銭湯エルフと恋の夏

（４０）エルフと幼馴染

芝生の上に腰を下ろし、満腹感と心地よい疲れが体を包む中、俺は銀さんの隣で深いため息をついた。夏の日差しに疲れた体とは裏腹に、胸の奥に抱えた迷いが静かに顔を出す。

「まずは…夏菜のことなんですけど…」
自分でも驚くくらい弱々しい声で切り出した俺に、銀さんはにやりと笑いながらも真剣な表情を向けてくる。その視線は不思議と暖かくて、言葉を続ける勇気をくれた。

「なんか、誘ってきたり怒ってきたり、ほんと振り回されるんですよ。俺が何か悪いことしたわけじゃないのに、盆踊りのときも妙に怒ってて…」

銀さんはおかしそうに口元を緩めながらも、俺の話にじっくり耳を傾けてくれる。その親身な態度に、少しずつ心が軽くなっていく気がした。

「ふむふむ、なるほどなぁ。あんちゃんと夏菜ちゃん、いい距離感があるんやな。」
軽く言い放ちながらも、どこか意味ありげな銀さんの視線が妙に引っかかる。

「いやいや、全然分かんないですよ！誘ったと思ったら楽しそうにしてるし、そっけなくなったかと思えばまた怒るし…何考えてんのかさっぱりで。」
俺がそう吐き出すと、銀さんは腕を組みながら何度も頷いた。まるで俺の言葉の一つひとつを噛みしめるように。

「まぁ、そりゃ分からんわな。でもな、夏菜ちゃんみたいなタイプは、思ったことを素直に言うのがちょっと苦手なんやろな。言葉にする代わりに、怒ったり拗ねたりで気持ちを伝えようとしとるんや。」

銀さんの声には、どこか懐かしさが混ざっていて、まるで自分の経験を語っているようだった。その響きに、俺は言葉に詰まる。

「そういうのが若さやな。」
銀さんが優しく笑うと、不思議と俺の心も少し軽くなる。

「それにしても、あんちゃんも振り回されとるなぁ。」
銀さんが俺の肩をポンと叩いてきた。その手の力強さに、なんだか心の中にあった迷いが一瞬吹き飛んだ気がした。

「振り回されてるってことは、逆に言えば、あんちゃんも夏菜ちゃんのことを気にしとる証拠なんやないか？」

その一言が胸に深く突き刺さる。気にしてる…のか？夏菜に対して、いつも戸惑ったり悩んだりしていたのは、彼女のことが気になっていたから？自分の中で言葉にならない気持ちが渦巻いていく。

「そんなこと…ですかね？」
呟いた声は情けないくらい小さかった。でも、言われてみれば確かにそうかもしれない。

銀さんは静かに頷きながら、柔らかな声で続ける。「そうや。ほんまにどうでもええ相手なら、そもそもこんなことで悩むわけないやろ？」

その言葉に、俺はふと納得がいった。夏菜はただの幼馴染じゃない。小さい頃から一緒にいて、たくさん笑って、喧嘩もしてきた。家族みたいな存在だけど、それだけじゃない。どこか特別な存在だ。

「そうか、俺って…」
自分でも気づかないふりをしていた感情に、ようやく向き合えた気がした。

銀さんは満足げに笑って、「そやろ？気にしてるってことを大事にしていけばええねん。」と背中を軽く叩く。その力強さに、胸の奥が温かくなった。

ふっと肩の力が抜けた瞬間、次に浮かんできたのは、フィリアのことだった。彼女の控えめな笑顔、ふとした仕草…気づけば、俺の中で夏菜とは違う形で特別な存在になっている気がする。