挑発

ももがぶ

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第二章 権力

第四話 訪問

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 山本は目の前に座る中年女性に対し、今日訪問した理由わけを話し出す。

「……と、言う訳でですね。私達は被害者であるあなたの息子さんの裕一君と現時点で犯人とされている加藤健君が友達だったと聞いていますが、どうでしょうか」
「……」
「宇都宮さん、大丈夫ですか?」
「……いえ、なんでもありません」

 山本が目の前に座っている被害者である宇都宮裕一の母親である広美に現時点で犯人とされている加藤健と友人だったのではないかと関係を問えば、広美は右手で口を抑え無言になり、目を伏せたので山本が声を掛ければ広美は顔を上げ大丈夫ですと応える。

 だが、その手は震え何かに怯えている様にも見えたので、山本は坂本に目配せすれば坂本もそれを感じたのか軽く頷く。

「で、どうなんですか?」
「どう……とは?」
「息子さんである裕一君と加藤君は本当に友人だったのかということです」
「はぁ、同じクラスだったと警察の方からは聞きましたが……友人かどうかと聞かれれば正直分かりません。お役に立てずすみません」
「えっと、それは息子さんからは、そういう話を聞いたことがないと言うことでしょうか?」
「はい、恥ずかしながら……その思春期と言うんですか? 母親である私とも禄に口をきかなくなりましたので……日常会話と言えば、必要最低限の言葉以外に話すことはありませんでした」
「そうですか。では、他のご家族の方はどうでしょうか? 例えば、父親であるとか、他のご兄弟とか」

 山本の質問に広美は申し訳なさそうに息子とは禄に会話していない為、交友関係については一切分からないと答える。山本はそれならば広美以外の家族に対してはどうかと聞いてみるが、広美はふっと鼻で笑った様に見えた。

「あの子が家の中で楽しそうにしているのを見たことがありません。何せ、ああいう難しい性格に育ってしまったものですから、この家の中でもアレには腫れ物に触るように気遣いながら過ごしていました。アレに友達がいたと話せば、父親である主人も驚くに違いありません」
「はぁ……では、裕一君は普段から塞ぎがちだったということですか?」
「そうですね。典型的な内弁慶でしたね。外では目立たない様に教室の隅でジッとしていると、いつも担任からは言われていましたね」
「そうですか。では、ご家族も裕一君に対しては、何も知らない……そういうことでしょうか」
「ええ、本当にお役に立てずに申し訳ありません」
「いえ、お気になさらないで下さい」

 山本は坂本に、これ以上に引き出すことは出来ないだろうと目で合図し立ち上がろうとしたところで、聞き忘れていたことを思い出し「最後に一ついいですか」と広美に対し問い掛ける。

「なんでしょうか?」
「ご主人は確か、西村不動産にお勤めでしたよね?」
「はい、そうですが。それが何か?」
「いえ、先程仏壇に手を合わせた時に『西村』と書かれていた大きめの香典袋が目に入ったので、ちょっと気になりまして」
「あ……」

 山本が広美にそう言うと、広美は驚いた顔になるが、直ぐに取り直し「主人の勤務先からのお悔やみですから」と小さな声でそう言えば、坂本が「なら、そこは『西村不動産』となるのでは?」と被せ気味に言えば「私に言われても困ります!」と広美が声を荒げる。

 山本は坂本を目で制すると坂本も言い過ぎたと感じたのか山本に軽く頭を下げる。

 だが、山本は内心『これは当たりか?』と左手で顎を触りながら、もう少しだけ掘ってみることにした。

 山本が広美に対し何をぶつければ効果的かと考えながら、広美の様子を見れば、広美はスカートの膝の上の部分を両手でギュッと握りしめていた。どうやら、自分でもマズいことを口走ったと考えているのか、これ以上何も話すものかという風にも見える。

「こんなことを聞くのは失礼かと思いますが、お母さんは犯人とされている加藤健君のことはどう思われていますか?」
「どうって……そりゃ、あんな子でも息子ですから……多少は憎いと思っています」
「多少ですか」
「……あの~それが何か問題になるのでしょうか?」
「いえ、一般論になりますが、ご子息が殺害されたにしてはお母さんの様子が落ち着いていると言いますか、それほど悲観している訳でもなく、加藤健君に対しての憎しみも感じられないのはどうしてかと思いましてね」
「あ~そういうことでしたか。ですが、そういう親子関係もあるのではないでしょうか?」
「そうですね。確かに……ないとは言えませんね」

