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もしものバレンタイン
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僕はミラン。都内の高校に通う男子生徒だ。
この高校はいわゆる富裕層向け名門校で、エルドゥ企業の御曹司である僕は、将来父親の跡を継ぐために通っている。
そんなことはどうでもいい。
そんなことより、今日はバレンタインデーなんだ。
ふふふ。困ったことに、毎年僕は女子生徒からたくさんのチョコを貰ってしまう。女性の先生からも貰ってしまう。
モテモテなんだ。
困ったなあ。
困るけど僕は甘いものが大好きなんだ。
今年もたくさんチョコを食べられるぞーー!!
「ミラン君、おはよう。よかったらこれ、受け取ってくれる?」
「私のも! ミラン君が好きな甘いチョコだよ」
「ミラン先輩、これ、貰ってください!」
学校が終わるころにはチョコの山だ。何百個あるか分からない。すでに迎えの車とチョコを運ぶための高級トラックを外に用意させてある。
僕一人じゃ持って帰れないからね。
「今年のバレンタインもおモテになりますね、ミラン様」
使用人の一人、リステアードが校内に僕を迎えに来た。廊下で恭しく頭を下げる。
そんなゴマすりはいい、とばかりにリステアードを制し、僕は重大なことを聞いた。
「学校内でチョコを一番多く貰ったのは今年も僕だよね? 集計は終わっているだろう?」
実は去年一昨年と使用人たちに男子生徒全員のチョコ獲得数を調べさせていた。エルドゥ企業の御曹司である僕には簡単なことなのさ。
「はい。一番といえば、一番でございます。さすがです。これで三年連続ですね」
ん? なんか引っかかるな。一番といえば?
「一番といえばってどういう意味さ?」
「同数の生徒がいます」
「なんだと! 誰だ、僕よりチョコを貰っている男は!!」
「男じゃありません。去年の秋に突然転入してきた、フェリシアという一年の女子生徒です。演劇部の代役で男装したら、一気に女子生徒の注目を集め、今やモテまくりです」
「女子!? 知らないぞ、そんな女の子」
「学年が違いますからね」
「同数か……くそう、僕と同じぐらいモテるなんて、一体どんな女子なんだ? ああ、あと一個貰えれば僕が一番なのに」
残念なことにもう放課後……だいぶ遅い時間だ。僕とリステアードだけで、まわりに生徒はいない。
「帰りましょう、ミラン様。すでにトラックにチョコは積み終えています」
リステアードの言葉に、仕方なく廊下を歩きだす。
むむ……フェリシアという女子生徒、一体どんな子なんだ?
どんっ。
「うわあっ」
「きゃあっ」
しまった、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。声から察するに、女子だろう。
僕はぶつかった相手を見つめ……見上げる。ずいぶんと背の高い女の子だ。きれいな長い金の髪をしている。
「ミラン様、彼女ですよ。フェリシア」
リステアードが耳打ちする。なんと、彼女がフェリシア? 僕と同じ数、チョコを貰ったていう。言うなれば、僕のライバルだ。
「君、フェリシアと言うそうだね。今日はたくさんチョコを貰っただろう?」
僕は僕のほうを見つめているフェリシアに話しかけた。
「私の名前を知っているんですか、ミラン先輩」
フェリシアは女性にしては低めの声でそう言い、青い目を見張った。
「知っているとも。なにせ今日のバレンタインで、貰ったチョコの数が僕と同数なんだからね。僕がこの学校で一番だと思っていたのに。やるね、君も」
僕は先輩の余裕を見せ、不敵に笑う。するとフェリシアは
「私が多数の女子生徒から頂いたチョコレートは、いわゆる疑似恋愛的な意味合いが強く、したがって、この学校で一番モテているのはミラン先輩だと思いますよ」
と、冷静に説明した。
いや、そんな理路整然と説明されても……。
ちょっと戸惑っていると、フェリシアは自分のバッグから、きれいにラッピングした包みを取り出した。
あれ、そういえば、彼女一年生なのに、なんで三年生の教室の棟にいるんだ?
「それに、チョコレートの数でも、ミラン先輩の勝ちです。う、受け取ってください、ミラン先輩」
それまで淀みなく、淡々としていたフェリシアの声がはじめて震えた。
僕はぽかんとした。
「外にチョコレートをたくさん積んだトラックが待機していたので、まだミラン先輩が校内にいると思って、急いで来ました。昼間はミラン先輩も私も女子たちに囲まれちゃってたから。秋にこの学校に転入してきて、剣道部の試合を一目見たときから、好きでした」
そう、僕は剣道部主将なんだ。秋の試合で引退した。
「な、なんだ、君、フェリシア、そうだったのか。ありがとうフェリシア」
フェリシアが差し出すチョコを受け取る。そしてキリっとした顔を作り、フェリシアを見つめ
「僕も君のことが好きになったよ。トラックいっぱいのチョコなんてもういらない。君のチョコだけで充分さ。さあ、こっちにおいで……」
フェリシアの手を取り、こっちに抱き寄せ、キスを……
「ミラン殿下」
ん?
