3 / 8
プロローグ
2
しおりを挟む◇◇◇
少女は目を丸くして驚いた。妻、にしたいと初めて言われた。
そして頬をピンク色に染めた。美しく優しい兄に全てを差し上げてもいい、と心の中の自分は唇を許している。だが、血の繋がった兄と妹。
神様が禁忌を犯していいはずがない。
唇から逃れるためにふい、と顔を背ける。兄の求めを拒絶するのが辛い。
「……私だけの翼になるのはいや、か?」
冷静沈着で迷うことがない真っ直ぐな青年の青い瞳に切ない色が滲む。魂から求められ熱く見つめられると、胸がドキドキと高鳴る。頭が甘く痺れてぼんやりとする。
大人の魅力が溢れる兄。兄に所有される事を考えると喜びに震える。
兄とキスをしたらどんなに心地よく幸せな気持ちになるだろう。
「わたしもお兄様に全てを委ねたいです。でも、…」
愛しい兄を拒絶するのが本当に辛い。しかし、間違いを犯せば周囲は黙ってはいないだろう。自分一人が罰せられるのなら、いい。だが、青年は少女に何も知らせず汚なく辛いものを見せず聞かせず優しく大きな手で少女の目と耳を隠すだろう。そして、一人で何もかもを背負い込むだろう。
ちっぽけで何もできない情けない自分。
努力する勇気もなく消える事を真っ先に選択する自分。
「お兄様の妻にはなりません。でも、ずっとお兄様をお慕いします。あなたが辛いとき悲しいときわたしの翼で包み込みます…嬉しいときや優しい微笑みはお兄様を愛してくれる女性に向けてください」
辛いときこそ愛する女性に慰めてもらう、それが本当だとは思うが、自分に一番厳しい兄は弱さや本音は他者に見せない。例え愛する女性に対しても、壁を作る。血の繋がった妹である自分だけに甘えてくる。だから、敢えて言った。
丸み帯びた少女の頬を青年がゆっくりと撫でる。
「……すまない。疲れすぎて我儘を言ってしまった。私の小鳥、唇にとは言わない。頬にせめて口づけをくれ」
「はい。お兄様、大好きです」
ちゅ、と唇を青年の頬に軽く触れさせる。愛しい兄。小さな胸がいっぱいになる。
「ありがとう。これでまた、仕事を頑張れる。神を続けられる」
くしゃっと少女の頭を撫でて青年は柔らかく微笑んだ。胸が切なく痛む。好きな事が出来ない。自由に飛べる翼を失った兄。剣術が好きだった。騎士になるのが夢だったが、神を引き継ぐはずだったもう一人の兄は姿を消してしまった。
神の後継者は翼を持たずに生まれる。しかし、何らかの不測の事態があった場合、翼を捧げて印を受けたもののみ神を引き継ぐ事が出来るのだ。
(……わたしに出来ることはなんでもします。お兄様の心が穏やかに在るように。私の翼はお兄様のものです)
決して口には出せない決意。少女は、兄以外自分は愛せないと思っている。
兄としか、言葉を交わしたことがない。
ここでは少女は空気のような存在であり、必要とされなかった。父も母も誰も関心を向けることがなかった。
兄がいつも側にいてくれたから、頑張れてきたのだ。しかし、兄は神様になり、もう兄は自分だけの『お兄様』ではない。
少女は胸の上できゅっと拳を握り締めた。
このままでは、いけない。妹を妻にしたい、と思っている兄を何とかしないと。冗談かもしれないが、一時の気の迷いかもしれないが。
ぐにゃり、と空間が歪んだ。異様な凄まじい轟音と不気味な低い声。恐ろしいが何か魂ごとソチラに持っていかれそうになる。
「お兄様、っ!あぶない!」
兄の身に危険が迫るのを直感的に感じ取った。黒い大きな手が掴みかかろうとする。これは人間の召喚魔法だ。愚かにも神をしもべとして使う気なのだろう。少女は怒りに震えた。咄嗟に青年を突き飛ばす。普段ならびくともしないが、火事場の何とか力が出た。
青年の代わりに少女が禍々しい黒い手に捕まる。ぐっと力を込められ痛みと苦しさで少女は気を失った。
運命の歯車にすらならないはずだった、ちっぽけな少女の咄嗟に行動が、いくつかの運命をかえて、巻き込んで用意されていなかった未来を紡ぎ出すことになる。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる