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「マルガ……お嬢様、どうか、落ち着いて」

 フェリクスはマルガレーテをあやしながら、彼女の隣に腰かけた。マルガレーテは自分の正体がフェリクスにバレていると思っていないようだった。フェリクスがさっき、田舎者だと自分で言ったからかも知れない。フェリクスの方も、うっかりマルガレーテの名前を呼んだりしないように、気をつけた。

「お、お姉様、わたくし、最近、身分の高い方に見染められ、婚約しましたの」

 マルガレーテはフェリクスを離すまいとするようにしがみついていた。おしとやかで、儚げに見えたのに、案外強引だな、とフェリクスはあっけにとられた。話を聞き終えるまで解放してもらえないだろう。だが、フェリクス自身、マルガレーテの心中には、興味がないわけではなかった。最近婚約した身分の高い方、というのはミランのことに違いない。
 少々下品な自覚はあったが、あんなに尽くしているミランに対し、マルガレーテがそっけなくし続ける理由が分かるかもという、期待があった。
 そして、その理由は、マルガレーテの口からあっけなく語られた。

「婚約に対し、お父様が大喜びで、わたくしも貴族の娘として、断れませんでした。でも、でも、本当は……嫌でしたの。だって、わたくしには、すでに、愛する恋人がいるんですもの!」

「ええ!?」

 こ、恋人!?

 フェリクスは思わず声を上げてしまった。
 そんな。ミラン殿下の話ではその時点でマルガレーテ嬢にお相手はいないはずだと、仰っていたのに。ミラン殿下が気がつかなかっただけなのだろうか。調べても分からなかったのだろうか。
 マルガレーテはフェリクスの胸で、しゃくりあげた。
「本当は、お断り、ひっく、したかったのにっ」

「身分の高い方だから、断れなかったのですか」

 フェリクスは慎重に言葉を選んでマルガレーテに問うた。王命だからだろうか。ミランは国王に頼んで強引に婚約者にしてもらったと言っていた。しかし、いくらなんでも「息子と婚約しろ」とは王でも言えないはずだ。国王はマルガレーテの家に話をもっていったにすぎないだろう。

 マルガレーテは眼鏡を外して、涙を拭い、息を吐き出した。そして、長いまつげの目を伏せながら、こう言った。

「そうではなく、こちらの事情なのです。わたくしの家は最近事業がうまくいっていなくて……わたくしがその身分の高い方と婚姻することで、助かる方が、沢山いるのです」

 それはそうだろう。王家と繋がりができるのだから。なるほど、そういうことだったのか、とフェリクスは合点がいった。マルガレーテが婚約したものの、ミランにそっけない理由がわかった。やはり、マルガレーテはミランを好いていないのだ。家のために、自分の心に逆らって、婚約したのだ。

 もしかして、就任式のとき離席したり、今回倒れたりしたのは、そのことで思い詰めているから?

 マルガレーテは話し終えて、幾分冷静になったようだ。フェリクスからゆっくりと体を離すと、再び眼鏡を掛けて、ひとつ深呼吸した。

「本当に、こんな話を突然してごめんなさい……美しいお姉様。もう、どうすることもできないことなのに、わたくしったら。どうか、お許しくださいね」

「あの」

 フェリクスは、凛とした貴族女性の表情に戻った、麗しい少女に聞いた。

「その、身分の高い方を、少しでも、好きになることはできないのですか。恋人がいらっしゃるのを承知で失礼な質問ですが」 
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