「ミラン殿下ってば」
殿下? フェリシア、何言っているんだ?
「起きてください、ミラン殿下」
「ーーえ、ええっ!?」
目を開けると、目の前に愛しい恋人、フェリシアがいた。いや、今は魔法師団団長「フェリクス・ブライトナー」の姿だ。
どうやら僕は木にもたれて眠っていたようだ。そう、ここはエルドゥ王国の王宮。
「こんなところでうたた寝していたら、風邪を引きますよ」
フェリシアがくすりと笑う。
「なにか夢を見たような気がするんだけどなあ。たくさんのチョコと、あとバレンなんとか」
欠伸しながら夢の内容を思い出そうとしたけれど、そうすればするほど、消えてしまう。
あきらめて自分の服装を見下ろし、ああ、貴族学校から帰ってきていつの間にか眠ってしまったんだなと気が付く。
エルドゥ王国の気候は、いつも穏やかで、心地いいから。
僕はエルドゥ王国第三王子、ミラン。
「ミラン殿下?」
僕がいつまでたっても立ち上がらないからか、となりに片膝をついて、フェリシアが心配そうな声で、僕の顔を覗き込む。夕暮れの空に、彼女の美しい金の髪と、青い瞳が揺れる。
「フェリシア」
フェリシアの腕をとり、抱き寄せて、キスをした。
なにか夢の中でしそこねた気がしたんだよね。もう忘れちゃったけど。
「さあ、戻ろうか」
言いながら立ち上がって伸びをすると、フェリシアも立ち上がった。
「はい、戻りましょう」
「今日はチョコを食べたい気分だよ」
「分かりました。用意して待っていますね」
「ありがとう」
僕はエルドゥ王国第三王子ミラン。
クールで格好よくて、とびきりきれいで、たまに可愛いフェリシアが、僕の一番大事な人だ。
もしものバレンタイン 終わり。
この高校はいわゆる富裕層向け名門校で、エルドゥ企業の御曹司である僕は、将来父親の跡を継ぐために通っている。
そんなことはどうでもいい。
そんなことより、今日はバレンタインデーなんだ。
ふふふ。困ったことに、毎年僕は女子生徒からたくさんのチョコを貰ってしまう。女性の先生からも貰ってしまう。
モテモテなんだ。
困ったなあ。
困るけど僕は甘いものが大好きなんだ。
今年もたくさんチョコを食べられるぞーー!!
「ミラン君、おはよう。よかったらこれ、受け取ってくれる?」
「私のも! ミラン君が好きな甘いチョコだよ」
「ミラン先輩、これ、貰ってください!」
学校が終わるころにはチョコの山だ。何百個あるか分からない。すでに迎えの車とチョコを運ぶための高級トラックを外に用意させてある。
僕一人じゃ持って帰れないからね。
「今年のバレンタインもおモテになりますね、ミラン様」
使用人の一人、リステアードが校内に僕を迎えに来た。廊下で恭しく頭を下げる。
そんなゴマすりはいい、とばかりにリステアードを制し、僕は重大なことを聞いた。
「学校内でチョコを一番多く貰ったのは今年も僕だよね? 集計は終わっているだろう?」
実は去年一昨年と使用人たちに男子生徒全員のチョコ獲得数を調べさせていた。エルドゥ企業の御曹司である僕には簡単なことなのさ。
「はい。一番といえば、一番でございます。さすがです。これで三年連続ですね」
ん? なんか引っかかるな。一番といえば?
「一番といえばってどういう意味さ?」
「同数の生徒がいます」
「なんだと! 誰だ、僕よりチョコを貰っている男は!!」
「男じゃありません。去年の秋に突然転入してきた、フェリシアという一年の女子生徒です。演劇部の代役で男装したら、一気に女子生徒の注目を集め、今やモテまくりです」
「女子!? 知らないぞ、そんな女の子」
「学年が違いますからね」
「同数か……くそう、僕と同じぐらいモテるなんて、一体どんな女子なんだ? ああ、あと一個貰えれば僕が一番なのに」
残念なことにもう放課後……だいぶ遅い時間だ。僕とリステアードだけで、まわりに生徒はいない。
「帰りましょう、ミラン様。すでにトラックにチョコは積み終えています」
リステアードの言葉に、仕方なく廊下を歩きだす。
むむ……フェリシアという女子生徒、一体どんな子なんだ?
