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番外編・ミランサイド3
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すっぽかすか。別に、ただの兄貴の伝言だし。
それよりマルガレーテだよ、マルガレーテ。もう、さよならなんだ……。
フェリクスに向かって「マルガレーテが可哀想だから、マルガレーテと婚約を解消する」とか「ありがとう、僕の目を覚まさせてくれて」とか、格好いいことを言ったミランだが、いざ婚約解消となるとこのざまだった。マルガレーテに対して、未練たらたらである。
フェリクス殿には悪いけど、こんな気持ちじゃ、剣の稽古どころじゃないよ。
それに、フェリクス殿も面倒がっているかもしれない。職務に忠実だから顔に出ないけど、王子の相手なんて、疲れるだけじゃないか?
小屋の中では「殿下の傷が癒えるまで、傍にいる」なんて言ってたけどさ、僕をなだめるためにとりあえず言った的な、調子のいい言葉じゃないか? きっとそうだそうだ。
うん、すっぽかしたって、問題ない!
……。
……って、それも悪いよね。向こうは、リステアード兄上に言われてるわけだし、待ってるかも。……待って、くれているかな、フェリクス殿。
結局ミランは一週間悩んで、訓練場に顔を出したのだった。
フェリクスは普段と変わらず、ミランを迎えた。相変わらずの美男子ぶりだ、とミランは思った。
準備運動をして、少し走ったあと、フェリクスと剣を交えた。いざはじめると、止まらなくなり、ミランはマルガレーテとの未来を切り捨てるために、がむしゃらに剣を振るった。
感情に任せるままに剣を振るうミランとは対照的に、フェリクスは冷静だった。
彼女はミランの剣を真剣に、全て受け止めてくれた。
やがて力尽きて、フェリクスとミランは並んで地面に倒れた。お互い息が上がり、声も出せない。しばらくは仰向けになったまま、冷たい地面に身を任せるしかなかった。
ミランはすぐ横に倒れているフェリクスをちらりと見た。
彼女はミランの方に顔を傾けていた。目を閉じ、荒い息をくり返している。白い肌は上気し、金色の髪はほつれ乱れていた。
長いまつげに、汗が滴っている。わずかに開いた唇は艶っぽくて、柔らかそうだった。
女性なんだ……。僕は、どうして今まで、彼女を男だと思っていたんだろう……。
急に恥ずかしくなって、ミランは「すまない……フェリクス殿、大丈夫か」と、まだ自分の息も整ってないのに、急いで言った。
その後、空を眺めてる振りをして、どうにかこうにか気持ちを落ち着けた。
「ミラン殿下、どうか謝らないで下さい。僭越ながら私は、ミラン殿下の友人として、ミラン殿下の力になりたいんです。今までも、こ、これからも。ダメでしょうか」
空を見てたら、フェリクスがそんなことを言った。驚いて、フェリクスの方を向いた。
フェリクスの青い目に偽りや迷いはなく、とりあえず言った調子のいい言葉なんかじゃないことは明白だった。上気しているフェリクスの頬が、恥じらっているように見えて、心の奥がほんの少しだけ、むず痒くなったけれど、それよりも、ミランはただ純粋に、フェリクスの真剣な目と、言葉が嬉しかった。
「ダメじゃないよ。そんなわけないじゃないか。実は、君はもう僕に内心呆れているんじゃないかと思ってた」
ミランは自分が泣きそうになっているのに気がついた。フェリクスの言葉に、こんなに助けられているなんて。
フェリクス殿はやっぱり僕の友人だ。かけがえのない友人。男性でも、女性でも、関係ない。今日だって、迷惑がられたらどうしようって、本当は不安でいっぱいだった。怖かった。
泣き出してしまわないよう、ミランは跳ね起きて、再び剣を取った。フェリクスも後に続いて、剣を構える。
ありがとう、フェリクス殿。
時間はかかりそうだけど、君のおかげで、僕は立ち直れそうだ。
もう少しの間、傍にいてくれないかな。
傍に、いて欲しいな。
それよりマルガレーテだよ、マルガレーテ。もう、さよならなんだ……。
フェリクスに向かって「マルガレーテが可哀想だから、マルガレーテと婚約を解消する」とか「ありがとう、僕の目を覚まさせてくれて」とか、格好いいことを言ったミランだが、いざ婚約解消となるとこのざまだった。マルガレーテに対して、未練たらたらである。
フェリクス殿には悪いけど、こんな気持ちじゃ、剣の稽古どころじゃないよ。
それに、フェリクス殿も面倒がっているかもしれない。職務に忠実だから顔に出ないけど、王子の相手なんて、疲れるだけじゃないか?