 山本の質問を乗り切ったと考えたのか広美は右手を胸に当て、ホッと安堵しているようにも見えた。だが、山本が次に言ったことに対し広美の顔が見た目でも分かるくらいに青ざめる。

「お母さん、私が考えているもう一つはですね。その犯人を憎みたいが、その犯人を憎んでしまうことで家族が危険に晒されるかも知れないと思い何もかもを諦めてしまうことです。私が言っていることが分かりますね?」
「え……」
「例えば、その犯人のお身内の方が『少しばかりの気持ちです』と言って多額の香典と共に会社内での立場を保証すると言って来たとしたらどうでしょう? もう、何もかもを他人ひと任せにしてしまった方が楽だと諦めてしまうことです」
「……」
「そして、もう一つ言わせて貰うならば、犯人とされている加藤健君のお兄さんは『弟はそんなヤツじゃない!』と必死に私達に対し訴えています。お母さんはこれをどう思いますか? 『犯人の身内の言うことなんか』と一蹴しますか?」
「……」

 さっきまでは山本の質問を乗り切ったと安堵していた顔がまた、青ざめてスカートが皺になるくらいにギュッと掴んでいる広美を見て、山本は「もう一押しだな」と考える。

「お母さん、今のあなたは殺された裕一君のご家族という謂わば被害者家族という立場ですが、犯人と思わしき方からの何かしらの金銭授受等の利益を享受しているとなると立場がガラッと変わるかも知れないと言うことは頭の片隅にでも入れておいて下さいね」
「そ、それはどういう意味ですか?」
「ん~そうですね。新聞の見出しならば『息子の命を売った』もしくは『自分の利益の為に友達を犯人に仕立てた』とかでしょうかね」
「わ、私は何もしていません!」
「本当に?」
「え、ええ。していません!」
「そうですか。では、今度はご主人にお話を聞かせてもらいますね」
「どうしてですか!」
「どうしてって……そりゃ、ご家族にお話を聞かないことにはどうしようもないでしょ」
「だから、私がこうやってお話したじゃないですか!」
「ええ、そうですね。でも、必要なことは何一つ分からなかったのですから。それならば、塵も積もれば山となるということでご主人や他のご子息にもお話を聞かせてもらおうかと思います。では、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「あ……」

 山本の言葉に呆然としている広美にお礼を言いソファから立ち上がりお礼を言えば、広美は何かを言いたそうにしていたが、それが口から出ることはなかった。

 宇都宮家を出て、車に乗り込むと坂本は山本に対し「厳しいですね」と言えば、山本はフッと鼻で笑う。

 坂本はそんな山本に少しだけカチンと来るが、いつものことだと流して車を走らせる。少しして山本が口を開く。

「あのお母さんにとってはどっちが都合のいい真実なんでしょうね」
「どっち?」
「ええ、自分達の生活か、裕一君の無念か」
「そういうことですか。でも、内弁慶と言えば聞こえはいいですが、謂わば家庭内暴力ですよね。どちらにせよ、いなくなってよかったと考えるのはダメですか」
「まあ、そうですね。でも、自分の子供を殺されて平気な親はいないと思いたいのが正直な所です。ですが、あの母親の場合はどちらかと言えば、諦めている様に見えたので。もしかしてある程度は犯人の想像が着いているのかなと思いましてね」
「それはどうしてですか?」
「会話がなくても掃除洗濯は母親がしていたのでしょうから、イジメの痕跡なんかを目にしてもおかしくはないですよね」
「なるほど」
「それに、内弁慶だったと言っていましたが、小さい頃の話は聞けませんでした。この住所なら、加藤健君とも小学校は同じ学区になるかと思うんですよ。そんな小学校時代からの友達なら知らないってこともないでしょう」
「確かに。でも、あのお母さんはあまり話す気はなさそうでしたよ?」
「そうですね。でも、これだけ餌を撒いたのですから、どれかに食い付いてくると思うので、後はそれを釣り上げるだけですよ」
「あ~そういうことですか。まあ、アレだけばらまいたのなら」
「そういうことです。その時の為に先ずは足下を固める必要があるので、このまま科捜研に行きましょう」
「はい!」

 山本の言葉に坂本は少しだけアクセルを強く踏み込むのだった。
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