を閉じる。ドクンドクン、と自分の心臓が早鐘打っている。
もう、声を聞くの疲れた。自分の心臓の音だけを聞こう。これはいずれ止まり静かになる。
「でも、つかれたわ、…ティア、めをさます、ひつよう、あるのかしら」
目蓋が重くて一度閉ざしたら、くっついたように離れない。ずっと目を開けないと普通なら心配してくれる。悲しんでくれる、でも、ティアが目を覚まさなくても誰も悲しまない。
(おはよう、って、あいさつ、したかったな)
たっぷりと柔らかなベットで眠り、目覚めた時、新しい朝を迎えれた喜びを感じながら、自分の名前を呼んでくれる優しい誰かにおはよう、と挨拶してみたかった。おはよう、も、おやすみも、すき、だいすき、あいしている。この世界には優しい愛しい可愛い言葉があるのに、どうして、ティアは化け物としか、言われないのだろう。ティアは意識を手離した。慌てた足音が近付いてくるのに意識を失ったティアは気付かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...