小屋の中では「殿下の傷が癒えるまで、傍にいる」なんて言ってたけどさ、僕をなだめるためにとりあえず言った的な、調子のいい言葉じゃないか? きっとそうだそうだ。
うん、すっぽかしたって、問題ない!
……。
……って、それも悪いよね。向こうは、リステアード兄上に言われてるわけだし、待ってるかも。……待って、くれているかな、フェリクス殿。
結局ミランは一週間悩んで、訓練場に顔を出したのだった。
フェリクスは普段と変わらず、ミランを迎えた。相変わらずの美男子ぶりだ、とミランは思った。
準備運動をして、少し走ったあと、フェリクスと剣を交えた。いざはじめると、止まらなくなり、ミランはマルガレーテとの未来を切り捨てるために、がむしゃらに剣を振るった。
感情に任せるままに剣を振るうミランとは対照的に、フェリクスは冷静だった。
彼女はミランの剣を真剣に、全て受け止めてくれた。
やがて力尽きて、フェリクスとミランは並んで地面に倒れた。お互い息が上がり、声も出せない。しばらくは仰向けになったまま、冷たい地面に身を任せるしかなかった。
ミランはすぐ横に倒れているフェリクスをちらりと見た。
彼女はミランの方に顔を傾けていた。目を閉じ、荒い息をくり返している。白い肌は上気し、金色の髪はほつれ乱れていた。
長いまつげに、汗が滴っている。わずかに開いた唇は艶っぽくて、柔らかそうだった。
女性なんだ……。僕は、どうして今まで、彼女を男だと思っていたんだろう……。
急に恥ずかしくなって、ミランは「すまない……フェリクス殿、大丈夫か」と、まだ自分の息も整ってないのに、急いで言った。
その後、空を眺めてる振りをして、どうにかこうにか気持ちを落ち着けた。
「ミラン殿下、どうか謝らないで下さい。僭越ながら私は、ミラン殿下の友人として、ミラン殿下の力になりたいんです。今までも、こ、これからも。ダメでしょうか」
空を見てたら、フェリクスがそんなことを言った。驚いて、フェリクスの方を向いた。
フェリクスの青い目に偽りや迷いはなく、とりあえず言った調子のいい言葉なんかじゃないことは明白だった。上気しているフェリクスの頬が、恥じらっているように見えて、心の奥がほんの少しだけ、むず痒くなったけれど、それよりも、ミランはただ純粋に、フェリクスの真剣な目と、言葉が嬉しかった。
「ダメじゃないよ。そんなわけないじゃないか。実は、君はもう僕に内心呆れているんじゃないかと思ってた」
ミランは自分が泣きそうになっているのに気がついた。フェリクスの言葉に、こんなに助けられているなんて。
フェリクス殿はやっぱり僕の友人だ。かけがえのない友人。男性でも、女性でも、関係ない。今日だって、迷惑がられたらどうしようって、本当は不安でいっぱいだった。怖かった。
泣き出してしまわないよう、ミランは跳ね起きて、再び剣を取った。フェリクスも後に続いて、剣を構える。
ありがとう、フェリクス殿。
時間はかかりそうだけど、君のおかげで、僕は立ち直れそうだ。
もう少しの間、傍にいてくれないかな。
傍に、いて欲しいな。
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