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早朝はミランと剣の訓練、日中は就任式の練習、夕方から夜にかけては屋上で歌の特訓と、フェリクスの一日は忙しくなった。
隙間時間に、音楽を記憶させる魔道具で何回も何回も軍歌を聞いて、耳で正確にメロディーを覚えた。元の音程がちゃんと理解できていなければ、話にならない。
ミランによると「フェリクスは自分の音程が外れていることが自分で分かっているから、あとは出せる声の幅を増やす練習をして、音程を一つ一つ合わせていき、恥ずかしがらずに思いっきり歌うだけ」なんだそうだ。
そう言葉であっさり言われても、フェリクスは自分の歌が果たして上達するのかどうか、半信半疑だった。
自分は歌が下手なのだ。
貴族学校の初等科に通っていたころ、クラス対抗合唱コンクール、というのがあった。そのコンクールの練習中、クラスメイトに「フェリシアちゃんが歌うと、コンクールに勝てないよ。歌わないで」と言われショックを受けたことを、フェリクスは今でも鮮明に思い出すことができる。
「少年みたいな声だね」とよく言われたし、歌が下手な自覚もあったけれど、頑張って歌わなきゃと思って歌ったのに。このクラスメイトの言葉以降、フェリクスは歌を歌うのをやめた。
……他人に迷惑をかける歌なんて、歌うべきじゃないと、合理的に考えたつもりだった。
「フェリクス殿、肩に力が入ってるぞ。リラックス、リラックス」
「さっきより良くなってる、その調子」
「無理は禁物だよ、喉を傷めちゃうからね」
ミランは学校を終え、予定がないときはすぐに屋上へ顔を出してくれた。フェリクスの歌を決して笑ったりせず、常に励まし、ときに労わりながら、一緒に発声練習したり、歌ったりしてくれた。フェリクスはそんなミランのために、クラスメイトの言葉はひとまず忘れて、諦めずに頑張ろうと思えるのだった。
――本番まであと二日と迫った夜。
ミランは現れなかった。
今までもフェリクスのもとに来る時間はまちまちだったが、ここまで遅い日はなかった。
今日は何か予定があって、いらっしゃらないのかな。
早朝の訓練中は何も言っていなかったけれど、急遽予定が入ったのかもしれない。ミランは学生であっても、王子なのだ。成人したことだし、国の仕事がある。
今日はそろそろ上がろうか。
屋上を後にしようかと思ったそのとき、
「フェリクス殿」
貴族学校の制服を着たままの、ミランが現われた。少し息を切らしている。
「ミラン殿下。急いでここまで来られたのですか」
「うん。ごめんね、今日はこんな時間になっちゃって。マルガレーテの家に寄っていたんだ。明日のリハーサルと、明後日の本番の調整に」
就任式には国王以下、王族や、王族に関係する方々が出席する。マルガレーテもミランの正式な婚約者として、出席することになっていた。
「そんな、謝らないで下さい。私などよりも、マルガレーテ様とのお時間をご優先するべきです。も、もちろん私を手助けしていただいたことにはとても感謝していますが」
フェリクスは、自分につき合っていることが、ミランの負担になってはいけないと、慌てた。
学校が始まったのだから、婚約者であるマルガレーテ嬢と放課後は過ごしたいはずだ。
「僕はこの国の王子だよ。国のために、君を手助けする義務がある。変に気にすることないよ」
ミランは暗がりの中、当然というように微笑んだ。
……そうか。
ミラン殿下は王子として、私に協力してくれているだけなんだ。
フェリクスはほんの少し、胸が痛むのを感じた。
隙間時間に、音楽を記憶させる魔道具で何回も何回も軍歌を聞いて、耳で正確にメロディーを覚えた。元の音程がちゃんと理解できていなければ、話にならない。
ミランによると「フェリクスは自分の音程が外れていることが自分で分かっているから、あとは出せる声の幅を増やす練習をして、音程を一つ一つ合わせていき、恥ずかしがらずに思いっきり歌うだけ」なんだそうだ。
そう言葉であっさり言われても、フェリクスは自分の歌が果たして上達するのかどうか、半信半疑だった。
自分は歌が下手なのだ。
貴族学校の初等科に通っていたころ、クラス対抗合唱コンクール、というのがあった。そのコンクールの練習中、クラスメイトに「フェリシアちゃんが歌うと、コンクールに勝てないよ。歌わないで」と言われショックを受けたことを、フェリクスは今でも鮮明に思い出すことができる。
「少年みたいな声だね」とよく言われたし、歌が下手な自覚もあったけれど、頑張って歌わなきゃと思って歌ったのに。このクラスメイトの言葉以降、フェリクスは歌を歌うのをやめた。
……他人に迷惑をかける歌なんて、歌うべきじゃないと、合理的に考えたつもりだった。
「フェリクス殿、肩に力が入ってるぞ。リラックス、リラックス」
「さっきより良くなってる、その調子」
「無理は禁物だよ、喉を傷めちゃうからね」
ミランは学校を終え、予定がないときはすぐに屋上へ顔を出してくれた。フェリクスの歌を決して笑ったりせず、常に励まし、ときに労わりながら、一緒に発声練習したり、歌ったりしてくれた。フェリクスはそんなミランのために、クラスメイトの言葉はひとまず忘れて、諦めずに頑張ろうと思えるのだった。
――本番まであと二日と迫った夜。
ミランは現れなかった。
今までもフェリクスのもとに来る時間はまちまちだったが、ここまで遅い日はなかった。
今日は何か予定があって、いらっしゃらないのかな。
早朝の訓練中は何も言っていなかったけれど、急遽予定が入ったのかもしれない。ミランは学生であっても、王子なのだ。成人したことだし、国の仕事がある。
今日はそろそろ上がろうか。
屋上を後にしようかと思ったそのとき、
「フェリクス殿」
貴族学校の制服を着たままの、ミランが現われた。少し息を切らしている。
「ミラン殿下。急いでここまで来られたのですか」
「うん。ごめんね、今日はこんな時間になっちゃって。マルガレーテの家に寄っていたんだ。明日のリハーサルと、明後日の本番の調整に」
就任式には国王以下、王族や、王族に関係する方々が出席する。マルガレーテもミランの正式な婚約者として、出席することになっていた。
「そんな、謝らないで下さい。私などよりも、マルガレーテ様とのお時間をご優先するべきです。も、もちろん私を手助けしていただいたことにはとても感謝していますが」
フェリクスは、自分につき合っていることが、ミランの負担になってはいけないと、慌てた。
学校が始まったのだから、婚約者であるマルガレーテ嬢と放課後は過ごしたいはずだ。
「僕はこの国の王子だよ。国のために、君を手助けする義務がある。変に気にすることないよ」
ミランは暗がりの中、当然というように微笑んだ。
……そうか。
ミラン殿下は王子として、私に協力してくれているだけなんだ。
フェリクスはほんの少し、胸が痛むのを感じた。
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