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第一章 魔王
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しおりを挟む魔王が安らかに眠っている。
規則正しい寝息、うっすらと筋肉に包まれてはいる男性的な胸元が緩やかに上下していた。アホウは近寄り、無遠慮に爪を引っ込めた小さな指を目に突っ込み目蓋を抉じ開けた。
魔王の金色の瞳が見たい、という欲望のままアホウは動いていた。
痛くしようとかこらしめてやろう等悪意はない。純粋な好奇心である。無邪気だが迷惑な行為である。
「……っ!!!何をする!!!」
最強の魔王、世界の征服者とかつてはすべての生き物に恐れられていたが目に手を突っ込まれると普通に痛い。魔王は飛び起きてアホウを睨み付ける。安らかな眠りを邪魔をされて顔を真っ赤にして怒っていたが、アホウの顔を見て瞬間的な怒りがおさまった。
涙を流していない。泣いてはいないが、アホウが泣いているように見えたからだ。
(この魔物も泣きかたを知らないのか……)
アホウの身体が濡れている。水遊びでもしてきたのだろうか、濡れた身体のままふかふかなベットに潜り込まれたら堪らない。せっかくの布団が濡れてペッタンコになってしまう。
「私が特別に風呂でお前を洗ってキレイにしてやろう、光栄に思うがいい」
いつも元気なこが何処かしょんぼりしていたら優しくしたくなるものだ。
魔王はアホウの首根っこ掴むと浴室へと向かった。アホウは大人しく引きずられている。何だか力が抜けて動けない。嫌だと思うことが何一つなく、ふわふわとした土の上に立っているような不思議な感覚である。夢の中にいるみたいだ。
シャワーから勢いがあるぷしゃーーという音が出て浴室に響き渡っている。あったかなお湯を掛けられる。アホウは驚いて瞳を丸くしたが、すぐに楽しい気持ちになって声をあげて笑った。
石鹸で汚れた毛を魔王の繊細で細い指で丹念に洗って貰うと心地がよい。アホウは瞳を細めてゴロゴロ、とアホウは喉を鳴らした。
初めての心地よさである。
とけてしまいそうだ。
「猫みたいだな。お前は何の魔物かは知らないが」
自由気ままな魔物だと、魔王は笑った。
魔王が笑ったのは数百年ぶりだ。
最後に笑ったのは勇者の下らないギャグだったと記憶にある。
「むきゅ~!!」
アホウは声をあげると白い泡を指で掬ってふーと息を吹き掛けた。泡に喜んでふわふわな感触を楽しんだり、小さな舌を出して舐めたり、遊んでいる。
「泡を食っても美味くないだろう。キレイになったら食事を与えてやろう、お前の腹の虫はうるさい。黙らせる」
泡をシャワーで丁寧に流す。タオルで濡れたアホウの身体を拭いた。汚れが流されて小綺麗になったアホウは中々愛嬌がある姿である。
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