銭湯エルフと恋の夏

（５９）エルフと気遣い

フィリアの手が俺のパジャマのズボンに触れた瞬間、心臓が跳ね上がる音が耳に響いた気がした。反射的に上体を起こし、慌てて彼女の手を掴む。その動きはぎこちなく、呼吸が乱れているのが自分でも分かる。

「ちょ、ちょっと待った！」
声が裏返りそうになりながらも何とか言葉を絞り出す。顔が熱くなり、平静を装おうとしている自分が情けない。それでも、この状況を何とかしなければと思う焦りが先走る。

フィリアは驚いたように手を引っ込める。その大きな瞳が不安そうに揺れていて、俺は胸が少し痛んだ。彼女は善意でやってくれているのに、俺がこんなに慌てるのは自分の余裕のなさのせいだ。

「フィリア…えっと、異世界とこの世界の文化って、たぶんいろいろ違うんだよ。下を冷やすのは…その、まずいんだ。絶対に！」
言葉を選びながらも、とにかくこの状況を収拾しようと必死だった。

フィリアは首をかしげて考え込む。その仕草には真剣な気遣いと、「何がまずいのか？」という純粋な疑問が混じっているようで、俺の焦りがますます滑稽に思えてくる。

「ですが、ユウトさんのおばあさまは『全身を冷やすのが一番効果的』と仰っていましたわ。それで私…」
フィリアは申し訳なさそうに呟きながらも、一生懸命説明しようとする。俺はその真面目さに一瞬ほっとしつつも、冷静にならなければと自分に言い聞かせた。

「いや、ばあちゃんは確かにそう言ったかもしれないけど！」
思わず声が大きくなりそうになるのをこらえた。もしこれを誰かに見られていたら…そんな想像が頭をよぎり、背筋が寒くなる。

「この世界では、上半身を冷やすだけで十分なんだ。それで効果はバッチリだよ！」
俺は全力で説得し、強引に話をまとめようとする。

フィリアはしばらく考えた後、小さく息をついて頷いた。その表情にはどこか納得しきれない様子が残っているけれど、それ以上は何も言わなかった。

「わかりましたわ…。私が至らないばかりに、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
フィリアがしゅんとした声で謝るのを聞いて、俺は慌ててフォローに回った。

「いやいや、全然そんなことないよ！むしろ助かったって。本当にありがとうな、フィリア。」

俺は彼女に安心してもらえるように笑い、隣の布団をぽんぽんと叩いて見せた。
「もう遅いし、フィリアも休もうぜ。俺もだいぶ楽になったからさ。」

フィリアは一瞬迷った様子を見せたが、やがて小さく頷いて布団に横たわった。
「おやすみなさいませ、ユウトさん。」
その静かな声が部屋に溶け込み、穏やかな空気が戻ってきた。

一方で、俺の心臓は全然落ち着かない。さっきの出来事が頭をぐるぐると回り続けて、鼓動がやたらと耳に響く。

「なんなんだよ、これ…」
天井を見上げながら呟く。フィリアの気遣いに感謝しているし、一緒に過ごせていることも嬉しい。でも、それだけじゃない妙な気持ちが胸の奥で渦巻いている。

横目でフィリアの寝顔をそっと盗み見る。その無防備な表情に自然と目が引き寄せられて、どうしてか分からないけれど胸がざわつく。

「これ…明日には冷めるのかな。」
そんなことを考えながら目を閉じたが、胸の鼓動が静まる気配はなく、この夜もまた眠れそうになかった。