銭湯エルフと恋の夏

チョコレ

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(85)エルフと一歩

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フィリアの小さな声に、ばあちゃんは驚くこともなく、いつものように穏やかな笑みを浮かべた。その優しい表情に、フィリアの緊張が少しほぐれたように見える。
「どうしたんだい、フィリアちゃん?何か困ったことでもあるのかい?」

フィリアは視線を下げ、頬をほんのり赤く染めながら両手をぎゅっと組む。その仕草には、何かを言おうとする決意がにじんでいた。小さく息を吸い込み、彼女は勇気を振り絞って言葉を紡いだ。

「その…毎日忙しそうなユウトさんに、少しでも休んでいただけたらと思いまして…わ、私、お料理を作らせていただきたいのです。それで、おばあさま、もしよければお料理を教えていただけませんか…?」

突然の申し出に、俺の心臓が軽く跳ねた。あのフィリアが、自分からこんなことを言い出すなんて――。ばあちゃんも驚いたのか、一瞬目を瞬かせたあと、にっこりと笑みを浮かべて軽く手を打った。

「そりゃ嬉しい話だねえ!」ばあちゃんの声はどこか弾んでいる。「悠斗も、フィリアちゃんが作ったご飯なら、きっと喜ぶよ。でもね、うちには特別な材料なんてないからね。冷蔵庫にあるもので簡単な料理になっちゃうけど、それでもいいかい?」

フィリアは少し緊張しながらも、目にははっきりとした決意が宿っていた。「も、もちろんです!」と力強く答える。その一生懸命な姿に、俺は思わず笑みをこぼしそうになった。

ばあちゃんはフィリアの真剣な表情をじっと見つめ、さらに優しく微笑む。「よし、じゃあ七時になったら私が悠斗と番台を交代するから、それまでにキッチンで一緒に準備を始めようかね。」

その言葉にフィリアの顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに何度も頷く。その純粋な笑顔を見て、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。これまでずっと、俺が誰かのために準備をしたり頑張ったりすることが当たり前だった。けれど、今回は違う。今度はフィリアが俺のために何かをしてくれる――その事実が、どうしようもなく胸に響いていた。

その思いが尾を引いたのか、営業中もどうにも落ち着かなかった。時計の針が七時に近づくにつれ、気づけば何度も時間を気にしてしまう。心の中では、早くその瞬間が来ないかと願う自分がいた。

ついに七時。ばあちゃんが番台にやってきて、俺ににっこり微笑みかける。
「フィリアちゃん、頑張ってるから、あんたはゆっくり楽しんでおいで。」

その一言に背中を押されるように、俺は急いで家の方へと戻り、食卓へ向かった。しかし、そこにはまだ何も並んでいなかった。準備中なんだろうと考え、静かにキッチンを覗き込む。

そこで目にしたのは、普段とは少し違うフィリアの姿だった。
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