上 下
62 / 67

もしものバレンタイン

しおりを挟む
 僕はミラン。都内の高校に通う男子生徒だ。
 この高校はいわゆる富裕層向け名門校で、エルドゥ企業の御曹司である僕は、将来父親の跡を継ぐために通っている。
 そんなことはどうでもいい。
 そんなことより、今日はバレンタインデーなんだ。
 ふふふ。困ったことに、毎年僕は女子生徒からたくさんのチョコを貰ってしまう。女性の先生からも貰ってしまう。
 モテモテなんだ。
 困ったなあ。
 困るけど僕は甘いものが大好きなんだ。
 今年もたくさんチョコを食べられるぞーー!!

「ミラン君、おはよう。よかったらこれ、受け取ってくれる?」

「私のも! ミラン君が好きな甘いチョコだよ」

「ミラン先輩、これ、貰ってください!」

 学校が終わるころにはチョコの山だ。何百個あるか分からない。すでに迎えの車とチョコを運ぶための高級トラックを外に用意させてある。
 僕一人じゃ持って帰れないからね。

「今年のバレンタインもおモテになりますね、ミラン様」

 使用人の一人、リステアードが校内に僕を迎えに来た。廊下で恭しく頭を下げる。
 そんなゴマすりはいい、とばかりにリステアードを制し、僕は重大なことを聞いた。

「学校内でチョコを一番多く貰ったのは今年も僕だよね? 集計は終わっているだろう?」

 実は去年一昨年と使用人たちに男子生徒全員のチョコ獲得数を調べさせていた。エルドゥ企業の御曹司である僕には簡単なことなのさ。

「はい。一番といえば、一番でございます。さすがです。これで三年連続ですね」

 ん? なんか引っかかるな。一番といえば? 

「一番といえばってどういう意味さ?」

「同数の生徒がいます」

「なんだと! 誰だ、僕よりチョコを貰っている男は!!」

「男じゃありません。去年の秋に突然転入してきた、フェリシアという一年の女子生徒です。演劇部の代役で男装したら、一気に女子生徒の注目を集め、今やモテまくりです」

「女子!? 知らないぞ、そんな女の子」

「学年が違いますからね」

「同数か……くそう、僕と同じぐらいモテるなんて、一体どんな女子なんだ? ああ、あと一個貰えれば僕が一番なのに」

 残念なことにもう放課後……だいぶ遅い時間だ。僕とリステアードだけで、まわりに生徒はいない。

「帰りましょう、ミラン様。すでにトラックにチョコは積み終えています」

 リステアードの言葉に、仕方なく廊下を歩きだす。
 むむ……フェリシアという女子生徒、一体どんな子なんだ?

 どんっ。

「うわあっ」

「きゃあっ」

 しまった、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。声から察するに、女子だろう。
 僕はぶつかった相手を見つめ……見上げる。ずいぶんと背の高い女の子だ。きれいな長い金の髪をしている。

「ミラン様、彼女ですよ。フェリシア」

 リステアードが耳打ちする。なんと、彼女がフェリシア? 僕と同じ数、チョコを貰ったていう。言うなれば、僕のライバルだ。

「君、フェリシアと言うそうだね。今日はたくさんチョコを貰っただろう?」

 僕は僕のほうを見つめているフェリシアに話しかけた。

「私の名前を知っているんですか、ミラン先輩」

 フェリシアは女性にしては低めの声でそう言い、青い目を見張った。

「知っているとも。なにせ今日のバレンタインで、貰ったチョコの数が僕と同数なんだからね。僕がこの学校で一番だと思っていたのに。やるね、君も」

 僕は先輩の余裕を見せ、不敵に笑う。するとフェリシアは

「私が多数の女子生徒から頂いたチョコレートは、いわゆる疑似恋愛的な意味合いが強く、したがって、この学校で一番モテているのはミラン先輩だと思いますよ」

 と、冷静に説明した。
 いや、そんな理路整然と説明されても……。
 ちょっと戸惑っていると、フェリシアは自分のバッグから、きれいにラッピングした包みを取り出した。
 あれ、そういえば、彼女一年生なのに、なんで三年生の教室の棟にいるんだ?

