銭湯エルフと恋の夏

（２６）エルフと商店街

フィリアが銭湯にやってきてから八日目。

水曜日の朝。先週の水曜日、突然現れたフィリア。その日からたった一週間で、まさかこれほど濃密な時間が流れるとは思いもしなかった。ふと振り返ると、これまでのなんとなく過ぎていた夏休みが、彼女の登場で一気に彩りを取り戻した気がする。思わず、俺の口元にも小さな笑みが浮かぶ。

その日の朝、ばあちゃんはショートステイの準備に追われていた。迎えのバンが到着し、荷物を持ったばあちゃんが俺たちに向かって優しく言う。「じゃあ、明日の夕方頃に帰るからね。それまでよろしくね。」

「い、いってらっしゃいませ！」フィリアは丁寧にお辞儀をし、俺も「気をつけてね」と手を振った。バンが見えなくなるまで見送った俺は、心の中で気を引き締めた。今日は、ついにフィリアのための服を買いに行く日だ。

向かう先は美駅近くの美琴商店街。地元ではお馴染みの場所だけど、フィリアにとってはきっとすべてが新鮮だろう。待ち合わせ場所を駅前にしたのは、広い商店街の中で迷う可能性を避けるためだった。

駅前に着くと、改札前で手を振る夏菜の姿が目に入る。いつも通りの元気な彼女は、デニムのショートパンツにピンクのロゴTシャツ、小さなバッグを肩にかけて白いスニーカーを履いている。胸元には小さな星型のネックレスがキラリと光り、夏らしい軽快な雰囲気を全身に纏っていた。

「さあ、今日はフィリアちゃんに似合う服を探しに行こう！」夏菜が声を弾ませながら近づいてくる。フィリアは少し恥ずかしそうに控えめな笑顔を浮かべ、そっと頷いた。その初々しい反応が微笑ましく、俺は少し緊張がほぐれた気がした。

商店街に足を踏み入れると、フィリアの視線があちこちに飛び交うのがわかる。カラフルな看板や賑やかな店舗が立ち並ぶ光景に目を輝かせている。その純粋な驚きと好奇心が彼女の表情に溢れていて、見ているだけでこっちまで新鮮な気分になる。

「どう？何か気になるお店ある？」夏菜が振り返りながら尋ねると、フィリアは少し戸惑いながらも、「どのお店も、とても素敵ですわ…！」と笑顔で答えた。その反応に、夏菜も思わず「じゃあ、まずはこのお店から見てみよう！」と笑みを返し、先頭に立って歩き出した。

フィリアの視線が、まるで絵本の中に迷い込んだ子どものようにキラキラと動き回る。普段何気なく通り過ぎていた商店街も、彼女と一緒だとまるで違った場所に感じられるのが不思議だった。

「じゃあ、どんどん回ろう！」夏菜が元気よく声を上げ、店を次々と巡る。俺は少し後ろから二人を見守る形でついていった。夏菜が「これとかどう？」とフィリアに服を差し出すたび、フィリアは頬を赤らめながらも一生懸命答えている。そのやり取りがなんとも微笑ましくて、つい目を細めてしまった。

「ねえ、悠斗！」夏菜が突然振り返り、両手に持った服を見せてくる。「これとこれ、どっちがいいと思う？」

正直、どっちも可愛いとは思う。でも、そんなことを正直に言ったら間違いなく「センスない」と一蹴される未来が見える。悩んだ末に、「うーん…どっちも似合いそうだけどな」と無難に答えると、案の定、夏菜は大げさに肩をすくめて「ほら、やっぱりセンスないわね！」とため息をついた。

俺が苦笑いしている間に、フィリアが試着室で選んだ服を着ているらしい。カーテンが少しずつ開き、彼女がそっと姿を現した瞬間、俺の呼吸は一瞬止まった。

淡いラベンダー色のブラウスに、ふんわりと広がるクリーム色のスカート。裾には繊細なレースがあしらわれていて、全体的に柔らかで上品な印象だ。その上、深くかぶった麦わら帽子が、シンプルで控えめなデザインながらもフィリアの雰囲気に驚くほどよく馴染んでいた。帽子の影が彼女の表情にほんのりとした陰影を与え、その控えめな美しさを一層引き立てている。まるでこの服装が彼女のために用意されていたかのようで、視線を奪われるのに時間はかからなかった。

銀髪は室内の照明を受けて淡く輝き、その姿はまるで光をまとっているようだった。一瞬、夢でも見ているのかと思うほどだった。普段のフィリアとはまた違う、まるで絵本の中のお姫様みたいな少女らしさが溢れていた。

「ど、どうですか…？」フィリアが恥ずかしそうに小さな声で問いかける。俯きがちに目線をそらし、頬にはほんのり赤みが差している。その仕草に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

「すごく似合ってる。」気づけば、その言葉が自然に口をついて出ていた。

フィリアの頬がさらに赤く染まり、小さな笑みを浮かべながら「ありがとうございます…」と控えめに礼を言う。その瞬間、横で夏菜が自信満々のドヤ顔で「ほら、アタシのセンス、最強でしょ？」と声を張り上げる。普段なら反論するところだが、今回は何も言えなかった。いや、むしろ夏菜のセンスを素直に認めざるを得ないくらい、フィリアにその服は完璧だった。

レジで会計を済ませるとき、不思議と心がポカポカしていた。誰かのために何かをするって、こんな気持ちなんだなって、少ししみじみしてしまう。ばあちゃんが俺に「ありがとう」と言いながらアルバイト代をくれるとき、きっとこんな気持ちなんだろう。

店を出ると、夏菜が腕を組みながら「あれこれ悩むんだけど、今日は何を食べようかな～」と考え込む。その様子があまりにも堂々としていて、思わず笑ってしまった。

「カレーにしよう！カレーが嫌いな人なんていないんだから！」勢いよく手を叩いて宣言する夏菜。その自信満々な表情につられて、俺も「だよな」と頷いてしまう。

フィリアも楽しそうに微笑み、「カレーとは、どのようなお料理ですの？」と興味津々な様子で尋ねてきた。その純粋な質問に、少し不安が頭をよぎる。スパイスが独特な味のカレーが、フィリアに合うのだろうか…。

でも、その心配も夏菜の元気な声にかき消される。「じゃあ、行こう！絶対気に入るから！」

店のドアを開けた瞬間、香ばしいスパイスの香りがふわりと鼻をくすぐった。その香りに、俺の食欲が刺激されるのを感じる。不安はどこかへ吹き飛び、期待が胸の中で膨らんでいく。

フィリアにとって初めてのカレー体験がどんなものになるのか。彼女がどんなリアクションをするのか。それを考えるだけで、これからの時間が楽しみで仕方なくなった。