天を指さし、君を想う。

遊虎りん

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プロローグ

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◇◇◇

少女は目を丸くして驚いた。妻、にしたいと初めて言われた。
そして頬をピンク色に染めた。美しく優しい兄に全てを差し上げてもいい、と心の中の自分は唇を許している。だが、血の繋がった兄と妹。
神様が禁忌を犯していいはずがない。

唇から逃れるためにふい、と顔を背ける。兄の求めを拒絶するのが辛い。

「……私だけの翼になるのはいや、か?」

冷静沈着で迷うことがない真っ直ぐな青年の青い瞳に切ない色が滲む。魂から求められ熱く見つめられると、胸がドキドキと高鳴る。頭が甘く痺れてぼんやりとする。
大人の魅力が溢れる兄。兄に所有される事を考えると喜びに震える。
兄とキスをしたらどんなに心地よく幸せな気持ちになるだろう。

「わたしもお兄様に全てを委ねたいです。でも、…」

愛しい兄を拒絶するのが本当に辛い。しかし、間違いを犯せば周囲は黙ってはいないだろう。自分一人が罰せられるのなら、いい。だが、青年は少女に何も知らせず汚なく辛いものを見せず聞かせず優しく大きな手で少女の目と耳を隠すだろう。そして、一人で何もかもを背負い込むだろう。

ちっぽけで何もできない情けない自分。
努力する勇気もなく消える事を真っ先に選択する自分。

「お兄様の妻にはなりません。でも、ずっとお兄様をお慕いします。あなたが辛いとき悲しいときわたしの翼で包み込みます…嬉しいときや優しい微笑みはお兄様を愛してくれる女性に向けてください」

辛いときこそ愛する女性に慰めてもらう、それが本当だとは思うが、自分に一番厳しい兄は弱さや本音は他者に見せない。例え愛する女性に対しても、壁を作る。血の繋がった妹である自分だけに甘えてくる。だから、敢えて言った。

丸み帯びた少女の頬を青年がゆっくりと撫でる。

「……すまない。疲れすぎて我儘を言ってしまった。私の小鳥、唇にとは言わない。頬にせめて口づけをくれ」

「はい。お兄様、大好きです」

ちゅ、と唇を青年の頬に軽く触れさせる。愛しい兄。小さな胸がいっぱいになる。

「ありがとう。これでまた、仕事を頑張れる。神を続けられる」

くしゃっと少女の頭を撫でて青年は柔らかく微笑んだ。胸が切なく痛む。好きな事が出来ない。自由に飛べる翼を失った兄。剣術が好きだった。騎士になるのが夢だったが、神を引き継ぐはずだったもう一人の兄は姿を消してしまった。
神の後継者は翼を持たずに生まれる。しかし、何らかの不測の事態があった場合、翼を捧げて印を受けたもののみ神を引き継ぐ事が出来るのだ。

(……わたしに出来ることはなんでもします。お兄様の心が穏やかに在るように。私の翼はお兄様のものです)

決して口には出せない決意。少女は、兄以外自分は愛せないと思っている。

兄としか、言葉を交わしたことがない。
ここでは少女は空気のような存在であり、必要とされなかった。父も母も誰も関心を向けることがなかった。

兄がいつも側にいてくれたから、頑張れてきたのだ。しかし、兄は神様になり、もう兄は自分だけの『お兄様』ではない。

少女は胸の上できゅっと拳を握り締めた。
このままでは、いけない。妹を妻にしたい、と思っている兄を何とかしないと。冗談かもしれないが、一時の気の迷いかもしれないが。

ぐにゃり、と空間が歪んだ。異様な凄まじい轟音と不気味な低い声。恐ろしいが何か魂ごとソチラに持っていかれそうになる。

「お兄様、っ!あぶない!」

兄の身に危険が迫るのを直感的に感じ取った。黒い大きな手が掴みかかろうとする。これは人間の召喚魔法だ。愚かにも神をしもべとして使う気なのだろう。少女は怒りに震えた。咄嗟に青年を突き飛ばす。普段ならびくともしないが、火事場の何とか力が出た。

青年の代わりに少女が禍々しい黒い手に捕まる。ぐっと力を込められ痛みと苦しさで少女は気を失った。


運命の歯車にすらならないはずだった、ちっぽけな少女の咄嗟に行動が、いくつかの運命をかえて、巻き込んで用意されていなかった未来を紡ぎ出すことになる。

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