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「……雨、止んだみたいだね。フェリクス殿、王宮に戻ろうか」

 少しの間を置いて、ミランは静かに立ち上がった。
 非難の色はもうなく、フェリクスに向かって、そっと右手を差し出す。フェリクスが無言でミランの手に自分の手を重ねると、ぐいと引っ張って、立たせてくれた。

「寒くない?」

 暗がりの中、ミランが気遣いながら、フェリクスをエスコートしようとしているのが分かった。
 二人の距離は、明らかに開《あ》いてしまった。フェリクスの心に、じわりと寂しさが広がる。

「……私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます、殿下。殿下の方こそ、寒くないのですか」

「僕は大丈夫だよ。暗いから気をつけて……」

 ミランはそう言いながら自分の脱いだ服を脇に抱えた。
 続いて、魔法師団のジャケットをフェリクスに手渡そうとしてくれたとき、

「……ぶえっっっくしょん!!」

 このどうしようもない空気を切り裂くような、盛大なくしゃみをした。
 フェリクスとミランは向き合ったまま、静止した。
 ミランの洟をすする音だけが滑稽に響く。

「……寒いんですね、ミラン殿下。今、魔法で少し暖かくします」

「しなくていい! 魔法は精神力を消耗するんだろう! 僕は平気だ、ほらこのとお……っっはっっくしょん!! はくしょ、はーっっくしょん!!」

 フェリクスは魔法で両手を温かくして、ミランの背をそっと抱いた。

「あ、あったかい……。ありがとう、フェリクス殿」

 ミランはバツが悪そうしながらも、ふっと笑ったようだった。

「魔法師団として、当然のことです。では王宮に帰りましょう、ミラン殿下」

 フェリクスも、自然といつもの調子を取り戻し、自分のジャケットを受け取ると、小屋の戸を開ける。
 さっきまでの荒天が嘘のように、雨は上がり、空には星が瞬いていた。
 フェリクスは浮遊魔法ではやく戻りましょうと、ミランに提案したが、ミランは「歩きたい」と言って、それきり黙ってしまった。
 きっと、マルガレーテのことを考えているんだろうな、とフェリクスは思った。

「フェリクス殿」

 ふと、ミランがフェリクスの名を呼んだ。

「はい」

 その真剣な声に、ミランの背を温めながら歩いていたフェリクスは思わず足を止めた。ミランも足を止めると、フェリクスの方を向いた。

「ありがとう、僕の目を覚まさせてくれて」

 どこか切なげに、微笑むミランを見て、フェリクスは、自分の心が締め付けられるようでいて、不思議と満たされているのに気がついた。
 どんな形でも、ミラン殿下の傍にいたい……心からそう思った。


 ――次の日、フェリクスはがんがんと痛む頭で目を覚ました。
 体がだるい。風邪を引いたのは明らかだった。
 これでは朝の訓練は無理だと思っていると、侍従の女性がやって来て「風邪を引いた。朝の訓練にはしばらく行けない。ごめん」と言うミランからの律義な言付けを伝えに来てくれた。
 フェリクスは結局休暇を三日伸ばしてもらって、その間ずっと風邪で寝込んでいた。
 休暇最後の日まで、ミランに会うことはなかった。
 ――ミランも風邪をこじらせているのかと心配したけれど、そうではなかった。
 ミランとマルガレーテの婚約について、進展があったのだ。
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