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(10)エルフと月末
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フィリアが銭湯にやってきて四日目。
七月も終わりに差し掛かる土曜日の朝。真夏の陽射しがじりじりと肌を焼く中、俺は何気なくカレンダーに目をやった。そして、その日付に小さく書き込まれた印を見て、嫌な予感が胸をよぎる。
そう、この日は──夏菜がやってくる日だ。
幼馴染と呼ぶには何かが近すぎて、けれど他人にはなりきれない、不思議な距離感。それが夏菜との関係だ。幼稚園の頃からいつも一緒だったし、彼女の家は地域密着型の商社を営んでいて、うちの銭湯とも取引がある。毎月末の土曜日に備品やソープの在庫確認をし、必要な物資を届けてくれるのが夏菜の恒例行事だ。
もともとは営業の人が来ていたんだが、夏菜が中学生の頃、「私がやる!」と言い出してからは、彼女が担当するようになった。面倒見が良くて積極的な性格は昔から変わらない。それに、高校生になった今も変わらず続けているところを見ると、責任感もある。素直にすごいと思う。
でも、今日は違う。いつもなら特に気にもしない彼女の来訪が、フィリアがいるせいでやけに心をかき乱す。夏菜のことだから、夏休み中に来ないなんてことはないと分かっていた。それでも「今日は来ないかも」という淡い期待を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
そして、その期待はあっさり裏切られる。俺とフィリアが銭湯の準備を進めていると、いつものように大きな声が入り口から響き渡った。
「悠斗ー!」
その声に、思わず心臓が跳ねる。やっぱり来たか…。覚悟していたはずなのに、いざ耳にするとざわつく胸が止められない。
隣を見ると、フィリアが驚いたように目を丸くしてこちらを見ている。俺もフィリアも、この日は避けて通れないことを改めて悟った。
正直、フィリアを隠し通すという選択肢は考えなかった。銭湯の奥に隠れてもらえば一時的には凌げるかもしれないが、相手は夏菜だ。彼女の嗅覚は鋭いし、何より抜け目がない。それに、フィリアの存在はすでに近所のおばあさんや常連客の間で話題になりつつある。噂が夏菜の耳に入るのは時間の問題だ。
今日隠し通せたとしても、「なんで隠してたの?」と詰め寄られるのがオチだろう。そんな彼女の姿が目に浮かぶ。
何より、フィリアは何も悪いことをしていない。ただ異世界から来ただけだ。それをコソコソ隠すのは、どうにも筋が通らない気がする。
だから俺は、正面から向き合うことを選んだ。逃げずに、堂々と。
「どうやら、予定通りにやるしかなさそうだな…」
フィリアに向かって少し申し訳なさそうに言うと、彼女は不安げな表情を浮かべつつも、小さく頷いた。
「が、頑張りますわ!」
震える声ながらも懸命にそう応える彼女の姿に、俺の中で改めて覚悟が固まる。どちらかといえば背中を押されているのは俺の方かもしれない。
深く息を吸い込んでから吐き出し、気持ちを落ち着ける。そして、夏菜の声が聞こえた入り口に向かって足を踏み出す。
振り返ると、フィリアが麦わら帽子をぎゅっと深くかぶり直し、緊張した表情ながらも俺のすぐ後ろにぴたりとついてきた。その小さな一歩が、妙に心に響く。
──さあ、いよいよ本番だ。
夏菜の明るい声が銭湯全体に響く中、俺たちの奇妙な夏の日常は、また新たな章を迎えようとしていた。
七月も終わりに差し掛かる土曜日の朝。真夏の陽射しがじりじりと肌を焼く中、俺は何気なくカレンダーに目をやった。そして、その日付に小さく書き込まれた印を見て、嫌な予感が胸をよぎる。
そう、この日は──夏菜がやってくる日だ。
幼馴染と呼ぶには何かが近すぎて、けれど他人にはなりきれない、不思議な距離感。それが夏菜との関係だ。幼稚園の頃からいつも一緒だったし、彼女の家は地域密着型の商社を営んでいて、うちの銭湯とも取引がある。毎月末の土曜日に備品やソープの在庫確認をし、必要な物資を届けてくれるのが夏菜の恒例行事だ。
もともとは営業の人が来ていたんだが、夏菜が中学生の頃、「私がやる!」と言い出してからは、彼女が担当するようになった。面倒見が良くて積極的な性格は昔から変わらない。それに、高校生になった今も変わらず続けているところを見ると、責任感もある。素直にすごいと思う。
でも、今日は違う。いつもなら特に気にもしない彼女の来訪が、フィリアがいるせいでやけに心をかき乱す。夏菜のことだから、夏休み中に来ないなんてことはないと分かっていた。それでも「今日は来ないかも」という淡い期待を抱いてしまった自分が恥ずかしい。
そして、その期待はあっさり裏切られる。俺とフィリアが銭湯の準備を進めていると、いつものように大きな声が入り口から響き渡った。
「悠斗ー!」
その声に、思わず心臓が跳ねる。やっぱり来たか…。覚悟していたはずなのに、いざ耳にするとざわつく胸が止められない。
隣を見ると、フィリアが驚いたように目を丸くしてこちらを見ている。俺もフィリアも、この日は避けて通れないことを改めて悟った。
正直、フィリアを隠し通すという選択肢は考えなかった。銭湯の奥に隠れてもらえば一時的には凌げるかもしれないが、相手は夏菜だ。彼女の嗅覚は鋭いし、何より抜け目がない。それに、フィリアの存在はすでに近所のおばあさんや常連客の間で話題になりつつある。噂が夏菜の耳に入るのは時間の問題だ。
今日隠し通せたとしても、「なんで隠してたの?」と詰め寄られるのがオチだろう。そんな彼女の姿が目に浮かぶ。
何より、フィリアは何も悪いことをしていない。ただ異世界から来ただけだ。それをコソコソ隠すのは、どうにも筋が通らない気がする。
だから俺は、正面から向き合うことを選んだ。逃げずに、堂々と。
「どうやら、予定通りにやるしかなさそうだな…」
フィリアに向かって少し申し訳なさそうに言うと、彼女は不安げな表情を浮かべつつも、小さく頷いた。
「が、頑張りますわ!」
震える声ながらも懸命にそう応える彼女の姿に、俺の中で改めて覚悟が固まる。どちらかといえば背中を押されているのは俺の方かもしれない。
深く息を吸い込んでから吐き出し、気持ちを落ち着ける。そして、夏菜の声が聞こえた入り口に向かって足を踏み出す。
振り返ると、フィリアが麦わら帽子をぎゅっと深くかぶり直し、緊張した表情ながらも俺のすぐ後ろにぴたりとついてきた。その小さな一歩が、妙に心に響く。
──さあ、いよいよ本番だ。
夏菜の明るい声が銭湯全体に響く中、俺たちの奇妙な夏の日常は、また新たな章を迎えようとしていた。
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