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亜月①

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(なんかふわふわする…?)

 ライヤードが死にかけているのを見て絶叫した後に光に包まれてから記憶がない。なんだかふわふわしていて気持ちがいい。今まで生きてきた中で、こんなにも穏やかな気持ちになったのは初めてかもしれない。

 でも遠くから煩わしい声が聞こえてくる。こんなにも気持ちよくてうっとりできる空間と時間を邪魔する無粋な声。

(邪魔だなぁ…。)

 そう思った。黙らせてやろう。そう感じてゆっくりと腕を上げる。




「あぁ、駄目よ。傷付けては駄目。獣の意識に飲み込まれないで、聖獣様。」

 耳元で透き通った声が聞こえてくる。その声を聞くと湧き上がってきた苛立ちがおさまっていく。亜月は上げた腕をゆっくりと下す。

「ありがとう。まさか聖獣様がわたくしの所に来てくださるとは思いませんでした。大変嬉しゅうございます。」

 亜月がゆっくりと目を開ける。すると目の前でミィが嬉しそうに顔を綻ばせてこちらを見ていた。

「この世界では聖獣様の気配を感じ取ることはできませんでした。…もしかしたらすでに殺されてしまわれたのかと案じておりましたが、別の世界にいらっしゃったのですね。」

(別の世界…?)

 話が分からず、亜月がコテンと首を傾げると、ミィは頬を赤く染めた「なんて可愛らしい」と呟いた。

「こんなにも美しい聖獣様がわたくしの所に来てくださるなんて、もう嬉しくてたまりませんわ!わたくし、誠心誠意、心を込めて一生お世話をさせていただきます!」

(ん。)

 よく分からないけれど、こんなに美しい少女にお世話をされるのは悪くない。コクリと頷くと、またミィがキャーキャーと嬉しそうな悲鳴をあげていた。

(あれ…、ここどこ?)

 ぼんやりとしていた意識がはっきりしてきて、亜月はキョロキョロと周りを見渡す。そこはどこまでも続く真っ白な空間で、亜月とミィしかいなかった。

「ここは、女神と女神を導く聖獣のみが入ることを許される聖域でございます。聖獣様にかけられていた封印が解かれたことで、聖獣様も入ることができるようになられました。」

(さっきから聖獣って言ってるけど、一体なんのこと?)

「何をおっしゃいます!美しくあなた様のことでございます!」

 ミィがどこから取り出したのか分からない鏡を亜月に突きつけてくる。



(え!?な、なにこれ!?)

「はぁ、美しくて可愛らしくて!わたくし、感激しております!!!」

 ミィがにっこりと笑う。
 最初に見たのは美しい緑の瞳。そして、全身を覆う白銀の毛。猫のように長いしっぽと鋭い爪。鏡には豹のように美しい獣が映っていたのだった。
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