上 下
21 / 130
第一章 旅立ち

第二十一話 それでも友達だから

しおりを挟む
「最悪だ……」

 気付けばベッドの上で窓の外はすでに明るい。昨夜のアレはなんだったのかと考える。出来れば夢であって欲しいと。
『否定します』

「ハァ~最悪だ。お気楽に異世界を冒険したかったのにな~なんだよ使徒って……最終的には人型の何かに滅ぼされるんだろうか」
『否定します』
「そういうことはすぐに答えてくれるんだな。それで俺は具体的に何をすればいいんだ?」
『……』
「だんまりかよ。ハァ~いいよ、もう。俺は俺で好きにすればいいんだろ」
『肯定します』

 まあいいかと俺は考えるのを止め体を起こしてから腕を上にあげ、「ふぁ~」と欠伸をしながら周りを見回す。すると横で真っ直ぐに伸びてヘソテンで寝ているタロが目に入る。

「ハァ~気楽でいいな、お前は……」
『クハァ~』

 タロの腹を手で撫でると気持ち良さそうな声を出す。なんだか楽しくなりタロの腹を両手でぐしゃぐしゃに揉みながら「タロ、朝だぞ。起きろ!」と声を掛けるが、起きる気配がない。

『クフゥ~』
「気持ち良さそうに寝てるな。おいタロ、メシだぞ!」
『え! ご飯……どこ?』

「メシ」の一言でタロがガバッと起き上がる。

「メシはここにはない。もう朝だから起きるぞ。ほら、ベッドから降りて」
『え~もう少し寝ようよ。二度寝は気持ちいいよ~スゥ~』
「おい! 寝るなよ」
『寝てないよ~』

 確かに二度寝は気持ちいいが、今日は冒険者ギルドに行くようにクリフさんに言われているんだからとタロを起こし、身支度を済ませてから部屋を出たところでメイドのお姉さんと鉢合わせる。

「コータ様、おはようございます。もう、起きられたのですね」
「はい、さっき起きたところです。お姉さんはどうして?」
「あ、いえ。私はコータ様の起こして身支度を手伝うように言われたものですから……その必要はなさそうですね」
「はい、ありがとうございます」
「……ちょっと、残念ですが」
「え?」
「いえ、この役目も他のメイドと少しばかり競って得た権利だというのに……ホントに残念です」
「はい?」

 見ると両拳をギュッと握って白くなり悔しそうにしているメイドのお姉さんが少しだけ怖くなり、その場から急いで離れる。

 食堂に行けばご飯を貰えるかなと思ったけど、あのテーブルに座るとまた面倒だなと思い、隣の厨房を覗くと、忙しそうに動いている料理人が目に入る。

「こりゃ無理かな?」
『お腹空いたね』
「どうしましたか?」
「あ……」

 厨房の様子が忙しそうだったので声を掛けるのを諦め、引き返そうとしたところで朝食を乗せているのであろうワゴンを押しているメイドさんに声を掛けられた。

「えっと、朝ご飯が欲しくてここに来たんだけど……」
「ああ、そういうことですね。分かりました。では、食堂にてお待ち下さい」
「あ……出来れば一人で食べたいんだけどダメ?」
「ふふふ、そういうことですね。分かります。堅苦しいですものね。では、お部屋でお待ち下さい。タロ様の分と一緒にお持ちしますので」
「ありがとうございます」
『ワフッ』
「いいえ、これで一歩近付けるのですから」
「え?」
「あ、いえ。こちらのことですから」
「はぁ」

