62 / 66
62
しおりを挟む夕飯の後、早速ルーカスの毛づくろいを行う。
アレスは黒い櫛を持ってルーカスの背後に座った。いつも湯あみ後に薬草を塗ってもらっている体勢と逆だ。
ドキドキしながらルーカスの背中の上の方に櫛を入れて、下へゆっくり降ろす。
「――わっ」
広い櫛いっぱいにルーカスの銀の毛がついている。予想以上の多さにアレスは驚き、櫛が通った場所を見てみるが、特に毛が減った様子はない。
「いっぱいとれたのに、毛が減ったように見えないね」
「ああ、毛が密集してるからな」
もう一度同じ場所に櫛を通してみるが、また櫛いっぱいに毛が取れる。毛が大量に取れることに楽しくなったアレスは、背中全体に櫛を通していった。
取れた毛は櫛から外して横に置いていくが、それは徐々に大きな毛の塊になっていく。アレスは背中だけでなく、腕やお腹側も夢中になり毛を集めていった。
毛の塊はアレスの頭以上の大きさになる。それを眺め達成感に浸ったアレスは、満足げに息を吐いた。
櫛を離し、両手で大きな毛の塊を集めていく。
「そんなに楽しいのか?」
「うん! 楽しい!」
ルーカスにとっては毎年のことで特に楽しくもないのだろう。アレスが楽しんでいる様子を不思議そうに眺めていた。
この毛たちも宝箱に入れたいが、流石にこれほど大きいものは入らない。毛を少しだけ取って丸めれば入れることができそうだ。
少し櫛で梳いただけでこれほど取れるのなら、今後換毛期が終わるまでに取れる量は相当なものになるだろう。折角のルーカスの毛だ。どうにか使えないかと考えたアレスは、いい事を思いついた。
棚へと向かい大きくて比較的綺麗な布袋を手に取って戻る。その中にルーカスの毛をすべて入れて袋の口をとじた。まだ中身はいっぱいになっていないが、今後、この袋いっぱいに毛が取れるだろう。
「毛を全部入れてどうするんだ?」
「これで枕を作るんだ! きっとこの袋いっぱいに取れるから、フワフワになると思うよ!」
「……そうか」
袋いっぱいに毛が集まった場面を想像したアレスは、笑顔で袋を抱きしめた。
櫛を仕舞おうと手に取ったところで、大事な場所を一か所忘れていたことに気づいた。
「そうだ! 尻尾もさせてもらおうと思ってたんだ」
「尻尾か?」
「うん。いい?」
「ああ」
ルーカスの尻尾を櫛で梳かそうとすると、ルーカスの尻尾が左右にゆっくりと揺れていることに気づいた。片手で優しく握り、もう片方の櫛を持った手で付け根から優しく撫でてゆく。
思った通り、レオパルドの尻尾よりも毛が長くとてもフワフワしている。
「やっぱりルーカスの尻尾のほうがフワフワしてるね」
尻尾の先のほうまでしっかりと梳かしながらそう言うと、ルーカスの尻尾がピクリと反応した。
「アレス、今なんて――」
「ん? 尻尾がフワフワだって」
「いや、違う。そうではなくて」
背中を向けていたルーカスが、体の向きを変えてアレスと向き合う形になる。持っていたルーカスの尻尾はアレスの手の中から離れていった。
「他の奴の尻尾を触ったのか?」
「――え? うん……ダメだったの?」
急にルーカスが真剣な顔で、肩を掴んできたため、アレスは櫛を両手でつかみ、小さな声で答えた。尻尾は触ってはいけない場所なのだろうか。しかし、レオパルドは特に何も言っていなかったし、簡単に触るかどうか聞いてきた。もしかして種族によって尻尾を触る意味が違うのだろうか。
軽率に触ってしまったことを反省しつつ、アレスはルーカスの言葉を待った。
「獣族のか? 誰のだ?」
「レオパルドだけど――」
「――あいつか」
しばらくルーカスは無言で考えていたが、アレスの顔を見てハッとした表情になり、抱き上げて膝の上にのせた。
「怒っているわけじゃない」
「でも……ダメなことだったんでしょ?」
「――尻尾の手当をしたのか?」
「ううん。背中を手当したときに、尻尾で触られたの。そこから流れで――」
「……そうか。普通、尻尾を触らせるのは番同士でしかやらないんだ」
何か言いたげだったルーカスは、一度開いた口をとじて飲み込んだ後、アレスを見つめながら説明した。
「え、そうなの? 獣豹族だけ違うの?」
「いや、あいつも一緒だ」
「そうなんだ……ごめんね。他の人の尻尾を触っちゃって」
「いや、知らなかったんだろ。次からはしないでほしい」
「うん」
どうしてあの時レオパルドが気軽に尻尾を触らせてきたのかアレスは理解できなかったが、今後はルーカス以外の尻尾は触らないと誓った。ルーカスが自分以外の人の髪を触っているのを想像したら嫌な気分になる。きっとそれと同じようなものなのだろう。
アレスはルーカスの体にピッタリと密着し、腕を回す。
診療所では手当の際に体に触れることがあるが、番以外が触れてはいけない箇所は他にあるのだろうか。今後のためにも聞いておかなくてはと思い、アレスはルーカスへと尋ねた。
「他に番以外が触ったらダメなところはあるの?」
「――できれば、どこも触ってほしくないし、触られてほしくない」
「ふふっ、分かった」
アレスに触っていいのはルーカスだけで、ルーカスに触っていいのはアレスだけだ。
きっとルーカスは診療所へ行ってほしくないのだろう。それでもアレスの意思を尊重して止めずにいるのだ。それならば、アレスはできるだけルーカスが不快に思うことがないように心がける必要がある。手当の際も、必要な時以外は相手の体に触れないようにしようと思い、アレスは頷いた。
「――レオとは一度話をしなければな」
アレスが思考しているときにルーカスが発した小さな言葉は、アレスの耳には届かなかった。
63
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる