銭湯エルフと恋の夏

（２４）エルフと声掛け

その日の夕方、翌日が銭湯の定休日ということもあって、銭湯はいつも以上に賑わっていた。お湯が好きな常連さんたちが続々と訪れる中、俺とフィリアはついに「冷凍タオル作戦」を実行する準備を整えた。期待と不安が入り混じる中、気持ちを落ち着けようと深呼吸を一つ。

まずは番台に立ちながら、明るい声で「冷凍タオル、始めました！」とお客さんに呼びかけてみた。フィリアも笑顔を浮かべながら挨拶をしていて、いつものおばあちゃんやおじいちゃんたちから「フィリアちゃん、よく頑張っているねぇ」なんて優しい言葉をもらっている。そのたびに彼女が嬉しそうに微笑むのが見えて、俺もなんだか誇らしくなる。

しかし、最初の反応は思った以上に静かだった。「冷たいタオルって良さそうね」と興味は示してくれるものの、実際に購入する人は誰もいない。このまま空振りに終わるのかと少し焦り始めた時、自分に言い聞かせた。本番は夜だ。屈強なお兄さんたちが来てくれる時間こそ、勝負のときだ。

そして、時計の針が夜の七時を回った頃、待ちに待った土建屋のお兄さんたちがのれんをくぐり始めた。その屈強な体格と存在感に、まるで漫画のヒーローが集結したみたいな雰囲気が漂う。さすがに圧倒されつつも、これでようやく冷凍タオル作戦の本領を発揮できると、自分を奮い立たせた。

風呂上がりに牛乳瓶を持ちながらくつろぐお兄さんたちを見計らって、俺はフィリアに小声で声をかけた。「フィリア、いよいよ出番だ。練習した通りに、声をかけてみよう。」彼女は一瞬緊張した表情を見せたものの、深呼吸をして覚悟を決めたようだ。

「こ、凍らせたタオル、お風呂上がりにいかがでしょうか…？」フィリアが恐る恐る声をかけると、お兄さんたちが一斉に振り返り、その場の空気が一瞬止まったように感じた。そして次の瞬間、驚きと喜びが入り混じった声が飛び交い始めた。

「おいおい、まさかフィリアちゃんから声をかけられるなんてな！」
「フィリアちゃんが勧めるものなら、断る理由なんてないだろ！」

彼らの反応に、俺は思わず笑いそうになった。どうやらフィリアのファンクラブ的なものは本物らしい。次々に「じゃあ一つもらおうか！」と声が上がり、フィリアは冷凍庫からタオルを取り出して丁寧に手渡していった。タオルを受け取ったお兄さんたちは、その冷たさに目を丸くしながら口々に感想を漏らす。

「おお、これ最高だな！まるで北欧のサウナの後に氷水に飛び込む気分だ！」
「こんなのが銭湯で手に入るなんて、いい時代になったもんだ！」

中には「これ、フィリアちゃんの故郷の文化とかじゃないの？」なんて尋ねるお兄さんもいて、フィリアは少し恥ずかしそうにしながらも微笑んで答えた。「そ、そういうわけではありませんが…私が考えましたの。でも、喜んでいただけたようで嬉しいですわ…」

その控えめな反応がまたお兄さんたちの心を掴んだのか、「さすがフィリアちゃん！」という声が飛び交い、銭湯の中が一気に明るい雰囲気に包まれた。フィリアも楽しそうで、少し照れながらも感謝の言葉を伝えていた。

冷凍タオル作戦は、初日としては大成功と言える結果を見せてくれた。お兄さんたちの笑顔を見て、俺も安堵と嬉しさがこみ上げてくる。しかし、これはあくまで始まりだ。これからも続けていく中で、もっと工夫を重ねていかなければならない。

帰り際、フィリアと目が合い、自然と笑みがこぼれる。「よく頑張ったな、フィリア。本当にありがとう。」と伝えると、彼女は少し驚いたように目を丸くし、それからふんわりと微笑んで「こちらこそ、ありがとうございます」と返してくれた。その瞬間、今日一日の疲れが不思議と吹き飛んでいったような気がした。

冷凍タオル作戦は、俺とフィリアが銭湯に新しい風を吹き込むための、小さな一歩となったのだ。