銭湯エルフと恋の夏

チョコレ

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(15)エルフと提案

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脱衣所の暖簾をくぐって出てきた夏菜とフィリアの姿に、思わず息を飲んだ。湯上がりの二人は、どこかいつもと違う雰囲気を纏っていて、視線をそらすのがもったいないような気がした。湯気でほんのり赤く染まった頬と、濡れた髪がしっとりと光を反射し、普段見慣れた夏菜も、ここ数日で見慣れ始めたフィリアも、どこか非現実的な美しさを帯びていた。

夏菜は首にタオルを掛け、いつもの快活な笑顔を浮かべている。その肩までの茶色い髪は湯気を纏い、普段の元気な印象に、柔らかい女性らしさを加えていた。そんな姿に、ふと「こんな一面もあったのか」と新鮮な驚きを覚え、目が離せなくなる。普段から近すぎて見えていなかった彼女の魅力が、今さら浮かび上がってきた気がした。

一方、フィリアは銀髪が肩から背中へと流れ、その濡れた髪の輝きはまるで月明かりを湛えた水面のようだった。清らかでどこか儚いその雰囲気が、湯上がりの柔らかな空気と溶け合い、現実離れした神秘的な美しさを際立たせていた。耳を隠すようにタオルが巻かれているのが少し違和感を覚えさせるものの、それすら彼女の異国らしさを強調しているようで、不思議と自然に見えてしまう。

二人が並ぶと、その対照的な魅力が互いを引き立て合い、まるで陽と月が同時に輝くような不思議な調和が生まれる。その光景を見ていると、胸が高鳴り、どうしても銀さんにからかわれた言葉が頭をよぎる。「三角関係」なんて、まさかそんなことないと思うのに、今の自分の動揺を説明できないのがもどかしい。

何とかこの変な空気を払拭しようと、ぎこちなく咳払いをして二人に話しかけた。

「ど、どうだった、二人とも…?」声をかけながら、自分でも不自然な響きだと思い、内心で苦くなる。

フィリアは少し恥ずかしそうに視線を落としながら、「い、いいお湯でした」と控えめに答えた。その様子がまた妙に可愛らしく見えて、余計に胸がざわつく。一方の夏菜は、いつものように屈託のない笑顔で、「フィリアちゃんのこと、たっくさん聞いちゃった!」とニヤニヤしながら言う。その表情に、俺は途端に不安が募った。打ち合わせ以上のことを話していないだろうな…。

「ふぃ、フィリア、その髪、ちゃんと乾かさないと!夜風に当たると風邪ひくぞ!」少し焦った声で言いながら、フィリアをその場から引き離す口実をひねり出した。

「は、はい、ありがとうございます…」と頷き、フィリアは長い銀髪を気にしながら住居の方へ向かっていった。その後ろ姿を見つめると、揺れる銀髪が夜の空気の中で柔らかく輝き、またもや胸がざわついてしまう。

そんな俺の様子に気づいたのか、夏菜が素早く間合いを詰めてきた。

「ちょっと、ほんっとに何もしてないでしょうね?」腕を組み、じっと俺を睨む夏菜の視線が刺さるようで、思わず慌てて手を振った。

「してないって!全然そんなことない!」

「ほんとかなぁ?」夏菜は意地悪そうな笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかけるように続けた。「あんなかわいい子がそばにいて、気にならない男なんているの?」

「いやいや、そういうんじゃないって!」必死に否定するが、自分の声が少し上ずっているのを感じる。銀さんのからかいが頭をよぎり、余計に動揺して目線が泳いでしまう。

夏菜はそんな俺の様子に満足したのか、軽く頷くと、ふと少し得意げな表情で言った。

「でもさ、悠斗が好きなのって、昔から頼れる女性じゃん?あんなかわいくてちょっと頼りなさそうな子より、大人な人が好みでしょ?」

その言葉に、俺は自然と「頼れる女性」というフレーズに思考を引っ張られた。頭に浮かんだのは、月初に銭湯を訪れる黒髪の知的な女性だ。ばあちゃんの相談相手として的確なアドバイスをくれるあの落ち着いた姿…。考えがどんどんそちらに流れていき、「もうすぐ月初か」とぼんやり思いながら、少し現実感を失っていた。

そんな静けさを破るように、夏菜が明るい声で言葉を投げてきた。

「あ、そうだ!明日って月末の日曜だよね?銭湯は休みの日だっけ?」

「うん、最後の日曜日は定休日だよ」と答えると、夏菜の口元がニヤリと笑みを浮かべた。その顔には明らかに何か企みがある。

「じゃあさ、せっかくだしフィリアちゃんも誘ってどっか行かない?」

「えっ?」突然の提案に驚き、返事をする間もなく、夏菜は勢いよく言葉を続けてきた。

「夏休みなんだから、外の空気を吸ってリフレッシュしようよ!」

「出かけるって…どこに?」俺が戸惑いながら聞くと、夏菜の目が輝き、待ってましたとばかりに楽しげな提案をしてきた。

「三日月ビーチ!真っ白な砂浜で有名なあそこだよ。フィリアちゃんもきっと喜ぶと思う!」

三日月ビーチ…。エメラルドグリーンの海と白い砂浜、それにヤシの木が南国風の景色を作り出しているリゾート地。確かに一度は行ってみたいと思っていた場所だが、夏休みの混雑を想像すると気が引ける。

「いや、夏休みのこの時期じゃ、めちゃくちゃ混むだろ…。人が多すぎるとフィリアも落ち着かないんじゃないかな」と、ためらいがちに返すと、夏菜は少し考え込み「あー、確かに」と納得したように頷いた。

そしてスマホを取り出し、画面を操作しながら「じゃあ、ここはどう?」と新しい候補を提示してきた。

画面には、ヨーロッパの街並みを再現したテーマパークの案内が映っていた。フランスやイタリア、スペインの風景を模したエリアが広がり、海沿いの散歩も楽しめるという説明文が載っている。三日月ビーチほどの混雑はなさそうだし、のんびりできそうな場所だ。

「ここならフィリアちゃんも喜ぶと思うよ。故郷っぽい雰囲気もあるし、歩くだけでも楽しいしさ。しかも入場は無料!」夏菜は満足げに微笑み、期待を込めた視線を俺に向ける。

北の国から来たというフィリアの設定を夏菜が信じ込んでいるのなら、この提案は的確だ。むしろ彼女にとっても安心できる場所かもしれない。

「うん、確かにここならよさそうだな。よし、明日はみんなでそこに行ってみようか。」俺がそう答えると、夏菜の顔がぱっと明るくなった。

財布の中身を少し心配しつつも、電車代とご飯代くらいならなんとかなるだろう。フィリアも夏菜も楽しめるなら、悪くない計画だ。俺は明日のことを考えながら、気づけば少しずつ楽しみな気分が心の中に広がっていた。
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