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転生勇者と魔剣編

番外編2 カーティス家本家屋敷メイド長 アリーヤ・クラウディア

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「全員解雇。身一つで叩き出せ」

 目の前にいる十二歳程度の男児が放った台詞に、アリーヤ・クラウディアは驚愕を隠せなかった。

「……ぜ、全員解雇……ですか?」

 思わずそう聞き返してしまう。執務机で今回の資料を読んでいた男児は、その様子に眉をひそめる。

「当たり前だろ。屋敷の物勝手に売り捌いて豪遊してたんだぞ? 本当なら衛兵に突き出して牢屋送りにしてもらうところを、お父様たちが恥を広めるなって言うから解雇扱いにするんじゃないか。寛大すぎるぞこんなの」
「し、しかし、身一つというのは……退職金も無しに追い出しては……」
「退職金て……散々盗んだ金があるだろ。それで充分じゃないか馬鹿馬鹿しい」

 鼻で笑ってそんなことを言う男児に、アリーヤは愕然としてしまった。

 そもそもどうしてこんなことになっているのかと言うと、事の発端は三か月前、カーティス家の長女が嫁ぐ際に、この本家屋敷のメイドを何人か連れて行こうとしたのが関係している。

 有力貴族であればあるほど王都の別邸で暮らすアトール王国の貴族たちにとって、実は本家というのは大して価値がある物でなく、むしろ蔑ろにされることが多い。当然、そこで働く代官や使用人なども待遇が低く給金も安い。いってしまえば、ほとんど無視されている。かといって、カーティス領など何も無い場所で、これ以上良い待遇の働きどころなど存在しない。

 そんな使用人たちにとって、別の家とは言え違う場所で働けるのはまさに千載一遇のチャンスだ。仮にも公爵家の長女なら悪い扱いはされないだろう、もしかしたら王都の別邸で働けるかもしれない。そうすれば待遇もまるで変わってくる。メイドや他の使用人たちも、そのチャンスを狙って自分を売るのに夢中になった。

 これがもし相手が男子であったのなら、当然の如くメイドは自らの身を差し出してでもアピールしただろう。事実この屋敷のメイドは、カーティス家の男性の愛人として雇われたようなものだ。体を使うことに躊躇など最初から無い。

 しかし、生憎と今回嫁ぐのは女性。となると、アピールに使うのは貴金属や宝石類となる。当たり前だが屋敷のメイドなどにそんなものが買える金など無い。

 そこで彼女たちが行ったのは、屋敷に置かれている貰い物の宝石や、一度着ただけのドレスなどをコッソリ売り払う事だった。そうして得た金で新しい宝石やドレスなどを買い、貢ぎ物として差し出した。

 その結果屋敷のメイド数人が選ばれ、嫁ぐ長女とともに別の家へ着いていった。そこまではまあ、何の問題も無かった。

 だが問題はその後起きた。選ばれなかった一人の新人メイドがヤケを起こし、王都で酒を飲んだくれたのだ。しかも、暴れて衛兵に捕まってしまう。そしてその際、懐に持っていた身分不相応な大金と宝石類のせいで疑われ、着服を吐いてしまった。

 しかも新人メイドは愚かなことに、どうせ捕まるならと他の使用人たちが着服した事実も暴露した。その証言から裏が取られ、半数近くの使用人による横領と着服が明らかになった。
 本来なら全員捕まり牢屋行きとなったはずだろうが、これに待ったをかけたのがカーティス家当主だ。名門貴族というのは家の恥をさらすことを嫌う。使用人にコソ泥されていたなどという馬鹿げた話を、広げたくなかったのであろう。

 そしてその沙汰を、当時たまたま本家屋敷で過ごしていたカーティス家の三男坊、末っ子のレッド・H・カーティスに委ねた。自分で最後までやるのは面倒だったに違いない。所詮は本家屋敷の出来事だから。

