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母様②
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メイジーは膝に顎を乗せ、長いまつげを伏せる。
「その日から母様は掌を返したように冷たくなった。母様と呼ぶことも禁じられた」
食事も与えられず、メイジーは仕方なく自分で調達することにしたのだと言う。ペローと自分の分の食料を森の中で探してこっそりと食べた。母親は唯一の部屋を占拠し、メイジーたちの立ち入りを許さない。目に映すのも声を聞くのも腹ただしいらしく、物を投げて怒鳴り散らされる。メイジーとペローは土間の片隅で身を寄せ合って過ごしていた。
「なんで母ちゃんは突然態度を変えたんだ?」
ジャックが訊ねれば、メイジーは側に生えている草を指で挟み、擦りながら答えた。
「多分、興味がなくなったんだろうな」
「興味って……自分の子供だろう?」
メイジーは草をちぎって投げる。
「多分母様も普通じゃない。母様が価値を感じるのは『完成形』母様の中には親子の情など存在しないんだ。私たちが期待外れだったことに気付いて、要らなくなったんだよ」
ジャックは絶句し、いつの間にか止めていた息を吐く。メイジーが語る憐れで不可解な境遇になんとも言えない心境になり、脱力して腰を下ろした。
「だったら居候している男ってのは、母ちゃんにとって『完成形』ってことか? そんなにいい男なのかよ」
メイジーはフンと鼻を鳴らす。
「ただのおっさんだ。とても臭い奴だ」
「それだけ聞くなら俺とたいして変わらねぇな」
ガシガシと髪を掻くジャックを、メイジーが赤くなった瞳でじっと見た。
「ジャックはかっこいいし、いい匂いだ。全然違う」
そのように堂々と褒められるのは初めての事である。しかし、メイジーの言葉には嘘はない。ジャックは照れくさくなり鼻を掻く。
出会ってから数時間しか経っていないが、彼女のことは理解していた。社会の中で暮らしていないゆえのズレはあるが、その分擦れておらず素直で真っ当だ。
ジャックはその純粋さを見抜いていた。
うどの大木扱いされることも多いが、ジャックだとて思考はする。
ジャックは、子供のころから並外れて強い勘を持っていた。五感で拾う情報で頭の中がすぐいっぱいになってしまう。そのひとつひとつを掘り下げていてはいくら時間があっても足りないし、ひどく疲労する。だから、自然と振り分ける癖がついた。好きか嫌いか、良いか悪いか、危険か安全か。即座に判断し、陰とみなしたものにはできるだけ深入りせずに他人に投げる。世の中には、複雑に思考を巡らし策略を立てるのが好きな人間というものが存在するのだ。
ジャックはメイジーに好感を持ち、敵ではないと判断した。
自慢じゃないが、この手の勘は外したことがない。
「その日から母様は掌を返したように冷たくなった。母様と呼ぶことも禁じられた」
食事も与えられず、メイジーは仕方なく自分で調達することにしたのだと言う。ペローと自分の分の食料を森の中で探してこっそりと食べた。母親は唯一の部屋を占拠し、メイジーたちの立ち入りを許さない。目に映すのも声を聞くのも腹ただしいらしく、物を投げて怒鳴り散らされる。メイジーとペローは土間の片隅で身を寄せ合って過ごしていた。
「なんで母ちゃんは突然態度を変えたんだ?」
ジャックが訊ねれば、メイジーは側に生えている草を指で挟み、擦りながら答えた。
「多分、興味がなくなったんだろうな」
「興味って……自分の子供だろう?」
メイジーは草をちぎって投げる。
「多分母様も普通じゃない。母様が価値を感じるのは『完成形』母様の中には親子の情など存在しないんだ。私たちが期待外れだったことに気付いて、要らなくなったんだよ」
ジャックは絶句し、いつの間にか止めていた息を吐く。メイジーが語る憐れで不可解な境遇になんとも言えない心境になり、脱力して腰を下ろした。
「だったら居候している男ってのは、母ちゃんにとって『完成形』ってことか? そんなにいい男なのかよ」
メイジーはフンと鼻を鳴らす。
「ただのおっさんだ。とても臭い奴だ」
「それだけ聞くなら俺とたいして変わらねぇな」
ガシガシと髪を掻くジャックを、メイジーが赤くなった瞳でじっと見た。
「ジャックはかっこいいし、いい匂いだ。全然違う」
そのように堂々と褒められるのは初めての事である。しかし、メイジーの言葉には嘘はない。ジャックは照れくさくなり鼻を掻く。
出会ってから数時間しか経っていないが、彼女のことは理解していた。社会の中で暮らしていないゆえのズレはあるが、その分擦れておらず素直で真っ当だ。
ジャックはその純粋さを見抜いていた。
うどの大木扱いされることも多いが、ジャックだとて思考はする。
ジャックは、子供のころから並外れて強い勘を持っていた。五感で拾う情報で頭の中がすぐいっぱいになってしまう。そのひとつひとつを掘り下げていてはいくら時間があっても足りないし、ひどく疲労する。だから、自然と振り分ける癖がついた。好きか嫌いか、良いか悪いか、危険か安全か。即座に判断し、陰とみなしたものにはできるだけ深入りせずに他人に投げる。世の中には、複雑に思考を巡らし策略を立てるのが好きな人間というものが存在するのだ。
ジャックはメイジーに好感を持ち、敵ではないと判断した。
自慢じゃないが、この手の勘は外したことがない。
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