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幕間④

閑話 美桜の一布観察日記①(後編)

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「くっ! さすが一布さんっすね」
「何というか……」

 お腹を押さえて笑いをこらえるレイスと複雑な表情の冬夜。

「まだまだ続きがあるのです! 聞きたいですか? 聞きたいですよね? 仕方ありません、お話するのです! さっき話したのは去年の夏休みに入るちょっと前の話だったのです。それから一週間後のお話なのです!」

 美桜はノートをめくると再び語り始めた。冬夜とレイスはノートに顔を近づけ、夢中になって聞いていた。すぐそばに三人にとって最大の災厄が近付いていることに気付くはずもなく……


 言乃花からメッセージが届いて一週間後が経過した。今日も道場内に一布の断末魔に似た叫び声が響き渡っていた。

「相変わらず毎日懲りずに頑張るのですねー。でもあの調子ではまだまだ時間がかかりそうなのです」

 鍛錬場の入り口からこっそり中を覗いていた美桜が呆れた声でつぶやく。

「師範! もう一度お願いします!」
「いい心がけだ! 何度でもかかってこい!」

 鍛錬場の端まで吹き飛ばされた一布が再び構えを取り、中央に立つ健太郎に向かい走りだす。

「闇雲に走ってきても意味はないぞ!」
「これも作戦のうちです! 師範、行きますよ!」

 全力で向かってくる一布に対し、ゆっくりと構えをとる健太郎。目前まで迫ってきた一布に対し、右手で正拳突きを繰り出した瞬間だった。

「……ほう、

 突き出した拳は空を切り、残された残像がゆっくりと消えていく。誰もいなくなった空間に向け、健太郎が不敵な笑みを浮かべる。

「俺を欺くとは……なかなか成長したな」
「師範、今日こそ一本取らせていただきます!」
「まだ詰めが甘い! そこだ!」

 そう言い放つと同時に健太郎が背後に向かい回し蹴りを放つ。すると何かにぶつかるような鈍い音とともに、身体をくの字に曲げた一布が放物線を描きながら吹っ飛んでいく。

「なんで……完璧に気配は消したはずなのに……」

 鍛錬場の壁に設置されたマットに激突し、そのままずるずると座り込むように崩れ落ちる一布。

「甘いわ! 残像でひきつけるまでは良かったが、微かな気の乱れが生じている」
「しまった……油断しました……」

 項垂れるとそのまま気を失ってしまった。

「あわわ……一布お兄ちゃんが大変なのです!」

 美桜が慌てて一布のもとへ駆け寄ろうと引き戸に手を掛けた時、聞き覚えのある声が頭の上から聞こえた。

「美桜はここで待っていなさい」
「え? ? いつの間に帰ってきたのです?」
「美桜を驚かせようと思って内緒にしていたのよ」
「ずるいです! あっ、一布お兄ちゃんを助けに行かないとです!」
「大丈夫よ。その前にお父様と話があるから」

 言乃花は入口で一礼すると、健太郎のもとへ向かった。

「言乃花、ただいま戻りました」
「うむ、案外早く着いたな」
「はい。予定よりも早く着きましたので、先ほどの一布との手合わせを拝見しておりました」
「そうか、一布の成長は目を見張るものがあるが、まだまだ甘いな」

 言乃花の言葉を聞き、余裕の表情で答えた健太郎の表情が、次の一言で曇る。

「お言葉ですが、よね、師範?」
「聞き捨てならんな。手加減などしておらん!」
「そうですか。では道着の左肩の部分が切れておりますのはどうしてでしょうか?」

 ハッとした健太郎が左肩を触ると道着に鋭い刃物で切られたかのような切れ込みがあった。

「そうかそうか。一本取られたな! 言乃花、一布を医務室へ頼む」

 嬉しそうな表情で大きな笑い声をあげると笑顔のまま鍛錬場を後にする健太郎。

「美桜、医務室に運ぶのを手伝ってくれる?」
「はいです! 美桜もお手伝いするのです!」

 言乃花と美桜によって医務室へ運ばれた一布。ベッドで寝息を立てる様子を見てホッとした表情になる言乃花。

「まったく……無茶ばっかりするのは相変わらずね」
「ところで言乃花お姉ちゃん? 一布お兄ちゃんが付き合ってもらう用事って何のことなのです?」
「美桜も聞いていたのね。に誘われているのよ、うちの道場から代表者二名を選んで。お父様と参加する予定だったのだけど、一布の成長が著しいから今回は二人で参加するように言われていたの」
「ん? それとお父さんから一本取ることとの関係がわからないのです」

 不思議そうな顔をした美桜が言乃花に聞き返す。

「それはね、ただ参加するよりも気合が入るでしょ? よ? 一布が起きたら伝えておいてね」
(あーこれは……一布お兄ちゃん、ご愁傷様なのです)

 美桜へ伝えると医務室を後にする言乃花。まさか更なる試練が待ち受けるとも知らずに一布は幸せそうに眠っている。

「ふ、ふ、ふ、まだまだ面白いことが起こりそうなのです!」

 楽しそうにノートに鉛筆を走らせる美桜。この後一布に更なる悲劇が襲うのはまた別の話。


「……というわけなのです!」
「一布さん、よく生きて帰ってこれたな……」
「そんな裏話があったとは知らなかったっすね。ところで続きはないっすか? うちに来るまでにも何かあったような気がするんすよね」
「もちろんあったのです。目を覚ました一布お兄ちゃんに言乃花お姉ちゃんが……」
「ふうん、といけなさそうね?」

 背後から猛吹雪が吹き荒れるような凍てつく声が響き、三人の表情が瞬時に固まる。そのままぎこちなく振り返ると、腕を組み笑顔で仁王立ちする言乃花。

「お、お、お、お姉ちゃん……い、いつからそこにいたのですか?」
「『やったー! 言乃花ちゃんから返事が返ってきた!』ってところかしら?」
「最初から聞かれていたのか(っす)(です)」
「さて、三人ともみたいね?」

 敷地内に三人の絶叫が響き渡った。その後、保養所の朝食会場に三人は燃え尽きた灰の様に真っ白な顔で現れ、メイとソフィーが慌てふためくことになるのだが、そのお話はまたの機会に。
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