 しかし、その三男坊レッド・H・カーティス、つまり今自分の目の前にいるこの弱冠十二歳の少年が下した決断は、即解雇退職金ゼロで追い出すというものだった。

 アリーヤは、正気を疑った。

 貴族は、恥が広がること、悪い噂が立つことを何よりも嫌う。見栄と虚飾で生きているような者たちだからだ。そんな彼らにとって、使用人に家の物を盗まれたことなど、その事実が露呈することに比べれば大したことではない。そもそも、物置小屋同然の本家屋敷に置いてあるものなど、貴族からすればロクな価値もない安物ばかりだ。

 事を荒立てるな、穏便に済ませろというのは、無かったことにしろということだ。無罪放免で済ませろと言われたことに気付きもしないとは、なんて愚かな子供なのかと呆れかえるしかなかった。

 だがそれを指摘することは出来ない。言い分自体は正しいからだ。カーティス家の当主も、まさか自分の息子がここまで馬鹿だなんて想像もしていなかったはず。そもそも貴族らしいギラギラに飾り立てブクブクに肥え太った醜い親父だが、息子の教育も当然の如く無能だったらしい。

 後日、この沙汰に驚いた当主、つまりレッドの父は文句を付けてきた。無論わざわざこちらへ行くのが面倒だったらしく手紙だったのだが、時既に遅く使用人たちは屋敷から叩き出されていた。もういないですよと手紙を書いている間、何を怒っているんだと首を傾げている姿に、アリーヤは頭を抱えたくなった。

 そもそも、この三男坊レッド・H・カーティスは、本家屋敷の使用人たちからは正に蛇蝎よりもはるかに嫌われていた。

 王都で暮らすのが貴族のステータスであるアトール王国の貴族にとって、自領の本家など控えめに言っても荷物置き場に過ぎない。あとあるとすればゴミ捨て場。

 なので、当たり前だがロクに帰ったりしない。年に一度来るだけでも多すぎるくらいだ。現に他今代の当主にいる他の息子二人の顔など、学園に行ってから十数年以上見ていない。領主なんて屋敷に仕えた三十年ほど前にちょっと寄ったのを見た程度だ。

 それ故、ほとんど目も向けられない本家屋敷は、使用人たちのパラダイスと化していた。今回のように別邸から送られてきた高級品を売り捌くなんて当たり前。その金で庶民の手に届かないような、豪華な食事を王都の一流料理人に出張料理させたり、旅の雑技団を招いてショーを開かせたり、娼婦や男娼を呼んで遊んだりと文字通りの酒池肉林を満喫していた。

 間違ってはいけないが、こんなことは珍しい話ではない。捨て置かれるのが普通であるアトール王国の、領地に仕える使用人たちは当然の権利としてしていたことだった。アリーヤも先輩のメイドや代官たちからそう教えられてきた。そうしてこの地での生活は成り立ってきた。

 ところが、このレッドという末っ子は、頻繁にこの屋敷に帰ってくるのだ。ほかの兄弟たちが全くと言っていいほど帰らないのに、この末っ子は暇さえあれば頻繁に帰ってくる。というより、向こうで過ごさねばいけない時以外はほとんどここにいると言っていいくらいだ。

 別邸での生活は狭苦しい、と言っていたがはらわたが煮えくり返るかと思った。こんな畑しかない閑散とした土地のどこが素晴らしいのか。自分たちなど、行きたくてもいけないというのに。

 そんなわけで、幼少からこちらで過ごすレッドのせいで、下手に遊ぶことが出来なくなった。どこの屋敷でもしていることとはいえ、発覚すればただじゃ済まないのは間違いない。だから、不本意ながら使用人たちは使用人として働かなくてはならなかった。

 その上、レッドはかなりの変人だった。名門貴族の息子など遊び暮らしても将来は保証されているが、やたら勉強したり剣の特訓をしたがったのだ。朝から晩まで勉強か訓練、そうして疲れ切ってベッドで寝る、そんな毎日を繰り返してきた。

