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しおりを挟む「ルーカス。そろそろ村には慣れたか?」
「ああ、だいぶ。この村はとても居心地がいい」
「そりゃよかった」
村長のティグリスが声をかけてきたので、ルーカスは返事をした。
今日は獣鬣犬族の駆逐日だ。心配そうに見送ってくれたアレスを思い出し、ルーカスは村の方を振り返った。
「どうした?」
後ろを歩いていたウルスが聞いてきたので、ルーカスは首を横に降った。
「いや、アレスが心配で――」
「ああ。なるほどな」
「おいおい、2人がまだ番じゃないってホントかよ」
「いや、俺たちは別に……」
ティグリスも話に入ってきたため、3人は並んで話しながら進む。
「村には独り身の奴だっているんだから、別の奴に取られるぞ。それでもいいのか?」
「――それは駄目だ」
「ティグリス急かすなよ。2人は漸く落ち着ける場所にこられて、今からなんだから」
2人にはルーカスとアレスの今までのことは一通り話してある。確かに、漸く落ち着ける場所に来ることができた。村では爪弾きにされ、アレスと出会い、雪山を命からがら越えてきた。この村では今までになく心穏やかに暮らすことができている。2人を受け入れてくれたこの村には感謝しかない。
アレスが他人に取られてしまうと思うと、心の内側から変な思いが込み上げて来る。彼は自分のものだと、そう思ってしまうのだ。アレスは誰のものでもないのに――
翼がなくなってしまったというのに、全く泣き言を言わず、寧ろ気にしているルーカスを案じているようだった。どうしてアレスはあんなに強いのだろうか。ルーカスがちゃんと守れなかった所為で、気を失って目覚めなかった所為で翼がなくなってしまったと責めてもいいのに、そんなことは一切せずにお礼しか言われていない。
あんなに小さくて軽い体なのに、心は誰よりも強い。
鳥人族の村を出発した時からずっと一緒にいた。寝る時は寒くないようにルーカスの毛で覆って、食べる時も側でずっと一緒だ。この村に来てからも怪我が治るまではと言って、ずっと抱き上げて移動していたが、今日背中の包帯が取れてしまい、抱き上げることができなくなってしまった。怪我が治ってからも抱き上げての移動でいいのに、アレスは自分で歩きたいようでルーカスは離すしかなかった。
抱き上げていると、ルーカスには全く負荷がないし、アレスとくっついていると安心する。何より、何か変化があればすぐに気づけるし、守ることができる。
アレスにはもう2度と怪我をしてほしくない。次は何があっても守って見せる。
――アレスと番に
番を作るなど、今まで考えたことすらなかった。だが、もし番になるのならアレスがいい。アレスしかいらいない。アレスにもルーカス以外の番を作ってほしくないし、自分を選んで欲しい。
番を考える時の一番の懸念点は、ルーカスが獣狼族だということだろう。
捕食者と被食者の関係の種族だ。本能的に無理だと思ってしまうことがあるのではないだろうか。習慣や食べ物、体格も何もかもが違う。
「なあ、ウルス」
「なんだ?」
「ウルスとクニーは番だろ? 種族的に全然違うのに大丈夫だったのか?」
「ああ、最初は大変だったが、ちゃんと話し合いをしていって今は問題ない。ただ、俺は別にクニー達兎人族を食べることもないからな……」
「……そうだよな」
「とりあえず番になりゃいいのに、面倒な奴らだな。どう見ても両思いだろ」
「そんな簡単なことじゃない。ティグリスは番がいないから分かんないんだよ。なぁルーカス」
「両思いってことはアレスが俺を好きだってことか? 本当に?」
嫌われてはいない自信はあるが、恋愛的な意味で好かれているのかはよく分からない。アレスと接している時間は長くはないので、アレスの心を察することはまだできないのだ。
「ああ、さっさと押し倒してやっちまえばいい」
ティグリスの言葉にルーカスは思いっきり咽せた。
アレスの体を思い出す。毛に覆われておらず、触るとスベスベした肌。片手で掴めそうなほど細い腰回り。
ルーカスは勢いよく頭を振って、アレスの体を脳から追い出した。
「おいおい、こんだけ体格差があるんだから、いきなりだと確実にアレスが怪我するだろ」
「怪我!? そうか――そうだよな」
「番になっても暫くはできないだろうよ。後ろを慣らしていかないと」
「慣らすって――」
「おい、奴らが近いぞ。全員集中しろ!」
ティグリスの声に、駆逐隊の皆が一斉に警戒態勢をとる。
奴らの特徴的な模様が見えた時、ルーカスの脳裏には雪山で攻撃されたときの光景がありありと浮かんだ。
もしも、あの時奴らがいなければ、アレスの翼は今でもあっただろう。
心の奥底から怒りが湧いてくるが、必死に深呼吸をして飛び出していきたい自分を止める。
「いくぞ!」
ティグリスの号令で一斉に飛び出し、追い払いにかかる。獣鬣犬達もこちらに気づいていたようで、応戦してきた。
だが、奴らは今のルーカスの敵ではない。
牙を剥き飛びかかってきた者を横から叩き落とし、一撃で気絶させる。
奥ではウルスが暴れているのが見えた。他の皆も、それぞれ襲いかかってきた者を撃退している。
獣鬣犬族は牙が鋭く、顎の力が強いため、噛みつかれてしまうと肉ごと持っていかれてしまう。そのため、事前の打ち合わせで噛みつかれる前にこちらの攻撃を当てることにしていた。駆逐隊の中でも攻撃が早く強いものが前線に出て攻撃を行う作戦だ。
どんどん追い詰められた獣鬣犬達は降参し、この付近から撤退することを約束した。
少し暴れ足りない気もしたが、降参した相手に手を出す気も起きない。
村へ戻るとルーカスを見つけたアレスが駆け寄ってきた。抱きついてきたため、ルーカスも抱きしめ返す。もう、敵はいないから安心して過ごすことができる。これでアレスが狙われることもない。ルーカスはアレスと一緒に並んで歩きながら自宅へと帰った。
******
次の日、ルーカスは1人で診療所へと向かう。アレスはクニーの元へ行ったので、丁度良かった。
診療所へ着いたルーカスが扉を開くと、中には先生が1人でいた。
「ルーカスじゃないか? どうしたんじゃ? 怪我かの?」
「ちょっと相談があって」
「ほう、そうか。ここに座りなさいな」
進められた椅子に座ると、先生も話を聞くためにルーカスの近くの椅子に座った。
「それで、何かあったのかの?」
「アレスの背中の怪我のことだ」
昨日、ルーカスは初めてしっかりとアレスの背中の傷を見た。包帯が取れて治っているという話だったが、あまりにも酷い怪我だったことが分かる。
傷の周りの皮膚はひきつれており、薄い皮膚が傷の部分を辛うじて覆っているだけだった。血は出ていないが、全然治っていないじゃないか、とルーカスは見た時に驚いてしまった。
薬草を塗る時も、傷口の周りからそっと塗っていくことしかできなかった。その触り方がくすぐったかったようで、塗り終わった時にはアレスの顔も背中も赤みが増して、涙目になっており、ルーカスはその姿にドキドキしてしまったが――
だが、今はその話ではない。昨日のアレスの色っぽい姿ではなく、傷のことだ。
「全然治っていないように見えたんだが……」
「まぁ、獣狼族と鳥人族では治癒速度が全然違うからな、仕方ないじゃろな」
「そうなんだが……傷跡は残るんですか?」
「ああ、残念ながら。かなり大きな怪我だからのう。それに無理な力で引っ張られたように傷口が裂けてしまっておるからな」
「裂けて……」
「ああ、相当痛かったじゃろうな。じゃが、アレスはルーカスに心配をかけまいと、包帯が取れるまでは見せないようにしておったぞ。あんまり本人には言ってやるなよ」
「ああ、分かってる」
傷口が裂けてしまっていたせいで、傷跡は残ってしまうようだ。あんなに綺麗な体なのに、毛が無いせいで傷跡だけが浮き出ているように見えてしまった。
「傷跡を薄くすることはできないんですか?」
「薬草を風呂上がりに塗っていれば、多少は薄くなるじゃろう」
「そうですか。分かりました」
お礼を言った後、ルーカスは診療所を後にした。
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