銭湯エルフと恋の夏

（８３）エルフと勇気

湯気が立ちこめる浴室の中、フィリアは肩にタオルをかけ、慎重に湯船に足を浸した。その動作のぎこちなさに気づいたお姉さんが、ぱっと目を輝かせる。

「フィリアちゃん、本当にかわいいわね！そのタオルの巻き方も完璧だし、この銀髪とエメラルドグリーンの瞳…本当に奇跡みたい。」

褒め言葉を受けたフィリアの顔が赤く染まる。彼女はうつむきながら小さな声で答えた。
「そ、そんな…お姉さまがそうおっしゃるなんて…でも、ありがとうございます。」

お姉さんは湯船に浸かりながら、優しく微笑むと、フィリアの肩にそっと手を置いた。
「自信を持っていいのよ。悠斗くんも、きっと同じことを思ってるわ。」

その言葉にフィリアは少し安堵の表情を浮かべたが、ふと真剣な面持ちでお姉さんを見つめた。
「お姉さま…私ばかり褒めていただいて恐縮ですわ。でも、お姉さまの黒髪もとても素敵ですの。光を受けて艶やかに輝いていて、まるで絹のようで…」

予想外の言葉にお姉さんは一瞬驚いたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「まぁ、ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいわ。」

フィリアは少し口ごもりながらも、恐る恐る続けた。
「そ、それで…お姉さまに、少しご相談したいことがございますの。」

「なぁに？言ってごらんなさい。」
お姉さんは湯船の縁に手をつき、促すように微笑む。その優しさに触れて、フィリアは少し緊張を解き、手をぎゅっと握りしめて口を開いた。
「ど、どうすれば…頼られる人になれるでしょうか？」

その問いに、お姉さんは一瞬驚きつつも、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「頼られる人、ね。それはどうして？」

フィリアは恥ずかしそうに視線を落とし、ためらいがちに答えた。
「それは…その…ユウトさんが…いつも私に良くしてくださって…お返しをしたいのですわ。でも…何をすればいいのか分からなくて…。」

お姉さんは納得したように頷き、湯気の中で微笑んだ。
「なるほどね。悠斗くんに恩返しがしたいのね。」

フィリアの顔がさらに赤くなり、小さく頷く。
「そ、その、お姉さまがユウトさんにたくさん頼られているのを見て…う、羨ましいなって思ってしまいましたの…。私、こちらに来てからずっとユウトさんに頼りっぱなしなので…。」

お姉さんは少し考え込むような表情を浮かべながら、優しく言葉を紡いだ。
「まずは、悠斗くんがどんなことを大切にしているのか、じっくり観察してみることね。彼が少しでも楽になれるようなことを見つけて、支えてあげるのが一番よ。」

「支える…」フィリアはその言葉を繰り返した。

お姉さんは湯船から少し身を乗り出し、フィリアを真っ直ぐに見つめる。
「それにね、待つだけじゃなくて、自分から動くことも大事よ。」

「自分から…動く…」

「そう。悠斗くんって、あまり自分の気持ちを口にしないタイプでしょう？だから、何をすれば彼が喜ぶか、自分で考えて行動してみること。待ってるだけじゃ、伝わらないこともあるわ。」

フィリアは真剣な表情でその言葉を受け止め、静かに頷いた。
「そう…ですのね。自分から動いて…勇気を持つこと…」

お姉さんは柔らかく微笑みながら続けた。
「でもね、無理をする必要はないわ。フィリアちゃんが自然体でいること、それが何より悠斗くんに安心を与えるのよ。」

フィリアが不思議そうに顔を上げると、お姉さんは優しく目を細めた。
「実際ね、フィリアちゃんが来てから、悠斗くん、すごくいきいきしてるの。あんな幸せそうな顔、これまで見たことないわ。」

その言葉にフィリアの顔は一気に真っ赤になる。
「そ、そんな…私は何もしておりませんの…！」

お姉さんは穏やかに笑いながら湯船に戻ると、静かな声で続けた。
「そんなことないわ。フィリアちゃんがいるだけで、悠斗くんにとって十分特別なのよ。そのうえで、自分から動けるようになれば、もっと頼られる存在になれると思うわ。」

フィリアはその言葉を心に刻むように、小さく深呼吸をした。
「お姉さま、ありがとうございます…。わ、私なりに、自分から動いてみますの。」

お姉さんは満足げに微笑み、湯船の縁に手を置いた。
「それでいいの。一歩一歩が大事だから。応援してるわ。」

「…はい！」

フィリアは力強く返事をし、その瞳には覚悟の光が宿った。その決意を感じ取ったお姉さんも、静かに微笑み返していた。