 なんだろうなんとなくメイドさんの目が怖い。背筋にゾクリとくるものを感じるが、今は部屋に戻って大人しくしていようと思う。

 だけど、そうは行かなかった。

「遅い!」
「えっと、なんでいるの?」

 部屋のドアを開けるといきなり俺に向かって文句を飛ばしてくるのは姫さんだった。その横では専属メイドのお姉さんとクリフさんが申し訳なさそうに立っている。

「なんでって朝食のお誘いよ」
「あ~悪いけど、さっき部屋まで持って来てくれるように頼んできたところだから、ごめんね」
「はい?」

 そう言って姫さんの誘いを断ると、姫さんの肩に手を回し部屋の外へとエスコートするが「ちょっと待ってよ!」と姫さんは部屋から出て行かない。

「クリフ、私もここで食べるわ」
「承知しました」
「え~」
「え~って何よ。私と食べるのがイヤなの? 友達でしょ?」
「いや、友達だけど、友達だから線引きは必要だと思うよ」
「線引きって何よ。言っとくけど、目に見えない物の話をされても分からないわよ」
「……」
「ふふふ、コータ様。今日は一緒にお食事して下さい」
「えっと、それはどういうことですか?」
「はい。聞けば、コータ様は今日から依頼で数日間留守にするとクリフさんから聞いています。ですから、ソフィア様がコータ様とお食事する機会は今を逃せば数日後になりますよね。それがソフィア様には「ちょ、ちょっと……私は……そこまでは……」……ね。こういうことですからお願いします」

 そう言えば、クリフさんからリザードマンとの交渉を冒険者ギルドへ指名依頼を出すと言われていたなと思い出す。確かに地図を見ただけでも日帰りは難しいだろう。そしてそれをクリフさんから聞いた姫さんが、この機会を逃せばまた一人になるからと寂しくなったのだろう。

 専属メイドのお姉さんが全部ではないけど、今も恥ずかしそうに頬を赤らめ俯いている姫さんの様子から間違ってはいないと思う。まあ、このまま突き放すのは悪手だろうな。
『肯定します』

 はいはいとメッセージに返事をしながら「分かりました。朝食を一緒にどうですか?」と右手を姫さんに差し出せば、俯いていた姫さんも顔を上げ、にぱっと微笑み俺の手を取る。

「そ、そうね。コータが是非にと言うのなら、し、仕方ないわね」
「別に……」
「なに?」
「いや、ほらこんな所に立ってないで座ろう」
「うん!」

 その後は終始笑顔の姫さんと一緒にクリフさんと専属メイドのお姉さんに見守られながら朝食を取り、俺とタロが『口腔洗浄マウス・ウォッシュ』を済ませると、姫さんが興味深そうに見ていたので「やってみる?」と問い掛ければ「うん!」と言うので俺はニヤリと笑い姫さんの口を右手で押さえる。

 専属メイドのお姉さんは慌てて俺を止めようとするがクリフさんはそれを笑って止めていた。なので俺は姫さんに体の力を抜いて決して暴れないようにと耳元で言うと姫さんは目を瞑り体の力を抜いて俺に預けてくる。

 俺は「これは何か勘違いされているな」と思ったが、気にせずに『口腔洗浄マウス・ウォッシュ』を姫さんに実行するといきなり口の中に大量の水が発生したものだから、姫さんも驚き目を見開く。だが、口の中で行き場のない水がどこに行くかと言えば……。

 姫さんは俺に口を抑えられ鼻から水分を垂れ流し涙目になっている。専属メイドのお姉さんは姫さんのそんなあられもない姿に驚いているが、クリフさんに止められているのでどうすることも出来ない。

「タロ」
『ワフ!』

 そろそろ時間だなとタロに桶を持ってきてもらうと姫さんの口元に桶を持ち上げ口を抑えていた手を離すと同時に姫さんの口から大量の水が吐かれる。

「ぜぇ~ぜぇ~死ぬかと思ったわよ! 何するのよ!」
「でも、口の中はスッキリしたよね」
「な、そんなわけ……あれ? あ、確かに……」
「ソフィア様、そんなことよりもお顔が……」
「え? 顔?」
「失礼します」

 そう言って専属メイドのお姉さんは姫さんの顔をタオルでゴシゴシと拭き取っている。クリフさんは、それを見ていた俺の隣にススッと近付く。

「コータ様のお陰でお嬢様は楽しく過ごすことが出来ております。ありがとうございます」
「ははは、アレを見てもそうやってお礼を言われるとは思いませんでした」
「いえいえ、お嬢様はこれからお見舞いに向かわれる奥様のことをずっと気にして塞ぎ込んでいましたが、コータ様達と会われてから気分が高揚したようです」
「まあ、友達ですから」
「はい。お嬢様の唯一のご友人です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...