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ポッコチーヌ様のお世話係

マクシミリアンの過去①

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 ガルシア家が第一に掲げるのは『美』である。ガルシア家の名を名乗るものは美しくあらねばならない。他の追随をゆるさぬ美貌、その外見に恥じぬ教養、それを持ってこそ初めて、血族と認められるのである。
 ガルシア家と縁を結ぶものも同様である。厳しい審査を通り選ばれた者は、更に厳格なルールを強いられる。
 それでも名家と繋がることを望む貴族は後を絶たない。そして、それは、王族とて例外ではない。高いカリスマ性を持つ彼らは国内外に強い影響力を持つ。教祖のように崇める信奉者を利用し、財力と権力を増幅し続けるのである。

「奴隷解放令の一番の妨げになったのはガルシア家だと言われている。表立っては口を出さないが、王妃や息のかかった権力者を使い、陛下に圧力をかけていたらしい」

 ニコライは机に足を乗せ、椅子にだらりと凭れ掛かる。背中に巻き込まれた長い茶髪がぐしゃぐしゃと乱れるが、本人はお構い無しだ。見た目は貴公子然としているのに、中身は貴族と思えないほど粗野である。
 マクシミリアンが漸く寝付いた後、廊下へ出たゲルダは鍛錬場に戻るべく歩いていた。そこでまた、ニコライに捕まってしまう。そして、彼の執務室に連れ込まれたという訳だ。

「ガルシア家はシャンピニに対して嫌悪を感じておいでのようですね。団長の発言から窺えます」
「根拠の無い差別だ。それに、どうやら奴隷商人と繋がりがあったらしい。いくつかの商家を経由して密かに利益を得ていたようだ。大方貴族連中への斡旋だと推測されるがな」

 しかし、国王陛下は確固たる意志を持って奴隷解放の発令を押し通した。
 現国王は、ガルシア家に信頼を置きつつも、今までのようなベッタリと癒着した関係は望んでいないという。
 故に、ガルシア当主から度々もたらされる進言も過剰な干渉と捉え、取り合わないことが多い。

「そして、焦りを感じたガルシア家現当主、つまりマクシミリアンの父親だが、跡取り息子を騎士団へ送り込んだという訳さ」
「つまり、団長はガルシア家のスパイだと?」
「そう思うか?」

 ゲルダはすかさず首を振る。

「とてもそのように見えません。団長はなんと言うか、……不安定です。何かを探るなどという任務はこなせそうにない」
「騎士団に入った頃はそうでもなかったさ。まるで水を得た魚のようだった。あの家から離れることができたという意味では良策だった。けどなぁ……」

 騎士団の中にも、ガルシア家の威光を目当てに取り入ろうとする輩が大勢いた。そして、弱味を握ろうと画策する者も。しかし、誘惑と陰謀が渦巻く中であってもマクシミリアンの吸引力と才気は陰ることなく、瞬く間に昇進していった。
 やがて、マクシミリアンは若くして白騎士団長に抜擢される。しかし、その頃から徐々に、精神のバランスを崩していったのだという。

「かといってあいつを家に戻すのは逆効果だと思った。だから、寝泊まりできるよう執務室を改築したんだ。俺が上に掛け合った」
「……仲がよろしいのですね。副団長と団長は」
「学生の頃からの付き合いだ。俺の方が二年先輩だけどな」

 ニコライは机から足を下ろし、椅子に座り直した。そして、デスクの向こうから真っ直ぐにゲルダを見た。

「俺は奴を救いたい」

 ニコライの背後から差し込む黄色い日差しが、その顔に影を作る。ゲルダは返すべき台詞が見当たらず、山吹色の部屋で自らも染まりながらニコライの言葉を待った。

「手を貸して欲しい」
「副団長は私を買いかぶり過ぎでは」
「猶予がない。他団からもマクシミリアンの素行を勘ぐる声が上がっている。それに、来年は建国百周年だ。記念式典を始め数々の行事が目白押し。つまり、騎士団及び騎士団長が公の場に駆り出される。これまでのように誤魔化しはきかない」
「かと言って、私に何をしろと」

 ニコライは大真面目な顔で言った。

「わからん。けど、予感がする。ゲルダはこの窮地を救う救世主だと」

 絶句するゲルダに、ニコライは尚も言い募った。

「この時期に、君がこの場所へ来た。それこそが運命としか思えない。神の采配だ」
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