どんっ。
「うわあっ」
「きゃあっ」
しまった、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。声から察するに、女子だろう。
僕はぶつかった相手を見つめ……見上げる。ずいぶんと背の高い女の子だ。きれいな長い金の髪をしている。
「ミラン様、彼女ですよ。フェリシア」
リステアードが耳打ちする。なんと、彼女がフェリシア? 僕と同じ数、チョコを貰ったていう。言うなれば、僕のライバルだ。
「君、フェリシアと言うそうだね。今日はたくさんチョコを貰っただろう?」
僕は僕のほうを見つめているフェリシアに話しかけた。
「私の名前を知っているんですか、ミラン先輩」
フェリシアは女性にしては低めの声でそう言い、青い目を見張った。
「知っているとも。なにせ今日のバレンタインで、貰ったチョコの数が僕と同数なんだからね。僕がこの学校で一番だと思っていたのに。やるね、君も」
僕は先輩の余裕を見せ、不敵に笑う。するとフェリシアは
「私が多数の女子生徒から頂いたチョコレートは、いわゆる疑似恋愛的な意味合いが強く、したがって、この学校で一番モテているのはミラン先輩だと思いますよ」
と、冷静に説明した。
いや、そんな理路整然と説明されても……。
ちょっと戸惑っていると、フェリシアは自分のバッグから、きれいにラッピングした包みを取り出した。
あれ、そういえば、彼女一年生なのに、なんで三年生の教室の棟にいるんだ?
「それに、チョコレートの数でも、ミラン先輩の勝ちです。う、受け取ってください、ミラン先輩」
それまで淀みなく、淡々としていたフェリシアの声がはじめて震えた。
僕はぽかんとした。
「外にチョコレートをたくさん積んだトラックが待機していたので、まだミラン先輩が校内にいると思って、急いで来ました。昼間はミラン先輩も私も女子たちに囲まれちゃってたから。秋にこの学校に転入してきて、剣道部の試合を一目見たときから、好きでした」
そう、僕は剣道部主将なんだ。秋の試合で引退した。
「な、なんだ、君、フェリシア、そうだったのか。ありがとうフェリシア」
フェリシアが差し出すチョコを受け取る。そしてキリっとした顔を作り、フェリシアを見つめ
「僕も君のことが好きになったよ。トラックいっぱいのチョコなんてもういらない。君のチョコだけで充分さ。さあ、こっちにおいで……」
フェリシアの手を取り、こっちに抱き寄せ、キスを……
「ミラン殿下」
ん?
「ミラン殿下ってば」
殿下? フェリシア、何言っているんだ?
「起きてください、ミラン殿下」
「ーーえ、ええっ!?」
目を開けると、目の前に愛しい恋人、フェリシアがいた。いや、今は魔法師団団長「フェリクス・ブライトナー」の姿だ。
どうやら僕は木にもたれて眠っていたようだ。そう、ここはエルドゥ王国の王宮。
「こんなところでうたた寝していたら、風邪を引きますよ」
フェリシアがくすりと笑う。
「なにか夢を見たような気がするんだけどなあ。たくさんのチョコと、あとバレンなんとか」
欠伸しながら夢の内容を思い出そうとしたけれど、そうすればするほど、消えてしまう。
あきらめて自分の服装を見下ろし、ああ、貴族学校から帰ってきていつの間にか眠ってしまったんだなと気が付く。
エルドゥ王国の気候は、いつも穏やかで、心地いいから。
僕はエルドゥ王国第三王子、ミラン。
「ミラン殿下?」
僕がいつまでたっても立ち上がらないからか、となりに片膝をついて、フェリシアが心配そうな声で、僕の顔を覗き込む。夕暮れの空に、彼女の美しい金の髪と、青い瞳が揺れる。
「フェリシア」
フェリシアの腕をとり、抱き寄せて、キスをした。
なにか夢の中でしそこねた気がしたんだよね。もう忘れちゃったけど。
「さあ、戻ろうか」
言いながら立ち上がって伸びをすると、フェリシアも立ち上がった。
「はい、戻りましょう」
「今日はチョコを食べたい気分だよ」
「分かりました。用意して待っていますね」
「ありがとう」
僕はエルドゥ王国第三王子ミラン。
クールで格好よくて、とびきりきれいで、たまに可愛いフェリシアが、僕の一番大事な人だ。
もしものバレンタイン 終わり。
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