 何をしているのか、とまた腹立たしくなった。

 努力などしなくても未来が決まっているような生まれの人間が、そんな頑張ることに何の意味があるのか。身分の無い自分たちなど、こんな家の金をちょっと使うくらいしか楽しみが無い、惨めな生活なのに、と。

 特に、剣の修行をしたがるのが厄介だった。家の使用人に剣に優れた者はいないので、余所から授業のための家庭教師を呼ぶのだが、これが次々と辞めていく。
 理由はレッドが不真面目で辞めさせる、ではなくその逆。レッドがあまりに積極的に特訓をしたがるために、怖くなった家庭教師の方から逃げるのだ。

 名門貴族の息子というのは、容姿が何より重視される。特に見目麗しい金髪碧眼こそ、王家の血を引くものとして重宝されるアトール王国の貴族たち、その顔や体を下手に傷でもつけてしまえば大変なことになる。良くて斬首、最悪一族郎党皆殺しすらあるかもしれない。だというのに朝から晩まで特訓したがるレッドを怖がって、責任取れるかとすぐ辞めてしまうのだ。

 辞めた家庭教師の中には、アリーヤと淫蕩な関係にあった男性もいた。

 そんなところから、周囲から良くても変人、悪くて穀潰しのロクデナシと蔑まれてきたレッドであったが、本人はそれに気付きもせず屋敷生活を満喫してきた。そんなところだけは、やはり貴族であった。

 だが、今回だけはどうしようもなかった。このような些細な着服で解雇など信じられなかった。今まではるかに多額の横領と着服を繰り返してきた使用人たちは、気が気で無くなった。

 幸い吐いた新人メイドは来て日が浅かったため、カーティス家本家屋敷の現実を知らず、芋づる式に捕まった使用人も半分で済んだ。彼らに自分たちのことも漏らさないよう口止め料を渡し、表向きは身一つで追い出した。――まあ、三か月もせずに使い果たしたらしく、金をせびりに戻ってきたが、そこは衛兵として雇っている者たちに適切に処理してもらった。

 さて残った問題は、半分に減ってしまった使用人の穴である。使ってないも同然の場合はそのままでもいいのだが、追い出した当人が頻繁に帰ってくるため流石に仕事に支障が出る。だが募集を出そうとも今回の顛末は領地内に知れ渡っており、そんな血も涙もない悪徳領主代行がいる屋敷に仕えようとする者は来なかった。

 そのことをレッドに伝えると、別邸から寄越せないかと尋ねたが無理だそうだし、仕方ないからもう誰でもいいから募集かけてと言われた。別邸から来る馬鹿などいるものかと内心吐き捨てたが、とにかく採用枠を広げると改めて募集をかけた。すると、来たのはなんと亜人だったのだ。

 勿論最初は追い出そうとした。醜いケダモノとしてこの地でも侮蔑の対象である亜人を、高貴な貴族の屋敷に入れるなど正気の沙汰ではない。使用人総出で叩き出そうとしたのだが、その場にレッドがたまたま通りがかった。

 また信じられないことに、人がいないからとりあえず採用しろと言われた。使えないんだったら追い出せばいいと軽く言ったが、もはやこの少年は馬鹿どころか狂人なのだと悟った。生まれながらにして、頭が壊れているのだと。

 しかし領主代行の許可が下りれば逆らえない。レッドの父も当然反対したようだが、なら人を寄越してくれと言われれば黙ってしまった。所詮、本家のことなど構いたくないのだ。

 止む無く雇ったが、当然苛め抜いた。さっさと追い出してしまおうと使用人同士一致団結した。

 が、その時採用されたのが一人ではなく五人だったのがまずかった。人手不足でしょうがないため一気に雇ったが、苛めるにしても向こうでも団結されれば厄介だ。
 何より向こうは亜人。単純な力など身体能力の高さは人族より上。実力行使されればこっちが危険だ。メイドたちの中にも魔術が使える者もいるが、大したことはない。あまり力ずくで事を行うことは出来なかった。

