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二章
6 マンフリードの決断
しおりを挟むお城の一部は破壊されたものの、ハミルトン騎士団やマチルダの活躍により大きな被害がなく、パーティーは問題なく執り行われることとなった。
しかし、戻っていったロック鳥がいつまた襲撃してくるか分からなかったので、この夜ルドウィン城はハミルトン騎士団も加わり、厳重な警備体制が敷かれていた。
そのような背景とは別に、マチルダは朝から緊張していた。
マンフリードに本日のパーティーのパートナーとして正式に誘われたからだ。
今夜のパーティーはマンフリードのお妃選びという名目なのだが、パートナーを伴って参加するということは、自分がマンフリードの婚約者だと言っているようなものだった。
現在マチルダが身に付けてるドレスも、マンフリードが事前に用意してくれたもので、マンフリードの髪と瞳の色に合わせて作られていたものだった。
マチルダはドレスを纏った自分の姿を鏡に映すと思わず顔を赤らめた。
マンフリードをイメージして作られたドレスは、赤色を基調とし、繊細な黒のレースが随所に施され、大胆な色合いの割には上品で落ち着いた雰囲気の漂う大人っぽい仕様であった。
マチルダは自分がきちんとこのドレスを着こなせているか不安で堪らなかった。そして何より、マンフリードをイメージしたドレスを着ている自分が信じられず、興奮と乱れる感情に、何度も眩暈を起こしそうになってた。
(こ、これを着てマンフリード様の横に並ぶということは私はマンフリード様のものと言われていることと同じなのでは。いえ、確かに身も心もマンフリード様に捧げる覚悟はありますが)
――コンコン
マチルダがドレスに身悶えていると、不意に部屋の扉が叩かれた。
「ど、どうぞ」
マチルダの返事後扉が開かれると、そこにはマチルダのドレスとお揃いの色で合わせた正装姿のマンフリードが現れた。
「支度は出来たか?」
(あわわわわ。か、格好良すぎですマンフリード様)
いつも無造作に下ろされた前髪を後ろに流すように整え、自身の色を纏う大人の色気漂うマンフリードの姿に、マチルダは息をすることも忘れ見惚れていた。
アワアワとマンフリードを前に固まるマチルダをマンフリードもじっと見つめると、ふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。
「ドレス、とても良く似合ってるな」
マチルダの目の前に立ったマンフリードは、マチルダの身長に合わせるように軽く前屈みになると、マチルダの綺麗に編み込まれた髪の毛を指でスッと掬い上げ、その髪に軽く自分の唇を押し当てた。
「すごく綺麗だ」
髪の毛に唇を押し当てたまま上目遣いにマチルダを見つめるマンフリードに、マチルダは身体中の血液が沸騰し、激しく動揺した。
(こ、この方はどなたでしょうか!? こんなにマンフリード様って大胆な方でしたっけ? いつも素敵なんですけど、何というか今日のマンフリード様ったら、凄く色気がダダ漏れというから……。と、とにかく格好良すぎますっ!!)
マンフリードの行動に激しく狼狽えているマチルダの姿が可笑しくて、マンフリードは愛おしそうに目を細めた。
やがて、パーティー開始の声が掛かると、マンフリードは名残惜しそうにマチルダの髪の毛から唇を離した。一方マチルダは気絶する寸前で救われ、ホッと胸を撫で下ろした。
「マチルダ、手を」
「は、はいっ」
エスコートに伸ばされたマンフリードの手にマチルダはそっと手を乗せた。
マンフリードがその手をギュッと優しく握る。
(もうダメ、倒れそうです)
いつにも増して積極的なマンフリードにマチルダはよろけそうになる足を必死で動かし、二人で会場へと向かったのだった。
* * *
パーティー会場ではパートナーに選ばれなかったドアール国の伯爵令嬢ブランシュが、不機嫌な表情でマンフリードの登場を待っていた。
「寄りにもよってあんなゴリラ女をパートナーに選ぶだなんて、マンフリード様の女の趣味を疑いますわ。先日の魔物襲撃の一件でもあの女が魔物を倒したというではありませんか。淑女らしからぬ野蛮な行いなど、全くもって下品極まりないですわ」
周りの令嬢にマチルダの悪態を付いていたブランシュに対して、周りの令嬢達は冷ややかな視線を送った。
「魔物を倒してくれたマチルダ様に対してなんという無礼な物言いでしょう。マチルダ様のご活躍がなければ私達だって無事ではいられませんでしたのに」
「そうですわ。私、あの戦いをお城の中から見ておりましたが、マンフリード様との息の合った戦い方は、誰も間に入ることの出来ない絆を感じました」
「ハミルトン騎士団のご活躍だって見事なものでしたわ。流石大陸最強を誇る騎士団ですわね」
「それを率いるイーサン様の凛々しくて素敵なお姿。ああ、私一目でファンになってしまいました」
先日の魔物襲撃事件以降、マチルダはボルド王国を救った英雄と称えられていた。
「くっ、私の方が王妃様に認められているのに……」
ブランシュは悔しさで、人形のように美しい顔を醜く歪めた。
それから国王不在の玉座に座る王妃に、援護を期待するように視線を向けた。
ブランシュからの視線を感じた王妃が、一瞬だけブランシュへと視線を向ける。しかし、醜く歪むブランシュの顔を視界に捉えると、興が冷めたように直ぐにそっぽを向いた。
「くっ」
王妃からの援護を失くしたブランシュは、悔しさに一層顔を歪ませた。
「そのようなお顔は美しいご令嬢には似合いませんよ」
