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第一章 さようなら日本、こんにちは異世界

第38話 ことの発端

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 担任である川村の言葉に政美もそういえばいつからだっただろうと記憶を辿っていく。

 あれは、まだこの中学に入り五月の連休明けの頃だっただろうか。授業の間の休み時間に池内直樹が席に着こうとしたが、そこには田村政美が座っていて友人達と一緒に楽しそうにしていた。

 直樹はもうすぐ授業も始まるので自分の椅子に座り話に夢中になっている政美に対し、ごく当たり前にどいて欲しいと伝えると、政美はそれを一瞥してから「もう、空気読めないかなぁ」と不機嫌そうに椅子から立ち上がる。

 直樹は政美に対し特に何も思うことはなかったが、政美の方はモブっぽい地味な子に椅子からと思ってしまう。

 するとそれを察した他の女子が「ウケるぅ~」と囃したものだから、政美としては面白くない。それから政美は直樹の交友関係をなんとなく確認すれば友人と呼べるのは二,三人ほどで、その友人達もクラスの階層ヒエラルキーでは直樹と一緒で既に下の方に位置付いていたのだ。

 そうなると、この時には既にクラスのカースト上位にいた政美には我慢ならなくなる。「カースト上位の私に底辺のアイツが」という風にだ。

「ね、アイツ。ちょっと調子にのってない?」
「え~そうかな。調子にのるっていうか、どこにいても目立たない子だよ」
「でも、顔は好みかも。キャハッ」
「な~に~政美は彼が気になるの?」
「違うわよ! 私には隆一がいるし」
「ん? 呼んだか?」

 政美が直樹に対しなんとか出来ないかと同じグループの女子に話していると側にいた高橋隆一が自分の名が聞こえたので「呼んだか」と政美達のグループに近付く。

「あのね、今……政美がね」
「ちょっと、萌美!」
「いいじゃないの。あのね、政美がね。あの子が気になるんだって」
「ん? どいつだ?」
「ほら、あの子よ」

 そう言って萌美が指を差したのは同じ下位グループの友人達と喋っている池内直樹だった。

「アイツが? どう見ても普通じゃないか」
「そうね、普通よね。で、政美は何が気になるの?」
「もう、気になるんじゃなくて気に入らないの!」
「「「え?」」」

 政美が直樹を気に入らないと言ったことで、隆一は政美に対し「アイツに何かされたのか」と聞けば、少し前に椅子からどかされたことを話す。

「なんだよ。そんなことか」
「何よ! そのくらいって。私がどけって言われたのよ」
「そこまで強くは言ってないでしょ」
「私にはそう感じたの!」
「「「……」」」

 政美の様子から周りにいる友人達は「なんでそこまで」と不審に思うが、ここで隆一が政美に対しとんでもない提案をする。

「そんなにムカつくのなら、一度締めてみるか?」
「隆一、やってくれるの?」
「まあな。政美がそこまで嫌っているのなら、軽くな」
「隆一~」
「「「……」」」

 隆一は政美に言った手前、何もしないわけには行かず友人と話していた直樹の背中に蹴りを入れる。

「痛っ! え、高橋君? え?」
「『え?』じゃねーよ。お前、調子に乗ってんだって?」
「え? なんのこと?」
「惚けるのか。まあいいさ。いいか今後、二度と調子に乗るなよ」
「そんなこと言われても……」
『ドスッ』

 直樹が隆一にいきなり「調子に乗るな」と言われても何を言われているのか分からずに戸惑っていると下腹部に隆一の拳がめり込む。

「うぐっ……」
「いいか。俺に口答えは許さねぇ。いいな、分かったな」
「……わ、分かったよ」
「『分かりました』だろ」
『ボスッ』
「ぐふ……わ、分かりました」
「そうだ。それでいい」

 隆一に何かを言う度に殴られては堪った物じゃないと直樹は隆一の言うことを聞き「分かりました」と返事をすれば、それで満足したのか隆一は政美達の方へと戻る。そして隆一とのやり取りを見ていた政美は満足そうに微笑むのだった。

 思えば、この日から直樹はクラス公認のイジメの標的ターゲットとなった。そうなってしまうと最初は何かと庇おうとしてくれた数少ない友人達も「お前達も同じ目に合うか」と凄まれてしまえば直樹に対し胸の中で手を合わせながらもイジメに参加するしかなかった。

 そして、それはアッという間にクラスから学年へ。学年から学内へと広まっていく。

 ここまで政美の告白を黙って聞いていた川村は政美に対し「そこまで我慢出来なかったことなの」と問えば政美は「分からない」と首を振る。

「分からないってどういうことなの?」
「分からないの。でも、あの時はどうしても池内君が許せないって思ってしまったの」
「でも、そこで何もしなければこういう状況にはならなかったってのは分かるわよね」
「はい。今……考えればですが」
「そして、高橋君もなんでその時に池内君に手を出したのかしら。田村さんは思っていただけで、実際に手を出したのは高橋君なんでしょ。その切っ掛けさえなければこんな風にはならなかったと思うんだけどどうかな?」
「……あん時は政美と付き合い始めた頃だったし。だから、政美の前で格好付けたかっただけだと思う」
「そう、たったそれだけのことでここまでのことになったのね」

 川村はたったそれだけのことで、自分は婚約を破棄され、更には賠償金がのし掛かるのかと思うと知らず知らずのうちに拳をギュッと握りしめる。

 だが、当の二人は川村の言葉に自分達を理解してくれたと思ったのか、口々に自分は悪くないを連呼する。

「先生! 私は悪くないわよね! 捕まるなんてないわよね」
「先生! 俺もちょっとしたイタズラのつもりだったんだ! 捕まらないよな」
「ふふふ、二人は少しも反省はしていないみたいね」
「だって私は悪くないし。手を出したのはコイツだし!」
「政美! 先生、仕掛けたのは政美だ! だから、俺はお願いされただけだ!」
「うんうん、二人が言いたいことはよく分かるわ」
「「なら……」」
『バン!』
「「「え?」」」

 二人が何かを言いかけたところで、川村は目の前のテーブルを両手で思いっ切り叩く。

「要するにあなた達二人のおままごとの恋愛のせいで池内君は殺され、私は婚約を破棄され、賠償金を払わされるの。冗談じゃない!」
「「「先生……」」」

 川村は応接室のソファから立ち上がり二人を見下ろしながら、そう怒鳴る。だが、二人は怒鳴られたことよりも『婚約破棄された』と、言う言葉に引っかかる。

「先生、恋人に逃げられたってこと? キャハハ、ウケるぅ~」
「先生、もうすぐ結婚するんだってあんだけ楽しみにしていたのにねぇ。そりゃ残念だ。ギャハハ」
「川村先生、それは本当のことなんですか?」

 川村は思わず婚約破棄したことを喋ってしまい瞬間、顔が赤くなるが直ぐに気を持ち直す。

「何がおかしいの! 全部、あんた達のせいじゃない!」
「だって、先生だって見て見ない振りしたのは一回や二回じゃないでしょ。なら、先生も同罪よねぇ~」
「それに校長だってそうだろ。俺と目が合った時もスッといなくなったよな?」
「「そ、それは……」」

 応接室の中ではいつの間にか生徒と教師の立場が逆転したようで政美と隆一の二人に対し川村も校長も何も言えなくなっていた。
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