 何より一番まずかったのが、レッドがその雇った亜人メイドに手を付けたことだ。貴族がメイドを愛人にして抱くなんて当然だったが、レッドは父や兄と同じ女なんか抱けるかと完全に拒絶していた。このことが、アリーヤ含め愛人同然だったメイドたちのプライドを傷つけたというのもあるが、まさか亜人好みの変態だとは想像できなかった。

 それだけではない。代行とはいえ家の主の女になるというのは、家の中でそれなりの地位を持つということだ。下手に害したり手ひどく扱うなどしたら主の不評を買う。それを知っていてあの亜人たちはレッドに体を預けたのだ。

 その結果、元から雇われていたメイドたちは亜人メイドたちに強く言えなくなってしまい、やがて他にも新しい亜人を家に入れてきた彼女たちは、亜人の勢力をこの家に作ってしまった。まるで害虫のように、一匹出れば無限に湧いてくるのが亜人というものだ。

 気付けば、亜人はこの家の半分を占めるくらいになった。もはや強く言うことも出来ない。レッドの前では流石に控えているが、裏側では対立し続けている。

 不快だった。不愉快だった。

 メイド長として築いてきた地位。見放された屋敷とはいえ、積み上げてきた権威。
 それをあんなガキに叩き潰されたとして、アリーヤの心にはレッドに対する激しい憎悪で塗り固められてきた。

 学園に入ってからも、休暇になればちょくちょく帰ってくるのがまた癪に障った。なんでこんなクズに奉仕しなければいけないのかと殺意が何度湧いたか分からない。

 まあ、卒業し王都で何らかの役職が付けばそう帰ることも無くなるだろう――などと楽観していたが、その直前になってレッドが聖剣の勇者に選ばれたなどという話が舞い込んできた。

 その一報に、アリーヤは思わず大爆笑した。アリーヤに限らず他の使用人も、この時に限って亜人たちも揃って皆仲良く笑い転げ騒ぎまくった。

 あんな馬鹿で無能で変態の坊ちゃん貴族が、勇者なんてあり得ない。誰もがそう嘲笑し罵倒し、この家の主代行の悪口を肴に酒を交わした。

 だが、一応は事実だったようで、信じられずにはいたものの一応称賛の言葉を捧げた。勇者の旅の直前に体を壊したとかでまた屋敷に来たが、誰もがその顔を見て笑いだすのを必死に堪える地獄と化していた。

 そんな地獄もやっと終わりとなり、レッドが出発するとなった時、彼はアリーヤに対してこう告げた。

「これからしばらくは戻れないと思う。魔王退治の旅がどれくらいになるかは知らんが――まあ、皆で仲良くやれよ?」
「――承知しました」

 どの口で抜かしてるんだと言ってやりたかった。このような状況を作った張本人が、ほざいていい台詞ではないと言いたかった。

 迎えの馬車に乗り、見えなくなるまでお辞儀していたが、それが終わると地面に唾を吐き捨てた。

 正直魔王がどうだかは知らないが、出来ればこの旅とやらで死んで欲しいと思った。亜人たちも、半数を占めるようになった今それほどあの男に価値は見出しておるまい。追い出されそうになれば、実力行使してもいいのだから。

 世界が平和になって欲しいが、その役目を終えたらとっとと死んで欲しいと思った。多分、この屋敷の全員がそう思っている事だろう。

 彼自身は帰る場所があっても、彼に帰ってきて欲しい場所など、どこにも無いのだから――

「――戻りますよ。まだお仕事は残っています」

 傍に仕えたメイドたちにそう命じて屋敷に戻る。彼女たちも当主代行の死を望んでいるのか、居なくなって清々したのか顔がにやけていた。
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