ブランシュの背後から不意に声がかけられ、反射的にブランシュは後ろを振り返った。
そこには先日の一件ですっかり人気者となったハミルトン公爵家の三男であり、大陸最強と名高いハミルトン騎士団団長のイーサンが、ブランシュに向けて優美な微笑みを携え佇んでいた。
「ま、まあ」
端正な顔立ちと、マンフリードとは真逆の物腰柔らかでどこか天然たらしな魅力を持つイーサンに、ブランシュはすかさず恥じらうような乙女の雰囲気を作り出し、満更でもない反応を示した。
「先程からの会話が聞こえていたのですが、貴女のような方はマンフリード殿下よりも我がヴィゴーレ王国のゴア第ニ王子辺りがお似合いだと思いますよ。なんせゴア王子はか弱くて美しい淑女がお好みのようなので、貴女のようなご令嬢は彼の理想そのものだ。」
「まぁ、そうなのですか?」
ハミルトン公爵家という誉れ高い上位貴族の息子であるイーサンから、これ以上はない位に褒められたブランシュはあっという間に気持ちが浮上した。
イーサンは浮かれるブランシュに魅力たっぷりの笑顔を浮かべると、スッとブランシュの耳元へその端正な顔を近付けた。
その瞬間、ブランシュの胸が大きく高鳴る。
しかし、色っぽい吐息と共に吐き出されたイーサンの次の言葉に、ブランシュの乙女心は無惨にも砕け散ることとなった。
「但し、その真っ黒な腹に持つ醜い野心を上手に隠せればのお話しですがね」
「なっ!?」
まるで女性を口説いているような甘い声色でイーサンは言葉を続けた。
「先程から貴女が連発しているゴリラ令嬢とは私の妹のことですよね? マチルダを悪く言う人間は、例え王族であっても、ハミルトン家の人間が黙っていないということを覚えておいて頂きたい。貴女の生まれ育ったモンテル伯爵家程度の家門など、ハミルトン家なら造作もなく取り潰すことが出来るのですよ?」
言葉の端々からイーサンの仄暗い怒りを感じ取ったブランシュは、「ヒッ!」と短く悲鳴を上げると、青褪めた顔でその場からそそくさと逃げるように去っていった。
「これだけ脅せば二度とマチルダの文句は言わないだろう」
逃げていくブランシュの背中を見届けながら、イーサンは疲れた様子で溜め息をついた。
「きゃ~!イーサン様~!!」
ブランシュが立ち去り一人になったイーサンに、遠巻きに様子を伺っていた令嬢達から黄色い歓声が次々に飛んできた。
「ははは、参ったな」
外面が良く、フェミニストで通っているイーサンは、その後あっという間に令嬢達に囲まれたのだった。
* * *
「マンフリード第一王子とマチルダ様のご入場です」
主役の二人の登場に、会場からワッという歓声が飛び交った。
赤と黒の衣装で揃えた二人に、周りからは羨望の眼差しが向けられ、賛辞の声が次々と飛び交っていた。
「お二人とも、マンフリード殿下のお色を召していらっしゃるのね」
「とてもお似合いのお二人ですわ」
「もうこのままご結婚されればいいのに」
その声がマチルダの耳にも聞こえてくると、マチルダは恥ずかしいやらくすぐったいやらで、どうしたら良いか分からず、終始顔を赤く染めて俯くことしか出来なかった。
二人は王妃の座る玉座の前までやってくると、王妃に向かって深く礼をした。
「此度の皆の活躍は、大変立派なものでした。特に、マチルダとハミルトン騎士団に於いては、他国の人間であるにも関わらず、その命を賭してまで我がボルド王国を守ろうとした姿勢に本当に心が打たれました。ボルド王国を代表して改めて感謝します」
王妃がマチルダとハミルトン騎士団の健闘を称えるとしんと静まり返ってた会場からワッという大きな歓声と拍手が贈られた。
そんな会場の声を遮るように王妃がスッと右手を上げると、再び会場は静寂に包まれた。
「また此度わが息子マンフリードより、マチルダとの婚約を取り交わしたいと話がありました」
「え?」
王妃の言葉に、驚いたマチルダは反射的に下げていた頭を上げると、隣のマンフリードへと視線を向けた。マンフリードは驚くマチルダに、穏やかな微笑みを返した。
そして真剣な表情に戻り王妃に向き直ると、改めてマチルダに聞かせるように、はっきりと力強く宣言した。
「はい。私とマチルダの婚約を、この場を借りて認めて頂きたいと思います」
マンフリードの真摯な態度に、王妃は冷たい表情を僅かに崩すと、柔らかな口調でマンフリードへと答えを告げた。
「……認めましょう」
王妃が二人の婚約を許可すると、途端に周りからワッと歓声が送られた。
「っ!!」
予想外の展開にマチルダは言葉も出ない様子で呆然とマンフリードを見つめていた。
マンフリードは、そんなマチルダの手をそっと握った。
~♪
その瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように、楽団の演奏が始まった。
二人を祝福するように人々がホールの中央に道を作るように移動する。
その雰囲気に流されるままマンフリードはマチルダの手を引き、中央の踊り場までやって来た。
ロマンチックな雰囲気に終始夢見心地のマチルダは、パーティー前からずっと自分に向けられているマンフリードの熱を孕んだような熱い視線に、同じく熱に浮かされ潤む自身の琥珀色の瞳を絡め合わせた。
「私と一曲踊ってくれないか?」
「……喜んで」
伸ばされたマンフリードの手に、マチルダはそっと手を重ねた。
二人から溢れ出る甘い雰囲気に、会場からは所々で溜め息が洩れていた。
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