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圧倒的な力の前で燃えゆく命

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 神官学校の試験を受けたその日の夜、私は工場の中であわただしく働いていた。
 既に定例になりつつある工場での週一夜会議。新商品の開発について、工場長とディランを筆頭にユアン、キースさんらが議論を白熱させていた。この会議を見越してリタ達は新商品の試作品を作っていたのだろう。

「あれ……もう飲み物がない。ねぇ、グレイス悪いんだけど、家からお茶を取ってきてくれないかな」

 会議が終盤に差し掛かった頃、ティーポットを覗きながらキースさんが申し訳なさそうにそう言った。

「勿論ですわ。お茶菓子もご用意いたしますわね」

 新商品に関する結論は出ていたが、彼らは何やら話足りないと言った様子だ。ちょうど椅子に座っていることにも飽きていたので快諾する。


 小走りに工場から出ると、そこにはフレデリックの姿があった。

「あら、フレデリック様、いらっしゃったんですね。そんな場所にいらっしゃらないで中に入られたらいいのに」

 木に寄りかかりながら何かを考えているような彼に声をかけると、珍しく気弱な笑みを返す。

「お前が出てくるのを待ってた」

「あら、私にご用でしたの?」

 森の主の件以来、オリバーのように我が家や工場に顔を出すようになったフレデリック。ただ言葉らしい言葉を交わしていなかったので、『用がある』と言われると妙な緊張が走る。

「北の湿地で火竜が暴れているって情報が入ってな。ギルドで極秘裏に討伐して欲しいって依頼が来たんだ」

「まぁ……」

 魔王城があるといわれる場所の近くには『火竜』など狂暴な魔物が多く出没するといわれている。

「火竜って暴れるんですのね」

 ただ、それが暴れているという情報を聞くのは初めてだった。

「他の竜と比べたら気性が荒いからな。まぁ、普段はそんな情報は流さないから、知らないのも無理ないがな」

 城壁外のこととはいえ、火竜が本気を出せば王城まで一っ飛びだ。『火竜が暴れている』という情報が流れては無駄に民衆は混乱するだろう。

「暴れる火竜なんて存在しないから軍や騎士団も動かせない。だから国から多額の報酬が支払われギルドが討伐するんだ」

 火竜について語るフレデリックの横顔は真剣そのものだった。ギルドマスターとして重すぎる責任を感じているのだろう。

「それで明日から北の湿地に遠征に行くことになった。当分、顔を出せなくなるから言っておこうかと」

 よく見れば普段よりも重装備で今直ぐにでもどこかへ行けそうな出で立ちだ。

「で、だ。ここから本題だ」

 そう言うとフレデリックはもたれていた木から身体を起し、私との距離を縮める。

「お前も来ないか」

 突然の申し出に私は目を白黒させる。

「わ、私がですか?」

「ああ」

「で、でもお役に立てませんよ?料理だって屋外で作った経験はありませんし、治療だってできません」

 火竜を倒しに行くような凄腕のメンバーの中で私が役に立つわけがない。元冒険者である工場長の調理の腕を見ても分かるが、同じ薪を使って料理するにしても屋内と屋外では、必要な技術が大きく異なるに違いない。

 治療の真似事をしたことはあるが、それでも予防や簡易処置に他ならない。魔物と戦うような人々を癒すことはできない。そもそも王城から出たことがない私は足手まとい以外の何ものでもないだろう。

「側にいてくれるだけでいい」

 暗くて気付かなかったが、その言葉で初めて彼の眼差しが何時もとは異なっていたことに気付いた。

「どんな危険があってもお前を守る。役に立たなくてもいい。足手まといでもいい」

 フレデリックはそう言うと私の左手を取り、キースさんがくれた指輪を親指で押さえる。もし彼がそのまま手を引けば、指輪は外れるだろう。

「絶対幸せにする。苦労だってさせない。だから一緒に来い」

 普段はディラン達と軽口をたたき合っている彼だが、その言葉にはひとかけらの冗談も感じられなかった。これはハッキリさせなければいけないやつだ。私はコッソリ息を吸いながら言葉を選ぶ。

「ギルドの命運をかけた大切なお仕事にも関わらず、私をお誘いくださり、ありがとうございます」

 おそらくフレデリックが言っているのは『火竜討伐』の話ではない。

「ですがフレデリック様に大切なお仕事があるように、私にも大切な仕事があります。それはここでしかできないことです」

 指輪の上にのせられた彼の手に、自分の右手を重ねゆっくりと引き離す。

「ここでキース様と一緒にお帰りを待っております。ご武運をお祈りしておりますわ」

 それは彼へ向けた正直な気持ちだったが、自分の中で一つの答えが出ていたことに気付かされた。その言葉の意味を理解したのか、フレデリックは「ははっ」と軽く笑うと

「すまん、冗談だ。忘れてくれ」

と弱々しく呟いた。その声はあまりにもか細く、夜風にさらわれてしまうのではないかと心配になるほどだった。
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