「それに、チョコレートの数でも、ミラン先輩の勝ちです。う、受け取ってください、ミラン先輩」

 それまで淀みなく、淡々としていたフェリシアの声がはじめて震えた。
 僕はぽかんとした。

「外にチョコレートをたくさん積んだトラックが待機していたので、まだミラン先輩が校内にいると思って、急いで来ました。昼間はミラン先輩も私も女子たちに囲まれちゃってたから。秋にこの学校に転入してきて、剣道部の試合を一目見たときから、好きでした」

 そう、僕は剣道部主将なんだ。秋の試合で引退した。

「な、なんだ、君、フェリシア、そうだったのか。ありがとうフェリシア」

 フェリシアが差し出すチョコを受け取る。そしてキリっとした顔を作り、フェリシアを見つめ

「僕も君のことが好きになったよ。トラックいっぱいのチョコなんてもういらない。君のチョコだけで充分さ。さあ、こっちにおいで……」

 フェリシアの手を取り、こっちに抱き寄せ、キスを……

「ミラン殿下」

 ん?

「ミラン殿下ってば」

 殿下? フェリシア、何言っているんだ? 

「起きてください、ミラン殿下」

「ーーえ、ええっ!?」

 目を開けると、目の前に愛しい恋人、フェリシアがいた。いや、今は魔法師団団長「フェリクス・ブライトナー」の姿だ。

 どうやら僕は木にもたれて眠っていたようだ。そう、ここはエルドゥ王国の王宮。

「こんなところでうたた寝していたら、風邪を引きますよ」

 フェリシアがくすりと笑う。

「なにか夢を見たような気がするんだけどなあ。たくさんのチョコと、あとバレンなんとか」

 欠伸しながら夢の内容を思い出そうとしたけれど、そうすればするほど、消えてしまう。
 あきらめて自分の服装を見下ろし、ああ、貴族学校から帰ってきていつの間にか眠ってしまったんだなと気が付く。
 エルドゥ王国の気候は、いつも穏やかで、心地いいから。

 僕はエルドゥ王国第三王子、ミラン。

「ミラン殿下?」

 僕がいつまでたっても立ち上がらないからか、となりに片膝をついて、フェリシアが心配そうな声で、僕の顔を覗き込む。夕暮れの空に、彼女の美しい金の髪と、青い瞳が揺れる。

「フェリシア」

 フェリシアの腕をとり、抱き寄せて、キスをした。

 なにか夢の中でしそこねた気がしたんだよね。もう忘れちゃったけど。

「さあ、戻ろうか」

 言いながら立ち上がって伸びをすると、フェリシアも立ち上がった。

「はい、戻りましょう」

「今日はチョコを食べたい気分だよ」

「分かりました。用意して待っていますね」

「ありがとう」

 僕はエルドゥ王国第三王子ミラン。
 クールで格好よくて、とびきりきれいで、たまに可愛いフェリシアが、僕の一番大事な人だ。

 

 もしものバレンタイン  終わり。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

男装魔法師団団長は第三王子に脅され「惚れ薬」を作らされる

コーヒーブレイク
恋愛
クールで女っぽさ皆無の男装魔法師団団長と、婚約者を振り向かせたい年下王子が惚れ薬をつくるために頑張ります。平和な異世界ファンタジー恋愛コメディー。 本編完結しています。あとは、補足的なサイドストーリーをちょこちょこあげてます。

婚約者のいる運命の番はやめた方が良いですよね?!

月城光稀
恋愛
結婚に恋焦がれる凡庸な伯爵令嬢のメアリーは、古来より伝わる『運命の番』に出会ってしまった!けれど彼にはすでに婚約者がいて、メアリーとは到底釣り合わない高貴な身の上の人だった。『運命の番』なんてすでに御伽噺にしか存在しない世界線。抗えない魅力を感じつつも、すっぱりきっぱり諦めた方が良いですよね!? ※他サイトにも投稿しています※タグ追加あり

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

処理中です...