4 / 50
第一章 魔王
2
しおりを挟むごろん、と窓から城の中へと入り込むとアホウはカビ臭い空気に噎せ込んだ。
不満げな幼い低い声で唸る。
「う~……」
アホウの濁りがない大きな青い瞳は縦に開いて白く光り暗い部屋のなかの状況を確認した。
白い棉埃が積もっている。
空っぽの部屋でここには家具一つ置いていない。何もない埃まみれの部屋だ。
ぶるり、と雨で濡れた小さな身体を震わせた。アホウはからだをあっためる何かないのか、と思いつつその部屋を出て何かを探し始めた。
かちり、とドアノブをひねってると微かな音が響いた。明らかに先ほどの部屋とは違い流れ出る空気がキレイだ。くしゃみが出ない。
アホウは部屋の中に入った。
そこには大きなフカフカなベットがあった。
目の前のベットに飛び込んでみたい、とアホウの好奇心を刺激する。
へらへらと絞まり気のない笑顔で近寄るとそこに先客がいるのに気づいた。
誰かがベットに横たわっている。
美しい長い黒髪をしたヒトガタの魔物だった。
白い肌に整った鼻筋と薄い唇、上向きの睫、目を閉ざしているが美丈夫だと分かる程。その寝顔に老若男女すべての者の目を奪うだろうが、アホウは顔立ちよりも長い髪が気になった。小さな手を伸ばして無遠慮に引っ張る。
ぎゅーーーーー!!!
手に持った髪を全て引き抜こうとする。畑にあるキャベツをもぎ取る時みたいに。
「……っ、何をする、無礼者めが!」
目をカッと見開くと目覚めた男にアホウは睨まれる。
突然の大きな怒鳴り声に首をすくませアホウは髪を引っ張るのを止めた。
亀のように首を引っ込めたが怯える様子もなくアホウは目覚めた男を見てぷーっと頬に空気を入れて顔を真っ赤にすると、ぷっと息を吐き出してゲラゲラと品が欠けている大きな笑い声を上げて腹を抱えて転がり回った。
目を見開いた男の顔がアホウのツボに入ったらしい。
そこには殺されるかも、という恐怖心などない。
何とも楽しげな笑い声で涙さえ浮かべている。
男は口許をへの字に曲げてアホウを真っ直ぐに見据えた。嘲笑ではなく、ましてへつらっている笑みでもない。純粋に可笑しくて堪らない、という感じの幼い子供の笑い声だった。
男は呆れた様子でため息を吐き出した。
「お前は一体何者なんだ。私の事は知っているのか?」
こんなに近くで人の顔を見たことがない。
男はかつてこの星のすべての魔力を己のものにして人間、魔物、動物を支配していた。
魔王、と呼ばれ恐れられる存在だったから、膝まついてこうべを垂れている姿しか見たことがなかった。
「あう~~」
アホウは目を丸くした。怒鳴られることはあっても、話しかけられることは今までなかった。
数回瞬きを繰り返して男を真っ直ぐに見つめた。
純粋な丸い目玉が二つ男をうつしている。
そこには恐怖も、悲しみも、怒りも、命乞いをする弱者の弱さもなにもなかった。
ザーザーーと雨が激しく窓を叩いている。
しん、と静まり返った雨の日の空気は冷たい。
アホウはぶるり、と身を震わせると魔王のベットに潜り込んだ。
そして、目を閉ざして眠り始めた。
予測不可能な行動に魔王は困惑する。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる