7 / 67
フェリシア殺人事件
しおりを挟む
※作中、損傷した遺体の表現があります。ご注意ください。
「フェ、フェリシア……」
エルドゥ王国ミラン第三王子は、魂が抜けたかのように、その場に立ち尽くしていた。
これはなんだ。
これは、現実なのか。
ミランの頭の中は目の前の光景を受け入れることを拒否していた。彼は、いつものように夕飯を終えたあと、愛するフェリシアが待っている「魔法師団団長室」を訪れただけ――。扉を開ければ、彼女が微笑んでミランを迎え入れ、食後の紅茶とお菓子を用意してくれる――。
そのはずだったのに。目の前には。
どう見ても「死んでいる」フェリシアが、床の上に倒れていた――。
「あ、あ……」
ミランはよろよろとフェリシアに近づいた。膝をついて、彼女を抱き上げる。彼女の澄んだ青い目は、光を失っていた。
「そんな、フェリシア、誰がこんな」
ミランは慟哭した。その声に気がついたメイドが部屋を覗き、悲鳴を上げる。
ちょうど公務を終えて団長室の近くを通ったエルドゥ王国王太子リステアードが、飛んで部屋に駆け付けた。
「ミラン!」
だが弟であるミランは答えなかった。愛する恋人を抱きしめ、ただ大声で泣くばかり。
「ああ、フェリシア、フェリシア。くそっ、誰だ、フェリシアをこんなにしたのは……殺してやる!」
「落ち着けミラン」
「うるさい!」
ミランは兄に怒鳴った。いつもは穏やかなはしばみ色の目が、溢れる涙と激しい怒りに揺れていた。
「いや、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか! こんな……むごい」
フェリシアの遺体は惨たらしかった。手足は折れ、魔法師団の制服は切り刻まれ、とにかく二目と見られない酷さだ。だから一目で死んでいると、ミランも認めざるをえなかったのだ。治癒魔法をかけたところでどうにもならないだろう。
「痛かっただろうな、フェリシア。ごめんね。守ってあげられなくて。ごめん」
ミランは抱き上げたフェリクスの潰れた頭をなでた。リボンがほどけ、金色の長い髪がぱらりと広がる。
「別に痛くはないと思うぞ」
ミランの隣でリステアードがしれっとそんなことを言った。
「兄貴! いい加減にしろよ! フェリシアが死んだんだぞ!」
「いや、フェリシア君は死んでないって」
「死んでない? どー見たって死んでるじゃないか! 下らないなぐさめは……」
「――ミラン殿下、リステアード王太子、お二人ともどうしたんですか……え? わ、私? どうして私がこんなところで倒れてるの?」
そのとき魔法師団団長室に入ってきたのは……この部屋の主、魔法師団団長、フェリクス・ブライトナー、本名、フェリシア・ローデンバルトだった。
「フェリシア!? 君、死んでないのか? じゃあ、このボロボロなフェリシアは一体……」
ミランは驚いて、自分の腕の中にいるもう一人のフェリシアを見下ろした。すると「ぼんっ」と大きな音がして、フェリシアの亡骸が、一匹の狸に変わった。
「ポン助!」
フェリシアがとっさに叫んだ。「ポンちゃん、私に化けていたの? 一体どうして」
死んだフェリシアに化けていたのは、エルドゥ王国で管理している、狸型魔物のポン助だった。
「フェ、フェリシア……」
エルドゥ王国ミラン第三王子は、魂が抜けたかのように、その場に立ち尽くしていた。
これはなんだ。
これは、現実なのか。
ミランの頭の中は目の前の光景を受け入れることを拒否していた。彼は、いつものように夕飯を終えたあと、愛するフェリシアが待っている「魔法師団団長室」を訪れただけ――。扉を開ければ、彼女が微笑んでミランを迎え入れ、食後の紅茶とお菓子を用意してくれる――。
そのはずだったのに。目の前には。
どう見ても「死んでいる」フェリシアが、床の上に倒れていた――。
「あ、あ……」
ミランはよろよろとフェリシアに近づいた。膝をついて、彼女を抱き上げる。彼女の澄んだ青い目は、光を失っていた。
「そんな、フェリシア、誰がこんな」
ミランは慟哭した。その声に気がついたメイドが部屋を覗き、悲鳴を上げる。
ちょうど公務を終えて団長室の近くを通ったエルドゥ王国王太子リステアードが、飛んで部屋に駆け付けた。
「ミラン!」
だが弟であるミランは答えなかった。愛する恋人を抱きしめ、ただ大声で泣くばかり。
「ああ、フェリシア、フェリシア。くそっ、誰だ、フェリシアをこんなにしたのは……殺してやる!」
「落ち着けミラン」
「うるさい!」
ミランは兄に怒鳴った。いつもは穏やかなはしばみ色の目が、溢れる涙と激しい怒りに揺れていた。
「いや、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか! こんな……むごい」
フェリシアの遺体は惨たらしかった。手足は折れ、魔法師団の制服は切り刻まれ、とにかく二目と見られない酷さだ。だから一目で死んでいると、ミランも認めざるをえなかったのだ。治癒魔法をかけたところでどうにもならないだろう。
「痛かっただろうな、フェリシア。ごめんね。守ってあげられなくて。ごめん」
ミランは抱き上げたフェリクスの潰れた頭をなでた。リボンがほどけ、金色の長い髪がぱらりと広がる。
「別に痛くはないと思うぞ」
ミランの隣でリステアードがしれっとそんなことを言った。
「兄貴! いい加減にしろよ! フェリシアが死んだんだぞ!」
「いや、フェリシア君は死んでないって」
「死んでない? どー見たって死んでるじゃないか! 下らないなぐさめは……」
「――ミラン殿下、リステアード王太子、お二人ともどうしたんですか……え? わ、私? どうして私がこんなところで倒れてるの?」
そのとき魔法師団団長室に入ってきたのは……この部屋の主、魔法師団団長、フェリクス・ブライトナー、本名、フェリシア・ローデンバルトだった。
「フェリシア!? 君、死んでないのか? じゃあ、このボロボロなフェリシアは一体……」
ミランは驚いて、自分の腕の中にいるもう一人のフェリシアを見下ろした。すると「ぼんっ」と大きな音がして、フェリシアの亡骸が、一匹の狸に変わった。
「ポン助!」
フェリシアがとっさに叫んだ。「ポンちゃん、私に化けていたの? 一体どうして」
死んだフェリシアに化けていたのは、エルドゥ王国で管理している、狸型魔物のポン助だった。
1
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
男装魔法師団団長は第三王子に脅され「惚れ薬」を作らされる
コーヒーブレイク
恋愛
クールで女っぽさ皆無の男装魔法師団団長と、婚約者を振り向かせたい年下王子が惚れ薬をつくるために頑張ります。平和な異世界ファンタジー恋愛コメディー。
本編完結しています。あとは、補足的なサイドストーリーをちょこちょこあげてます。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約者のいる運命の番はやめた方が良いですよね?!
月城光稀
恋愛
結婚に恋焦がれる凡庸な伯爵令嬢のメアリーは、古来より伝わる『運命の番』に出会ってしまった!けれど彼にはすでに婚約者がいて、メアリーとは到底釣り合わない高貴な身の上の人だった。『運命の番』なんてすでに御伽噺にしか存在しない世界線。抗えない魅力を感じつつも、すっぱりきっぱり諦めた方が良いですよね!?
※他サイトにも投稿しています※タグ追加あり
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる