上 下
130 / 164
第五章 虚空記録層(アカシックレコード)

第11話 動き出す影とそれぞれの思惑

しおりを挟む
 冬夜たちが話し合いを始めた頃、すっかり日が落ちて暗闇の支配するとある墓地。数少ない街頭に照らされた薄暗い墓石の前に、花束を持ち片膝をつく響がいた。

「遅くなってすまない。冬夜はかなり成長しているよ……」

 冬夜の実家からほど近い天ヶ瀬家の墓。墓石の隣に立つ墓誌には「天ヶ瀬 瑠奈」の名前が刻まれている。持ってきた花を供え、目を閉じて手を合わせていた時だった。

「あらあら、こんなところにいらしたのですね」
「俺の大切な時間を邪魔しようとするのであればいかなる者でも容赦しない……たとえ魔法を消し去る者ソーサリーブレイカーの異名を持つお前でもな、
「面白いですわ。私を楽しませていただけるなんて心が踊りますね」

 どこからともなく暗闇から現れたのはアビーだった。上半身はピンク色のシャツ、黒を基調としたガウチョパンツに同色のコートを着ており、右手に握られたポイズニングダガー・スコルピオが月の光に照らされて怪しく光っている。

「いったい何の用だ?」
「私はあなたに用などありません、ので、仕方なく伝えに来て差し上げただけですわ」
「ふん、相変わらずノルンの言うことには忠実なんだな。……話の内容によっては手荒なことも辞さないつもりだが?」

 響の瞳が赤く輝くと魔力が増大し、周囲の墓石や草木が軋むような音を立てながら振動し始める、しかしアビーに全く動じる様子はなく、待ち望んでいたかのように目を細めると口元が吊り上がる。

「素晴らしいですわ! 怒りによって魔力が増大して……今すぐめちゃくちゃにしてあげたい、肉を切り裂き血を滴らせその痛みと苦しみに悶える甘美な悲鳴を聞かせてほしいものですね」
「相変わらず悪趣味なヤツだ……」
「悪趣味とは心外ですね、私の崇高な考えを理解できるのはノルンお姉さまだけ。障害があるならば取り除くまで……そう、いけませんわ」

 右目は前髪で隠れているため伺いしれないが、明確な殺意が宿る左目から放たれる視線が響の心臓を射抜くように突き刺さる。

「良かろう、相手になってやろうと言いたいが、ここは場所が悪い」
「最愛の奥様が眠っている墓前で負けることなんてできないですよね?」
「誰が貴様ごときに負けるというのだ?」
「実に良いですね、私の新しいおもちゃにふさわしいですよ! アレフェイと一緒に可愛がってあげますわ」
「一撃で終われば被害は最小限ですむな」

 響が構えをとると同時に、全身から魔力が溢れ出す。アビーもポイズニングダガーを握り直し、お互いが一歩踏み出そうとした時だった。

「アビー、とは許可していませんよ」

 二人の脳内にノルンの声が響く。

「お姉さま、ごめんさない。面白そうなおもちゃが目の前にいたのでつい目的を忘れてしまうところでしたわ」
「高みの見物とはずいぶん偉くなったもんだな? ノルン」

 夜空に輝く月を睨みつけながら語気を強める響。だが視線の先にノルンの姿はない。

「あらあら、そんなに熱い視線を送られても困りますわ。あなたのお相手をしているほど暇ではありませんので」
「ふざけるな! さっさと要件を話してもらおうか。貴様と話すだけで虫唾が走る」
「ずいぶん冷静さを失われていますね。感情に流されて大切なことを見落とすところは親子とも同じようですね」
「お前に指図される筋合いなどない!」

 響の言葉には耳も貸さず話し続けるノルン。

「まあいいですわ、アビーと遊んでいただけたお礼も兼ねて私から直々にお話して差し上げましょう」
「いちいち癇に障る野郎だな……さっさと用件を言え!」
「ふふふ……まだお気づきになられていないようですね。あなたが見たは本当にだったのでしょうか?」

 ノルンの言葉を聞いた響の表情が一変し、全身を覆う魔力が怒気をおびて更に強さを増す。

「言っている意味が分からないな、貴様の言うことを信用すると思うか?」
「理解していただけるとは思っておりませんよ。ですが、今一度ご自身の目で?」
「は、やはり時間の無駄だったな、俺は成すべきことを成すだけだ!」

 吐き捨てるように言葉を残すと闇に紛れるように消えていく。残されたアビーは立ち並ぶ墓石の奥に広がる暗闇に話しかける。

「ノルンお姉さま、これでよかったのでしょうか?」
、よく我慢しました」

 闇の中から音もなくノルンが姿を現す。

「クロノスの思い通りになんてさせませんわ、私たちの理想のためにも」
「お姉さま、すぐに次の作戦へ取り掛かりましょう。アイツクロノスに先を越される前に」
「そうね、誰よりも早く本物の虚空記録層アカシックレコードを手に入れるために……」

 二人が仲良く並び歩き始めると暗闇に溶け込むように姿が消えていく。後には天ヶ瀬家の墓前に置かれた花束だけが虚しく風に揺れていた。

 ノルンの指す「本物の虚空記録層アカシックレコード」とは……
 はたして響は何を見たのだろうか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

処理中です...