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フェリシア殺人事件

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 ※作中、損傷した遺体の表現があります。ご注意ください。



「フェ、フェリシア……」

 エルドゥ王国ミラン第三王子は、魂が抜けたかのように、その場に立ち尽くしていた。

 これはなんだ。

 これは、現実なのか。

 ミランの頭の中は目の前の光景を受け入れることを拒否していた。彼は、いつものように夕飯を終えたあと、愛するフェリシアが待っている「魔法師団団長室」を訪れただけ――。扉を開ければ、彼女が微笑んでミランを迎え入れ、食後の紅茶とお菓子を用意してくれる――。

 そのはずだったのに。目の前には。

 どう見ても「死んでいる」フェリシアが、床の上に倒れていた――。

「あ、あ……」

 ミランはよろよろとフェリシアに近づいた。膝をついて、彼女を抱き上げる。彼女の澄んだ青い目は、光を失っていた。

「そんな、フェリシア、誰がこんな」

 ミランは慟哭した。その声に気がついたメイドが部屋を覗き、悲鳴を上げる。

 ちょうど公務を終えて団長室の近くを通ったエルドゥ王国王太子リステアードが、飛んで部屋に駆け付けた。

「ミラン!」

 だが弟であるミランは答えなかった。愛する恋人を抱きしめ、ただ大声で泣くばかり。

「ああ、フェリシア、フェリシア。くそっ、誰だ、フェリシアをこんなにしたのは……殺してやる!」

「落ち着けミラン」

「うるさい!」

 ミランは兄に怒鳴った。いつもは穏やかなはしばみ色の目が、溢れる涙と激しい怒りに揺れていた。

「いや、落ち着けって」

「これが落ち着いていられるか! こんな……むごい」

 フェリシアの遺体は惨たらしかった。手足は折れ、魔法師団の制服は切り刻まれ、とにかく二目と見られない酷さだ。だから一目で死んでいると、ミランも認めざるをえなかったのだ。治癒魔法をかけたところでどうにもならないだろう。

「痛かっただろうな、フェリシア。ごめんね。守ってあげられなくて。ごめん」

 ミランは抱き上げたフェリクスの潰れた頭をなでた。リボンがほどけ、金色の長い髪がぱらりと広がる。

「別に痛くはないと思うぞ」

 ミランの隣でリステアードがしれっとそんなことを言った。

「兄貴! いい加減にしろよ! フェリシアが死んだんだぞ!」

「いや、フェリシア君は死んでないって」

「死んでない? どー見たって死んでるじゃないか! 下らないなぐさめは……」

「――ミラン殿下、リステアード王太子、お二人ともどうしたんですか……え? わ、私? どうして私がこんなところで倒れてるの?」

 そのとき魔法師団団長室に入ってきたのは……この部屋の主、魔法師団団長、フェリクス・ブライトナー、本名、フェリシア・ローデンバルトだった。

「フェリシア!? 君、死んでないのか? じゃあ、このボロボロなフェリシアは一体……」

 ミランは驚いて、自分の腕の中にいるもう一人のフェリシアを見下ろした。すると「ぼんっ」と大きな音がして、フェリシアの亡骸が、一匹の狸に変わった。

「ポン助!」

 フェリシアがとっさに叫んだ。「ポンちゃん、私に化けていたの? 一体どうして」

 死んだフェリシアに化けていたのは、エルドゥ王国で管理している、狸型魔物のポン助だった。 
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